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中国EVで進行する「車体と電池の分離」 電池交換式はEVの流れを変えるか

電池と車体の分離は進むのか?(写真はイメージです)

電池と車体の分離は進むのか?(写真はイメージです)

 EV(電気自動車)の普及率が急速に高まる中国で、電池交換式EVをめぐる動きが活発になってきた。電池交換式の構想自体は以前からあったが、コスト問題やメーカー間の思惑の違いなどで大きな流れにはなっていなかった。しかし、ここへ来てEVの絶対数の増加とともに、現在の主流である充電式に対するユーザーの不満が拡大、電池交換式EVのメリットが見直されている。政府もバッテリーの規格化や交換方式の統一を支援する姿勢を見せている。

 電池交換式にはユーザーにとってメリットが多いが、既存の自動車メーカーにとっては、技術開発の主導権を電池メーカーに握られてしまいかねないとの警戒感も強い。EVのさらなる普及を実現するには、充電時間短縮の問題は避けて通れないだけに、電池交換式EVをめぐる動きはしばらく注目を集めそうだ。

EVの販売台数は対前年比2.5倍

 2021年の中国の新エネルギー車販売台数は352万1000台。対前年比2.5倍という急激な伸びを見せた。国内の自動車販売台数(2627万5000台)に占める割合も13.4%に達した。中国の統計では「新エネルギー車」の名称が使われており、EVのほかプラグインハイブリッドカー、燃料電池車、水素自動車なども含まれるが、現実には2021年に市販された新エネルギー車のほとんどがEVなので、本稿ではEVと表記する。

 EVの電力補給には、充電スタンドなどでケーブルをつないで充電するタイプと、あらかじめ充電されたレンタル形式のバッテリーを入れ替える電池交換式がある。電池交換式は、充電式EVの弱点である充電待ち時間の長さを解決できるだけでなく、ユーザーは常に最新の高性能バッテリー使用が可能になる利点がある。またバッテリー自体の寿命が尽きるまで反復して継続活用でき省資源になるほか、使用後の廃棄問題も解決しやすい。さらに電池と車両本体を分離して考えることで、バッテリーの標準化が進み、大量生産で価格が下がることが期待できる。バッテリー抜きの車両本体の購入価格が安く済むメリットもある。

サービスエリアの充電待ちに4時間

 中国でも充電式が目下の主流だが、電池交換式がにわかにクローズアップされた背景には、昨年10月、国慶節(建国記念の日)の連休に起きた出来事があった。

テスラの充電ステーション(2017年上海市内にて撮影)
テスラの充電ステーション(2017年上海市内にて撮影)

 帰省や行楽の車で混雑する高速道路のサービスエリアに、EVの充電を待つ車の長蛇の列ができた。報道によれば、河南省衡陽のサービスエリアでは充電の待ち時間が4時間、さらに充電そのものに小1時間という例もあった。運転者が1人だと順番待ちの間トイレに行くこともできず、うんざりしたという声も。筆者は自宅でニュースの動画を見ていたが、中には「EVなんか買うんじゃなかった」と怒り出している人もいた。

 現在、中国で市販されているEVは、比較的高性能なものでも1回のフル充電で走行可能な距離は現実には300kmほどが相場だ。中国は国土が広く、1日に複数回の充電が必要な場合は少なくない。また高性能の高速充電でも容量の30→80%の充電に30分、残量ゼロなら1時間近くかかる。サービスエリアには相当数の充電スタンドが設置されているが、大型連休などに利用者が集中すると、どうしても大量の充電待ちが出てしまう。EVの全体的な数量が増えたため、この弱点が一気に表面化した形だ。

 バッテリーの高性能化で最大航続距離は次第に伸びてきているが、充電時間の短縮は大きな課題だ。中国の自動車購入関連のSNSなどをみても、EVを敬遠し、ガソリン車やハイブリッド車を選ぶ人たちの最大の理由は「充電時間の長さ」にある。今後のEVの販売において、この点が最大のウィークポイントになるとみられている。

電池交換EVのニューモデルが登場

 こうした背景もあって、2021年後半以降、中国のEVメーカーは電池交換式を前面に出した新型モデルを次々と市場に投入し始めた。ボルボの乗用車部門の買収で世界に名を知られるようになった吉利汽車(GELYY、浙江省杭州市)のグループ企業、叡藍汽車(重慶市)は2月、同社初の電池交換式EV「楓葉60S」を発売した。

 「楓葉60S」は5人乗りの4ドアセダンで、価格は13万9800~16万9800元(1元は約18円)。電池交換式を基軸に、高速充電機能も併せ持つ。地方都市の法人タクシー需要も念頭に置いたコンパクトなサイズのセダンである。同社は2025年までに全国主要100都市に5000ヵ所の電池交換ステーションを設置する計画で、重慶、杭州、山東省済南、江蘇省蘇州などのステーションはすでに稼働している。

 また中国のEVメーカーで最も積極的に電池交換式のモデルを推進してきた蔚来汽車(NIO、上海市)は、昨年12月、電池交換式(充電も可)の中型セダン「ET5」を発表した。同社は「中国版テスラ」とも称されるEVメーカーで、これまでスポーツタイプの高級車やSUVが中心のラインナップだったが、今回の「ET5」は同社で最も小型の車になる。同社は2021年1年間に9万台以上のEV販売実績があり、2022年末までに全国に1300ヵ所の電池交換ステーションを設置する計画だ。

 中国のEV販売台数No.1のBYD(比亚迪汽车、広東省深圳市)も、2月、電池交換型EVの電池交換ステーションを展開するためのグループ企業を新たに設立した。電池交換型EV展開の布石とみられている。さらにアリババグループなどが出資する有力EV企業の小鵬汽車(広東省広州市)も同月、上海市に新会社を設立、EVの電池交換業務を展開すると発表している。

車体とバッテリー所有権の分離 

CATLの充電池交換ステーション「EVOGO」
CATLの充電池交換ステーション「EVOGO」

 一方で興味深いのは、車載電池専業メーカーの動きだ。中国の車載電池市場の50%超を握るトップ企業、CATL(寧徳時代新能源科技、福建省寧徳市)グループは今年1月、バッテリー交換サービスの新たなブランド「EVOGO」の展開を発表した。

 今回発表されたバッテリーは、外見が板チョコのような形をしていることから、「Choco SEB(チョコレート換電塊)」と呼ばれ、市販の多くの車種に適合し、幅広くシェアリングできるよう設計されている。同社の発表では、現在市販されているEVの8割に適合するという。電池交換式EVの普及に強いインパクトを与えるものとみられる。

 有力バッテリーメーカーの動きを見逃せないのは、これが「車体とバッテリーの所有権の分離」を前提としたモデルだからだ。既存のEVメーカーが自社の車に搭載するバッテリーは、当然ながらそのモデルのために独自に設計、開発されている。バッテリーの性能がEVの評価に直結するとあって、EVメーカー各社は車載電池の性能向上に全力をあげている。電池の性能に他社との差別化の源泉を求めるメーカーも多い。

 しかし、「車体とバッテリーの分離」が進み、いわば市販の乾電池のように、バッテリーは専業メーカーが汎用品を提供し、サブスクリプションなどのシステムを活用し、街角の交換ステーションで気軽に載せ替える。仮にこのようなビジネスモデルが広まると、EVの性能向上の主要部分がバッテリーメーカー主導で行われることになりかねず、自動車メーカーとしては多大な付加価値の流出を意味する。さらに進めば、車のデザインや商品企画そのものが汎用バッテリーの都合に左右されてしまいかねない。

政府も電池交換式を後押し

 このように今回のCATLの動きは、自動車メーカーとバッテリーメーカーの力関係を大きく変えかねない要素を含んでいる。CATLは世界的にみても車載バッテリー市場の30%を超えるシェアを持つ大手であり、テスラも中国国内生産の車体には同社製のバッテリーを搭載している。テスラはかつて2013年、電池交換方式の採用を模索したが、その後、採算性の問題などで断念した経緯がある。当面、テスラが電池交換方式を採用することは考えにくいが、逆にいえばテスラに対抗するために中国国内勢が電池交換方式を積極的に進める可能性もある。

 中国政府は、電池交換方式はEVの普及に役立つとして強力にバックアップする姿勢だ。今年2月、上海市政府はEVの充電に関する指導意見を公開し、当面、充電式を主流とするが、それを補う存在として電池交換式を正式に位置づけ、「異なる車種間でのバッテリーの共有を強力に進める」との見解を表明、タクシーや商業車などでの活用を念頭に必要な施設を整備していくことを明らかにしている。また中央省庁のレベルでも、昨年来、EVの電池交換モデルの普及を後押しする各種の通達などが出されており、今後、法的整備がさらに進むものと予想される。

電池交換式はユーザーに利点

 今回、にわかに盛り上がりを見せる電池交換式EVの潮流が過去と異なるのは、それがユーザーの強い声に後押しされたものであることだ。EVの本格的普及期を迎えつつある中国では、一部の「新しいもの好き」「国産品応援」といったレベルを超え、生活必需品としてのEVの実用性が問われる段階に入っている。その点で、前述したように充電時間の長さは現在、最大のネックになっている。

 この課題の解決方法として電池交換方式は、ユーザーの側にメリットが大きい。現実的に抵抗感が大きいのは、既存のEVメーカーのほうである。この「業界の事情」をどのように解決し、幅広い実用化につなげていくかが課題だ。当面は規格を比較的統一しやすいトラックやバス、建設機械などの商用車やタクシー、配車アプリによるネット予約専用タクシーなどの用途を入り口に、政府主導で導入の間口が広がっていきそうだ。

Written by
BHCCパートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師。1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。