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 身体は知能・知性とどう関わる? 将棋3冠とカーリング元日本代表が語る「身体知」

カーリング・将棋と身体知(身体知研究会のオンライン配信画像よりキャプチャ)

カーリング・将棋と身体知(身体知研究会のオンライン配信画像よりキャプチャ)

 トップアスリートの高度なプレーを支える身体の制御。知的ゲームで求められる直観や反射――。知能や知性の働きと身体はどう関係しているのだろうか。

小笠原歩さん(左)と渡辺明さん
小笠原歩さん(左)と渡辺明さん

 10月に北海道北見市の「アルゴグラフィックス 北見カーリングホール」で人工知能学会の「身体知研究会」が開催された。AI(人工知能)将棋やAIカーリングの研究で知られる電気通信大学の伊藤毅志准教授が、日本カーリング協会理事でソルトレイクシティ、トリノ、ソチ各五輪日本代表の小笠原歩さんと「カーリングと身体知」というテーマで対談。また、将棋3冠(名人、棋王、王将)の渡辺明さんとは「将棋と身体知」と題した対談を行った。

 無意識の動作、デジタル技術が身体に与える影響や、鍛錬の変化について語った未来とは。

身体的鍛錬と無意識の動作

「性格的に完璧主義」という小笠原さんは、正確にストーンを投げようと追求してきた。しかし、カナダ人コーチの「自然の意思、氷を相手に完璧には投げられない。妥協することも必要」との言葉を受け入れてから考えが変わったという。

「完璧さを追求するより、ストーンを投げる瞬間にアジャストするようにした方が心にゆとりができる」。例えば「ストーンを投げる際に蹴り出しが遅いと感じたら、手の力で補正する」といったようなことだ。野球でもゴルフでも、ボールにインパクトするまでの僅かな間に、こうした臨機応変な対応が求められる。こうした一瞬の身体による対応は、どう実現されるのか。

 小笠原さんは「基本があるからアジャストできる余白があるのかな。基礎がないと、ぶれた時に何もできない。基本的な技術から、(アジャストするための動作を)足したり引いたりする」という。

「身体知」とはスポーツのほか、楽器演奏や複雑な機器の操作、医療手術といった巧みな身体動作を可能にする能力を指す。こうした高度に感覚的な「わざ」を実現する際、「知性」と「身体」がどう関係しているか、まだよく分かっていない。

 小笠原さんによれば、カーリングの場合は氷の滑る感覚、ストーンの音などあらゆる情報を五感を使って感じることで身体が動くという。スポーツはもちろん将棋・囲碁といったゲームの高度なプレーの背景にも、こうした巧みな身体の制御があると考えられている。それを実現するのが膨大な練習や「意識的な身体に関する認知」だとという。

トレーニングの変化

 では、肉体的なトレーニングをそれほど必要としないと考えられる将棋はどうだろうか。「駒を指すのと、マウスを操作することの違いはあるのだろうか」との伊藤准教授の問いに、渡辺さん(1984年生)はこうこたえる。

伊藤毅志准教授(左)と小笠原さん
伊藤毅志准教授(左)と小笠原さん

 渡辺さんの世代は「子供のころに(将棋盤で)将棋を習う人間のセオリー(定跡)があって、20代以上の棋士はほぼ共通項として認識している」という。「幼少期とかの反復練習なので、寝てても指せる」というような感覚だ。

 そして、そんな鍛錬は、AIの台頭により変化した。渡辺さんは「AIの強さはとっくに人間を超え、いまではAIは正しいと仮定して研究する。AIでさまざまな局面をシミュレーションし、そのパターンを覚えるという暗記作業になっている。いまの将棋は逆算思考で、たくさん局面を知った方が有利になる」と言う。

 “駒を滑らせる感覚”を再現しながら自分の頭の中で思考を重ねる世代と、パソコンのマウスを滑らせAI相手に鍛錬を積む世代の棋士は、別の感覚を持つのだろうか。

「これからの世代はパソコンで将棋に触れることがほとんどで、手で覚えた感触は理解されないと思う。いまの十代はそんなセオリーを知らなくてもおかしくないし、知らなくても将棋を指せる『完全AIネイティブ棋士』」とみる。

AI相手では無いもの メンタルの影響も

 AIが人間を遥かに凌駕した現在、「実際はAIの手(正解)さえ指せば勝てる」と渡辺さん。とは言え、プロ棋士といえど常に正解を指すことができるわけではない。また、将棋は対局相手と向き合う対人ゲームだ。平面なモニターを通してでは感じ取ることができない「立体感のある将棋盤」「対局相手との距離感や間合い」「駒を指す手がグッと伸びてくる感覚」……。

 ネット対局とは異なり「目の前に相手がいるかどうかの違い、ネット対局やAI相手と違って対人だと駆け引きが生じてくる。特にプロは表情や持ち時間の使い方が関わってくる」とも。「本来、将棋技術とは関係ない。相手のクセ」(渡辺さん)という要素が勝敗に関わってくるわけだ。

 こうした将棋技術とは関係ない部分の感覚が「プロ同士、伝わってくる。」と渡辺さん。小笠原さんが言うのと同じく、対局場のあらゆる情報を五感を使って感じ、身体が反応するという。

 トレーニングによって可能になる動作、五感から入ってくる情報への適切な対応、それ以外に身体動作に大きな影響を与えるのが本人のメンタルだという。

 小笠原さんは「難しいショットの方が決まる可能性が高い。簡単なショットほど結果を意識して色々なことを考えてしまう。ショットの成否にはメンタルが大きく影響する」という。

 将棋とカーリングは完全・不完全確定ゲームという大きな違いはあるものの、メンタルの持ち方、メンタルによる身体反応がプレーに影響する点で共通しているようだ。

 スポーツ選手が科学的なトレーニング積むことで、能力をさらに引き出すことができるように、棋士の能力や思考にも、テクノロジーが導入されたことによる変化が出てきている。今後こうした変化を踏まえて、ゲームやスポーツの鍛錬、トレーニングで新しい「身体知」の知見が生まれるだろう。

* * *

 渡辺さんは、藤井聡太4冠について「若さか能力か、覚えている量は多いなと感じる。相当なことを処理しているのだろう」とみる。さらに、藤井4冠に続くデジタルネイティブ世代の棋士が登場してくる今後、棋界がどう変化するか想像はつかないと。

 小笠原さんによれば「カーリングの戦術研究に、まだAIは本格的に入ってきていない」とは言え「すでにデータ重視。戦術も増えてきて、人間だけでは戦術を考えられない」状態になっている。

 ゲームやスポーツとテクノロジーの化学反応はこれからが本番を迎えるのかもしれない。

Written by
北海道新聞で記者を経て現在、東京支社メディア委員。デジタル分野のリサーチ、企画などを担当。共著書・編著に「頭脳対決!棋士vs.コンピュータ」(新潮文庫)、「AIの世紀 カンブリア爆発 ―人間と人工知能の進化と共生」(さくら舎)など。@TTets