東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催された「スマートエネルギーWeek春」(3月16日~18日)において、株式会社本田技術研究所エグゼクティブ チーフエンジニア岩田和之氏が行った講演「カーボンニュートラル社会に向かって~バッテリーの稼働率向上を目指すHonda eMaas(イーマース)」と、展示会場において、ホンダが展示していたバッテリーパック「Honda Mobile Power Pack e:」の2つを取材した。ガソリンからEVへ移行するこの時代に、ホンダはEVや蓄電池の開発を通して、どういった未来像を描こうとしているのだろうか。
講演のタイトルにある「Honda eMaas」とは、モビリティサービスとエネルギーサービスをITでつなぎ、人に自由な移動を提供する中で再生可能エネルギーを拡大していきたいという概念で、ホンダが目指す技術開発の方向性のひとつだ。
岩田氏は「モバイルパワーパックの活用拡大」「電動車両に搭載された大容量バッテリーの活用」「燃料電池システムの応用・展開」がその柱になっていると述べた。
岩田氏はEVについて、「電気自動車はこれから増やしていかなければいけない。それに投資しているわけですけど、まだまだ課題があって、その多くはバッテリー」だとは話した。「長い充電時間」「航続距離」「バッテリーのコスト」この3つが負のスパイラルになっており、その解決を目指すべくここ数年ホンダではさまざまなチャレンジがなされてきている。
しかし、移動手段としてのガソリン車は、コストや航続距離などの面で依然大きなリードを保っている。ホンダはEVシフトに真剣に取り組んでおり、電池の研究も進み、その性能は向上してはいる。しかし、化石燃料はエネルギー密度に優れており、いまだ蓄電池はそれにかなわない。
技術的な課題、コストの問題などEV普及にはまだまだ乗り越えなければならない壁があるが、EVがガソリン車に勝る点もある。岩田氏は「EVが(ガソリン車に)勝つのはランニングコスト」と話し、「車速ゼロからフルトルクができる」、「騒音がなく、排ガスが出ない」などEVの利点についても言及した。
さらにガソリン車にはない特性として「視点を変えるとEVは電池」だと述べた。岩田氏は約10年前、電池にタイヤがついたイラストを当時の社長に見せ、「EVはタイヤのついた電池」と説明したという。「タイヤのついた電池」と捉えれば、クルマの役割は、単なる移動手段から大きく広がる。
「タイヤのついた電池」の活用法のひとつとして、岩田氏が紹介したのがかまぼこなど練り物で有名な、神奈川県の小田原市にある株式会社鈴廣蒲鉾本店(以下、「鈴廣」)との間で2022年2月から行っている実証実験だ。
この共同実験では、鈴廣が営業車として使うホンダのEVを、蓄電池としても活用する。EVに蓄電された電力は、ホンダが提供するエネルギーマネジメントシステムを通して、鈴廣の本社社屋などに給電される。「移動手段としてのクルマ」だけでなく「電池としてのクルマ」も活用する。岩田氏は、この電力の効率的な使い方を“地産地消”ならぬ“社産社消”と表現した。これによって「(鈴廣は)年間約74万円のコスト削減と、5.3%のCO2削減」になるとその見通しを述べた。
さらに岩田氏は「タイヤのついた電池はいざという時、移動ができる」とクルマを電池として活用する際の別のメリットについても言及し、16日夜に起きた地震に伴う停電を例に挙げた。
今回の地震に伴う一部エリアの停電や、その後の東京電力管内における「電力需給ひっ迫警報」など、ある地域では電力が不足しているが、隣り合う別の地域では余剰があるというケースがある。それを融通するために手段として、電力会社間での電力融通設備の増強が急がれているが、別のアイデアとして、電力を小分けにして蓄電し、その蓄電池を移動させるという方法もありうる。東電エリア全体をEVのバッテリーで賄う事はできないが、より小さな地域、施設などに給電することは可能だ。
岩田氏は、万一の災害時の対策も含め、有事平時ともに、社会のエコシステムとしてクルマの電池を活用することが大事だと結んだ。
ホンダの「電気を小分けにして持ち運ぶ」試みはクルマだけではない。展示会の会場を歩くと、大型ポータブル電源の展示群の中にホンダの着脱式可搬バッテリー「Honda Mobile Power Pack e:」(モバイルパワーパック)の展示ブースを見つけた。
ホンダのモバイルパワーパックは、コンパクトなリチウムイオン電池(縦298mm幅177.3mm 奥156.3 mm 重量10.3kg)だ。約10キロというのはスーパーで売られている大きめの米袋と同じくらいの重さなので、持ち運びができる。
この電池は、すでにホンダの電動スクーターで利用されている。想定されている利用方法は、バッテリーが切れたときに「充電」するのではなく、充電済みのものと「交換」する。そうすれば、EVの課題である「長い充電時間」からも開放される。また将来的にバッテリー交換ステーションが増えれば、高価な大容量電池を搭載する必要もなく、航続距離の問題も気にならなくなる。電動バイクが普及している台湾においては電池の交換ステーションがすでに普及し始めており、四輪車でEV普及が先行している中国では、使い勝手の面から「電池交換式」の車種が注目を集めている。
ホンダではこれを自社のスクーターはもちろん、コマツの建機など、メーカー、業種を超えてさまざまな電動製品で利用できるようにしている。こうすることで、着脱式可搬バッテリーの共通規格になることも視野に入れているようだ。さらに、EVのなどでの利用を繰り返し蓄電容量が減少し、モビリティ用途に適さなくなった同パックを家庭や他の製品で使用する二次利用も想定しているという。
また、家庭用設備「Honda Power Storage e:」にこのバッテリーを組み込んで、自宅用蓄電池として使うことも計画している。太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーには、天候や時間帯によって電力供給が不安定というマイナス面がある。同設備を利用し、発電量が多いときに充電、発電量が少ないときにはそこから電力を取り出すことによって、発電量と電力需要のバランスを取ることが可能になる。
街中に充電の交換ステーションがあり、それを積んだクルマが家や会社でエネルギーシステムを支えるという説明は、もはやホンダがモビリティ企業にとどまらず、エネルギーインフラ企業に変わろうとしていることを感じさせた。