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ポストクッキー時代 読者に愛されるデジタル広告のために必要なのは何か

愛される広告って?(イメージ図)

愛される広告って?(イメージ図)

 組織やビジネスモデルを変革する「DX(デジタルトランスフォーメーション)」は、メディアにとっても無縁ではない。紙媒体中心の収益モデルが成り立たなくなりデジタル媒体が収益の柱となることが期待されているが、それにも困難が立ちはだかっている。

 日本において、これまでデジタルメディアの収益の大半は広告売上だった。だがウェブ広告は、その規模が大きくなり、システムが高度化・複雑化するにともなって、さまざまな問題を生んだ。特に媒体の「枠」ごとでなく、読者の個人情報をもとに「人」ごとに広告を配信するシステムが普及するにしたがって、広告を不快なものとして捉える読者が増えてきた。また、システムが複雑になるに従って、広告主、媒体社ともにどんな広告がどこの媒体に配信されているのか、またその表示は適切なのかといったことを把握することが難しくなった。さらに個人情報保護の観点から、個人情報を補足するための「Cookie」についての利用制限が進み、既存の広告配信システムを見直す必要も出てきた。

 こうしたことから広告主、メディアなどデジタル広告の関係者は、広告表示の適正化、配信・流通ルールの透明化など、新たな広告配信の仕組みや広告業界エコシステムの整備が必要との認識に至り、その整備の動きが活発化している。

 このような情勢を背景に、メディアとマーケティングのDXに関する特化型メディア「DIGIDAY[日本版]」によるオンラインセミナー「DIGIDAY FORUM LIVE:愛されるデジタル広告、そのあるべき姿とは? – ポストクッキー時代のデジタルマーケティング」が、5月12日に開催された。

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 セミナーでは3つのパネルディスカッションが行われた。最初のセッションは「なぜいま、『デジタル広告の新時代』なのか?」。

 集英社の田中恵常務と日本アドバタイザーズ協会デジタルメディア委員会委員長で、パナソニック株式会社コネクティッドソリューションズの山口有希子常務が登壇した。

パネルディスカッション#1の登壇者(当日のスライドより)
パネルディスカッション#1の登壇者(当日のスライドより)

 まず、インターネット黎明期、ウェブ広告に触れた際の印象について山口氏は、「2002年に検索連動型広告が登場し、すぐに広告効果が可視化できることに衝撃を覚えた」と語った。また、マスメディアの広告と異なり、ウェブ広告は数万円という単位から出稿が可能だったことで「広告の革命だと思った」と当時を振り返った。

 田中氏は、最初は雑誌広告の延長という感覚で、バナー広告やタイアップ記事広告をウェブにも出していたと振り返る。さらに、「アドネットワークなどの普及で、広告のターゲットが媒体などの『枠』から『人』になった。そうなると、広告が質より量という考え方に変化して、ページビューを追い求める動きが加速してしまった」とその転換期を振り返る。だが、こうした傾向も「2018年ごろからサイト側の信頼性が問われたり、改めてユーザーに有益なコンテンツを届けることが見直されるようになり、再び広告の質が問われている」と揺り戻しが来ているという認識を示した。

 このセッションのモデレーターを努めたDIGIDAY[日本版]の長田真編集長から「ユーザー目線でみた時に、デジタル広告が嫌われているようだが」と問われたことに対して山口氏は、広告主もメディア編集部もどちらも望んでいないのに、その中間に介在する人たちがクライアントに過剰な配慮をすることによって、嫌われる広告になっていることがあると自身の体験を語った。例えば、広告を閉じるための「バツ印」が極端に小さいことを見つけた場合などは、「これはブランド毀損になるからだからダメ」とはっきりサイト側に言うことが広告主としての責務だと話した。こうした考え方は、日本アドバタイザーズ協会(JAA)が公表した「デジタル広告の課題に対するアドバタイザー宣言」にも「広告主の倫理観」として盛り込まれている。

 デジタル広告は課題を見出し、それを解決することで新時代を迎えようとしているが、そこへのチャレンジとしてメディア側では「デジタルもメインであるという意識をもって知識の量を増やす」(田中氏)ことが大切だと話した。また、山口氏も玉石混交となっている広告品質の適正化を図るため、この春設立された「一般社団法人 デジタル広告品質認証機構(通称:JICDAQ)」の役割に触れつつ「きちんとしているところに見返りがあるというのが健全なエコシステムだ」と締めくくった。

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 2つ目のセッションのテーマは、「愛されるデジタル広告、そのあるべき姿とは?」。

パネルディスカッション#2の登壇者(当日のスライドより)
パネルディスカッション#2の登壇者(当日のスライドより)

 パネリストとして、資生堂ジャパン・メディア戦略部 IMC・オウンドメディアグループ マネージャーの中條裕紀氏、朝日新聞社・総合プロデュース本部​デジタル・ソリューション部次長の瀬端哲也氏、株式会社TVer取締役CIOの蜷川新治郎氏、東洋経済新報社・ビジネスプロモーション局部長の佐藤朋裕氏の4名が登壇し、モデレーターはDIGIDAY[日本版]の分島翔平副編集長が努めた。

 まず、各々が関与するデジタル広告の現状や課題への対応ついて。東洋経済の佐藤氏によると、最近は広告予算が大手プラットフォーム一辺倒から、個々のメディアに振り分けられる事例が増えてきたという。「メディアには媒体ごとに特色のある読者層が紐付いている。メディアを軸にしたブランディングが見直されていると思いたい」と期待を込めたコメントを披露した。

 更に同社では現在、コンテクストターゲティングという、機械学習を用いた広告に注目している。「これは記事の内容をAIが判断し、柔軟に応じて広告を出すものです。(セグメントが細かくなるため)より多くの広告在庫が必要になるので、一社だけだと難しい場合があります。これを解消するために、昨年国内のメディア企業28社で、『コンテンツメディアコンソーシアム』というアライアンスを結成しました」(佐藤氏)

 全国紙を展開してきた朝日新聞の戦略はどのようなものなのか。瀬端氏によると、デジタル広告では顧客の課題解決を軸に営業活動を進めているという。さらに「社内で多メディア展開を進めており、大小30ぐらいのバーティカルメディアを持っています。Cookieレスの広告などに対応すべく、技術者を社内で多く採用し、セールス部門にも配属するようになりました」と最近の取り組みを説明した。

 動画メディアはどういった状況なのか。在京キー局が中心となって運営するテレビ番組の無料配信サービス「TVer」の蜷川氏によると、まずテレビとネット動画チャンネルではメディアの特性も大きく異なる。例えば2分以上のCMが成り立つのはテレビならではだが、一方で多くの異なる種類のCMをネットのように頻繁に差し挟むことが出来ない。ネット動画は細切れ視聴が多いと言われているが、TVerでは、長尺番組を約6割が完視聴する。この特性を、広告効果として示せるかが、ひとつのカギ。

 紙媒体に比べここまではデジタルの影響が小さかったテレビ広告の売上も、近い将来デジタル勢に大きく食われていくはずで「いよいよ来たな」と蜷川氏。こうした認識の上に立って「TVerはコンテンツメーカーでもあるので、広告の重要性が高まるコンテンツの作り方を広告主と共に追求していかないといけません」と今後の方向性を語った。

 広告主の立場から登壇した資生堂の中條氏は、「(読者はメディアに)コンテンツを体験しに来ている。コンテンツ体験に対する期待値を広告も満たしていれば、広告がじゃまになるということはないのではないか」との見解を述べた。また広告主としての立場からデジタル広告に期待することとしては、メディアおよびそこに掲載されている広告が読者を無理なく顧客体験の場に導いてくれることと、メディア上の広告それ自体が顧客体験をもたらしてくれることの2つだと話した。

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 最後のセッションでは、「ポストクッキー時代のコンテクスチュアル広告」と題して前半は、BI.Garageの小林篤史が登壇し、コンテンツメディアコンソーシアムの概要説明とポストクッキー時代の広告配信技術について海外での事例などを紹介しつつ解説を行った。(※コンテンツメディアコンソーシアムについてはこちらの記事を参照ください。)

パネルディスカッション#3の登壇者(当日のスライドより)
パネルディスカッション#3の登壇者(当日のスライドより)

 続いて、パナソニック株式会社アプライアンス社の富岡広通氏が登壇した。エンターテインメント業界のマーケティングからデジタル広告の世界に飛び込んだ同氏には、当初メディアのブランドセーフティに対する意識の低さが目についたという。デジタルの世界では誰もがメディアを運営でき、また広告枠の設定も簡単にできる。こうしたお手軽な環境が結果として広告忌避の意識を生んでしまったが、その問題点に関係者が気づいた今こそが本質に向きあえるチャンスだと言う。

「コンテンツの力を活かしたコンテキスト広告でユーザーの価値観を捉えながら、ユーザーの体験の場を提供できるようなものにしていきたい。同時に、広告主の倫理観や思いをメディアと共有していきたいですね」と富岡氏は今後の展望ともに、コンテンツメディアコンソーシアムへの期待を述べた。

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 テレビ、新聞、出版など長く続いてきたマスメディアの既存のビジネスモデルは、長く右肩下がりだ。そこを補うことを期待されたデジタル広告は、飛躍的な拡大をしつつもスタートから20数年でさまざまな課題が顕在化し、曲がり角を迎えている。広告主やメディア、配信に係る関係者はこの課題の深刻さを認識し、関係者全員が共存共栄できるエコシステムを模索している。こうした取り組みはまだ始まったばかりだが、世の趨勢は待ったなしだ。 

(取材協力:DIGIDAY[日本版]編集部 コンテンツメディアコンソーシアム BI.Garage)

※本記事は2021年5月12日に開催されたイベントの採録記事です。コンテンツコンソーシアムの運営にはデジタルガレージのグループ企業の株式会社BI.Garegeが関わっています。

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