6月7日、国立研究開発法人物質・材料研究機構(以下、NIMS)は、つくば市のNIMSオーディトリアムで「全固体電池マテリアルズ・オープンプラットフォーム(Materials Open Platform、以下MOP)」が本格始動したことを発表する記者会見を行った。MOPは、酸化物材料を電解質とした「酸化物型全固体電池」の開発競争で諸外国に勝つため、オープンイノベーションを推進する。MOPには、JX金属株式会社、JFEスチール株式会社、住友化学株式会社、太陽誘電株式会社、株式会社デンソー、トヨタ自動車株式会社、日本特殊陶業株式会社、三井金属鉱業株式会社、三菱ケミカル株式会社、株式会社村田製作所など全固体電池に関連する国内の企業が広く参加し、NIMSが持つデータや知見を共有し、相互に連携を取りながら開発を進める。
MOP自体は2020年5月1日結成しているのだが、コロナ禍による活動制限の影響を受け、NIMSの最新装置群を各企業に利用してもらいにくい時期が続いた。そんな中オンラインで準備を続け、ようやくオンサイトでNIMSの設備を企業に利用してもらえる環境が整ったため、今回あらためて本格始動を宣言した。
酸化物型全固体電池を大型化し産業用途へ
記者会見で、NIMS全固体電池MOP長 高田和典氏は「酸化物型全固体電池」を「将来の蓄電池」と位置づけ、あらためて全固体電池開発の意義をおさらいした。現在、スマートフォンやパソコンなどで広く使われているのは、リチウムイオン電池であり「小型」「民生」という使用用途が主体だった。高田氏は、今後カーボンニュートラルに貢献するためにモビリティ用電源、スマートグリッド用蓄電池など「大型」「業務」の使用用途が求められると見通しを述べた。しかし液状の電解質を持つリチウムイオン電池は、大型化すると放熱する危険性が増える。小型のバッテリーであっても「輸送中にモバイルバッテリーが発火した」など安定性に欠けることが問題だ。また、急速充電の技術は進化しているが、リチウムイオン電池には充電時間が長くかかるという問題もある。そこで現在期待されているのが電解質の固体材料を使う、「安全、長寿命、急速充電」の全固体電池だ。
その全固体電池には、電解質の有力候補として「硫化物系」と「酸化物系」の2種がある。今回のプロジェクトは「酸化物型全固体電池」の開発を目指す。なぜ「酸化物系」なのか。「硫化物系」は電池の製造が酸化物系に比べ技術的には容易ではあるものの、電解質が空気中に露出してしまうと大気中の水分と反応して、有毒な硫化水素を発生させてしまう。それに対して酸化物系は、大気中で一定の安定性を持ち比較的安全だ。
ところで以前、当媒体の記事でも紹介したが、全固体電池の開発は「硫化物系」の固体電解質によるものが先行している。高田氏は、硫化物系の全固体電池が普及した後、酸化物系の全固体電池の本格的普及が始まるという見通しを示した。しかし、「酸化物系はまだまだ未知の領域」であり普及のスケジュールを示す段階にはないとも。それほど酸化物系の全固体電池開発はむずかしいテーマであるということだ。「それに立ち向かうための全固体電池MOPです」(高田氏)
遠い道だが肌感覚では我が国がリード
現時点では、酸化物系全固体電池はウェアラブルデバイスやIoTなど小さなものへの活用が一般的にイメージされている。酸化物系全固体電池がEV車載用に用いられる未来が来るのかという趣旨の質問にたいしては、「まだまだ」と高田氏は答えた。しかし、このような研究ではいつ急速な技術革新があって開発スケジュールが短縮するかわからない。準備をしておくべきだとの見解も述べた。
全固体電池の第一人者である高田氏が慎重に話す様子から、酸化物系全固体電池開発は非常に厳しい道のりであることが理解できた。今回の記者発表は、本格的にオールジャパンで酸化物系全固体電池開発に取り組むオープンイノベーションの体制が整ったという強いメッセージなのだ。しかし、海外勢も猛烈に全固体電池の開発を進めている。最前線に立つ高田氏に、かつて日本は全固体電池開発をリードしている立場だと認識していたが、現時点ではどうなのかと質問をぶつけると、「肌感覚では(日本が)リードしていると思います」との答え。慎重な物言いを続けてきた高田氏のそのひと言に明るさを見いだすことができた。
EV、IoT、スマートグリッド、スマートシティ、自動運転、ロボット……。それらすべてに「次世代電池」が関わることは疑いようがない。NIMSを中心としたMOPから、酸化物系全固体電池についての明るいニュースが発表されるのを待ちたい。