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ホログラム+コンタクトレンズで“究極のARディスプレイ”実現へ 人間拡張デバイスの可能性も

「ホログラフィック・コンタクトレンズディスプレイ」を開発した、東京農工大学大学院工学研究院先端電気電子部門教授の高木康博博士(工学)

「ホログラフィック・コンタクトレンズディスプレイ」を開発した、東京農工大学大学院工学研究院先端電気電子部門教授の高木康博博士(工学)

 現実世界に仮想世界を重ね合わせるAR(拡張現実)技術。その表示デバイスとして、スマートグラスやHMD(ヘッドマウントディスプレイ)などさまざまな端末が登場しているが、特に大きな注目を集めているのがコンタクトレンズディスプレイだ。

 コンタクトレンズディスプレイは、コンタクトレンズに内蔵したディスプレイにデジタル情報を重ねて表示できるようにするもので、実現すれば、生活に溶け込む“究極のARディスプレイ”になるのではと期待されている。

 コンタクトレンズディスプレイの研究は10年ほど前から行われており、液晶ディスプレイやLEDをコンタクトレンズに内蔵する技術は開発されている。しかし、コンタクトレンズ内にディスプレイを入れても、網膜との距離が近過ぎることなどから、目のピントが合わないことが課題となっていた。

ホログラフィック・コンタクトレンズディスプレイについて説明する高木氏
ホログラフィック・コンタクトレンズディスプレイについて説明する高木氏

 そこで、東京農工大学大学院工学研究院先端電気電子部門教授の高木康博博士(工学)の研究グループが開発したのが、「ホログラフィック・コンタクトレンズディスプレイ」だ。

 高木氏らは、長年研究を続けてきたコンピューター・ホログラフィー技術を応用し、コンタクトレンズ内のディスプレイにホログラムを表示し、目から離れた位置に立体像を見せることで、自然にピントを合うようにしたという。

 その仕組みや実現に向けた取り組みについて、高木氏に話を聞くことができた。

ホログラムを用いる世界初の試み

 高木氏によると、これまでもコンタクトレンズディスプレイの研究は行われており、小型ディスプレイをコンタクトレンズに内蔵する技術は開発されていた(下図a)。「しかし、コンタクトレンズの中にディスプレイを入れても、目はディスプレイにピント合わせられないため、網膜に像を結ぶことができない」(高木氏)

 これを解決するために、コンタクトレンズ内にLEDを入れ、そこにマイクロレンズをつけて、網膜上に集光する方法(下図b)も考案されており、これであれば網膜上に絵を出すことはできる。しかし遠くや近くを見ると、ピントがずれるほか、LEDは光を通さないため、外界が見えなくなるなどの問題があった。

 そこで高木氏らが考案したのが、ホログラフィー技術で立体像を表示するホログラフィック・コンタクトレンズディスプレイだ(下図c)。

コンタクトレンズディスプレイの表示原理(画像提供:東京農工大学)
コンタクトレンズディスプレイの表示原理(画像提供:東京農工大学)

「アイデアとしては、コンタクトレンズ内のディスプレイにホログラムを表示して、目から離れた位置に立体像を表示すれば、目はピントを合わせられるだろうというものです。さらに『位相型ホログラム』という透明なホログラムを用いるため、外界からの光も遮断されません。こうしたことにより、今までの問題点を解決できると考えています」(高木氏)

 さらに「立体像を表示する位置(距離)を電子的に変えられる」ことも特徴だという。

「ホロレンズなど従来のARディスプレイは、右目と左目に二次元の映像を見せているだけなので、近くや遠くを見たときに、映像と外界との距離がずれ、視覚疲労につながってしまいます。我々が考案した表示方法は、こうした課題も解決できる仕組みとなっています」(高木氏)

 すでに高木氏の研究チームでは、位相型ホログラムを表示できるディスプレイ(空間光変調器)を用いた実験装置で、立体像と外界の風景が同時に見えることを実証したほか、より実際の構成に近い形として、下写真のような、コンタクトレンズに透明ホログラム(フィルム)を貼り付けた実験装置でも、表示原理を実証している。

実際の構成に近い形での実験装置(左)。手前のコンタクトレンズを通して見ると、「AR」の文字と手が重なって表示される(右)
実際の構成に近い形での実験装置(左)。手前のコンタクトレンズを通して見ると、「AR」の文字と手が重なって表示される(右)

「人間拡張デバイス」としての可能性も

 ホログラフィック・コンタクトレンズディスプレイの実現に向けて、どのような取り組みが進められているのだろう。

 現在、高木氏は、関連分野の専門家と議論を重ね、課題の抽出とその解決方法の可能性を検討している。

 現段階では、ホログラムや液晶、コンタクトレンズ、電子回路の分野にいくつかの課題があがっているが、各分野の専門家に話を聞くと、一様に前向きな姿勢を示してくれるとのことだ。

 特に心強かったのが、コンタクトレンズメーカーの反応だという。高木氏自身は、電子部品を内蔵したコンタクトレンズで医療品認可をもらうことは難しいと考えていたが、実は国内では、すでに眼圧センサーを搭載したコンタクトレンズが実用化されており、ホログラフィック・コンタクトレンズディスプレイも「医療品として使える可能性は十分ある」との見通しだった。

「実のところ、実現のハードルはかなり高い。それでも関連分野の専門家がやりたいという姿勢を見せてくれるのは、やはり実現したときのインパクトが非常に大きいからだと思います」(高木氏)

 では実用化されたときの社会や産業界へのインパクトは、どのようなものになると考えているのか。高木氏は、さまざまな分野の専門家と話す中で、活用方法についての「新たな発見があった」と話す。

「あるITジャーナリストからの取材であったのが、『角膜全部を覆えば、視野全体に絵が出せるのでは』という提案です。これには刺激を受けました。我々は用途をARディスプレイの延長線上で考えていたのですが、そうじゃない可能性があることに気づかされたのです」(高木氏)

 酸素供給の問題があるため、角膜全体をコンタクトレンズで覆うことは難しい。しかし網膜の中には、視神経が集まる中心窩(ちゅうしんか)という場所があり、「この中心窩だけに立体像を見せるのであれば、角膜全体を覆わずとも、視野全体に絵を出せる可能性が高い」と高木氏は期待をにじませる。

「視野全体に絵を出せるようになれば、ディスプレイと身体をこれまで以上に結びつけた表示が可能になる。それは例えば、人間の視覚を強化するなど、人間拡張につながるデバイスになるかもしれません」

 ホログラフィック・コンタクトレンズディスプレイの可能性に期待を膨らませる一方で、高木氏は、このディスプレイがHololens(マイクロソフト社)など今あるARディスプレイの延長線上にとどまるのであれば、社会実装される可能性は低いと予測する。

「コンタクトレンズディスプレイで得られるメリットが、Hololensと同じものであれば、たぶんダメ。新しい応用方法が生まれることで、はじめて社会実装につながっていくのだと思います」(高木氏)

 米国のMojo Vision社による、超小型ディスプレイ搭載コンタクトレンズ「Mojo Lens」の開発発表などもあり、コンタクトレンズディスプレイの分野は今活気づいている。そこに、ホログラフィック・コンタクトレンズディスプレイがどこまで食い込んでいけるのか、今後の動向を注視したい。

庄司健一 Written by
有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。