「そのエリアには、どんな生き物がいるのか」。動物の動きに反応し、撮影ができるセンサーカメラを使った野生生物のモニタリング調査は、環境保護や調査には欠かせないツールだ。画像の記録方法がフィルムからデジタルデータに移行し、撮影枚数が飛躍的に増えたことで、センサーカメラを使った監視の有用性もより高まった。だが、センサーカメラは風による植物のゆれなどにも反応してしまうことがあり、動物が写っていないシーンも多く撮影してしまう。一定期間センサーカメラを仕掛けて、いざ撮影された画像を見てみると、動物が写っている画像はほんの数枚。それを数千、数万数の画像の中から人の目で選び出さなければいけない。
そこで、この作業を効率化するため、公益財団法人日本自然保護協会(東京都中央区 以下NACS-J)と株式会社ニコン(東京都港区 以下ニコン)は、 センサーカメラで撮影した画像から動物の姿の有無を自動判別するアプリを共同開発した。
NACS-Jは、日本全国で自然を調査し、保護、活用する活動を行っている。群馬県みなかみ町の赤谷川上流一帯で、生物多様性の復元と持続的な地域づくりを目指す活動「赤谷プロジェクト」もそんな活動のひとつだ。ここでもセンサーカメラは、さまざまな目的で活用されている。今回の共同開発にあたっては、このエリアで、センサーカメラによって撮影された画像を、AIの教師データとして利用した。その数は約22,500枚。AIが学習した動物は、ニホンジカ、カモシカ、イノシシ、ツキノワグマ、ニホンザル、ノウサギ、キツネ、テンなど赤谷の森に生息している動物たちを中心に23種に及ぶ。
2021年4月よりスタートした検証では、実際に赤谷の森に仕掛けたセンサーカメラ8か所の計30,809件の画像データを、アプリを使って処理・仕分けした。その結果、「動物が写っていない」とアプリが判別した画像(30,108件)についての検出精度は「99.6%」と非常に高い精度となった。さらに「動物が写っている」とアプリが判断した画像データは701件。人がチェックしたところ、実際に動物が写ったのは147件で正解率は21.0%にとどまったが、アプリの開発の目的は「動物が写っていない画像データを正確かつ効率よく仕分けること」である。実際、これまでは3万枚の画像仕分けは1週間ほどかかったが、検証では2日で終了しており、アプリの導入効果は大きいとNACS-Jでは判断している。
ちなみに、「どんな種類の動物が写っているのか」についてもアプリが判断したものが147件あったが、こちらの正解率は74.1%。シカなど大型動物のほうが正解率は高く、小さな生き物は正解率が低い傾向にあるとのこと。また、冬には白くなるノウサギなどは、背景の雪原と同系色になるため見分けにくいらしい。雪景色と同化する保護色は、敵の目をごまかすのに有効だが、AIの目も欺いてしまうようだ。
判別の精度は、学習データが多ければ多いほど上がっていくとのこと。この先、動物の種類の判別精度が上がり、雌雄の別なども判別できるようになれば、画像仕分け作業の効率化以外にも、活用のシーンが増えるだろう。
野生生物のモニタリングに、AIによる画像認識を利用する動きは、国内外で広がりつつある。そのエリアにどんな動物が生息しているのか、活動時間や活動範囲をさまざまなセンサーを使って調査する。さらに一歩進めて、中国ではパンダ、カナダではクマなどを対象に、AIによる「顔認識」で一頭ごとに個体認識を行い、より詳細なデータを得ることで、保護に活かそうという試みも始まっている。
自然環境の調査は、これまで比較的イノベーションの成果が届きにくい分野だったが、AIやセンサー普及し廉価になることで自動化、省力化できる作業は数多くありそうだ。