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「そだねー」と選手も納得?カーリングAIとはどんなもの

カーリングAIを開発している北海道大学の山本教授

カーリングAIを開発している北海道大学の山本教授

 平昌五輪で日本代表のLS北見が、日本カーリング史上初の銅メダルを獲得した。筆者は北海道大学大学院の山本雅人教授に、LS北見の試合について人工知能(AI)による戦略分析を依頼。勤務する北海道新聞の電子版に掲載したところ、はてなブックマークやNewsPicksで多く取り上げられ、好評をいただくことができた。なぜカーリングとAIなのか、研究は何を目指しているのか、紹介したい。

人間が思いつかないショット

 銅メダルをかけた3位決定戦となったイギリス戦、4-3でLS北見がリードして迎えた最終第10エンド。イギリスのイブ・ミュアヘッド選手は、ダブルテイクアウト(ストーンを2つ同時に弾き出すこと)により、逆転での勝利を狙った。直前の藤澤五月選手のショットは意図せずハウスのストーンにチップ(接触)し、後に本人が語ったよう「ミスショット」だった。わずかながらカーリング経験がある筆者も、テレビで観戦していてLS北見の負けを覚悟した。

「じりつくん」が提示したイギリスにとっての最善手(山本教授提供)

「じりつくん」が提示したイギリスにとっての最善手(山本教授提供)

 しかし、山本研究室(自律系工学研究室)で開発しているカーリング戦略AI「じりつくん」はこの局面で、ダブルテイクアウトを狙ったイギリスの勝率はわずか26%だと見積もっていた。ハウス内のストーンが複雑に動くため、イギリスが2点を取って勝つ可能性もあるが、LS北見が1点をスチールして勝利する可能性も高いと判断していたのだ。

 その結果はすでに多くの方がご存知の通り。ミュアヘッド選手のショットはイギリスチームの目論見通り行かず、LS北見のストーンがナンバー1となりLS北見が勝利した。

 実は「じりつくん」はこの局面で、図のようなイギリスに勝利をもたらすための最善手も提示していた。(詳細は北海道新聞電子版の記事「3位決定戦 イギリスを追い込んだラストショット」を参照)これは、恐らくほとんどの人間は思いつかないだろう驚異的なショットだ。

囲碁・将棋と異なるカーリングの不確実性

 「じりつくん」の生みの親である山本教授は1968年生まれ、札幌出身。人工知能や情報処理の研究者の多くは自身も将棋や囲碁といった戦略ゲームの強豪である人が多いが、山本教授もバックギャモン(西洋すごろく)のジャパンオープンや日本選手権などで優勝経験がある。また札幌の社会人カーリングチーム「Backgammon」でプレーするカーラーでもある。

 「じりつくん」は正確には、電気通信大学の伊藤毅志助教のグループが、カーリングの戦略をコンピュータで解析するために開発した「デジタルカーリング」というシステム上でプレーするAIを指す。ここでAI同士の対戦を繰り返し、これまで約100万の局面を学習。ある局面を提示すると、想定される数万ショットから最善手を選ぶことができるまでになった。他にも各エンドの開始時の得点差から、ゲーム全体の勝率を求めたり、ある局面についてエンド終了時にどちらが何点を取る可能性が高いか(期待得点分布)を見積ることができる。スイーピングやアイス状況の変化という要素を考慮入れることはできないものの、期待得点計算やリスク計算などにより、戦略面で実戦の参考となるように開発を進めてきた。

 カーリングが将棋や囲碁といった完全情報ゲームと決定的に異なるのが、不確実性だ。シート(氷)の状況は刻々と変化し、トップアスリートでも、常に狙い通りのショットを放つことはできない。ボードゲームであれば、一つの選択に対して結果も一つ。しかし、カーリングのように不確実な世界では,運不運も重なり、必ずしも意図したようにはゲームが進行しない。

 「じりつくん」は、ボードゲームのAIと同様「ゲーム木探索」という手法を使う。しかし、カーリングのシートは囲碁や将棋のようにマス目で区切られた非連続のデジタルな有限の世界ではなく、アナログの連続的な無限の世界。ストーンが止まる位置(候補手)は無数に存在する。また、デジタルカーリングはゲーム性を持たせるため、ショットの情報に正規乱数を加えるため、生じうる局面が不確定になる。この2点が、一つの選択に対して結果も一つとなるボードゲームとは異なる。

 このため「じりつくん」は、盤面を細かくグリッドに分けて候補手を有限にしている。また、生じうる局面を「狙った座標から一定半径内の座標にずれた場合に生じる局面」に限定し、生じうる複数の局面から求められる評価値の期待値により候補手の評価を行っている。

カーリングを科学する

 氷上のチェスと形容されるカーリングだが、意外にもその戦略研究は進んでいなかった。ストーンがなぜ曲がるのかといったことも科学的には未解明だ。カーリング戦略について学術誌に発表された論文では、2001年にカナダや米国、オランダの研究者が発表した「マルコフ過程によるカーリングのモデル化」がほぼ唯一と言えるらしい。

 情報科学によるカーリングの戦略支援は2015年、山本教授ら北海道大学や北見工業大学、公立はこだて未来大学の研究者らが「カーリングを科学するプロジェクト」(代表、桝井文人・北見工業大学准教授)を立ち上げたことで本格化した。また、LS北見のホーム、北見工業大学は2016年、スキーとカーリングを研究する「冬季スポーツ科学研究推進センター」を発足。アスリート支援や競技の普及を目指している。

 マイナー競技のカーリングだが、LS北見の活躍でその魅力を知った方も多いと思う。実際にプレーしてみると、その楽しさや難しさをより深く知ることができるだろう。今回、北海道弁の「#そだねー」や「#押ささる」がバズワードとなり、LS北見の選手たちの人気も急上昇している。こうした盛り上がりを一時のブームに終わらせず、カーリングがメジャースポーツに発展すること、また研究者の取り組みが日本のカーリングをさらに飛躍させることを期待している。

関連リンク

北海道大学山本研究室(自律系工学研究室)

NTTサービスエボリューション研究所 リアルタイム動体検出技術の開発とカーリング会場内 観戦者向けストーン位置情報配信トライアル 

 

田中 徹 Written by
北海道新聞で記者を経て現在、東京支社メディア委員。デジタル分野のリサーチ、企画などを担当。共著書・編著に「頭脳対決!棋士vs.コンピュータ」(新潮文庫)、「AIの世紀 カンブリア爆発 ―人間と人工知能の進化と共生」(さくら舎)など。@TTets