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馬だって職場を離れて休みたい!現役競走馬の休養をサポートする永松厩舎  

「永松厩舎」と「CLUB RIO」のコアメンバー。後列右から3人目が永松良太さん(永松さん提供)

「永松厩舎」と「CLUB RIO」のコアメンバー。後列右から3人目が永松良太さん(永松さん提供)

現役の競走馬の一時預かり事業を行う「永松厩舎」を始めた永松良太さん(永松さん提供)
「永松厩舎」を始めた永松良太さん(永松さん提供)

 佐賀県江北町で2022年4月、地方競馬場で現役の競走馬の一時預かり事業がスタートした。全国各地の競馬場でレースに出場するJRA(日本中央競馬会)の馬は、北海道の牧場などで休養する機会がある。しかし地方競馬場で活躍する競走馬は、基本的に競馬場の敷地内で管理されている。レースに出場し、疲れがたまった馬を自然豊かな落ち着いた環境で休養させて、パフォーマンスの向上につなげる。この事業を始めた「永松厩舎」代表、永松良太さん(41)に話を聞いた。

 永松さんは江北町出身。中学時代、ゲームがきっかけで馬に興味を持ち、高校卒業後は、荒尾競馬場(熊本県)や佐賀競馬場(佐賀県鳥栖市)で厩務員として働いた。その中で、成績を残せずに引退した競走馬の多くが殺処分されることを知る。佐賀競馬場を退職し、競走馬の「セカンドライフ」の受け皿を作ろうと2008年、故郷の江北町で一般社団法人「CLUB RIO(クラブリオ)」を設立。引退した競走馬2頭とポニー1頭を引き取り、「馬と人の居場所づくり」を進めてきた。

 引退した馬のセカンドライフの場としては、乗馬体験やイベントでの“出走”がある。2014年には、地元の人たちが144年ぶりに復活させた町内の神社「天子社」の流鏑馬神事で、堂々と役割を果たした。流鏑馬復活までの道のりは、絵本『馳(か)け巡る~ぼくのまちのやぶさめ』として出版。こうした活動を続ける中で、2022年1月に個人事業として「永松厩舎」を開業した。

佐賀県・江北町の神社「天子社」で復活した流鏑馬神事。永松さんが射手を務める(永松さん提供)
佐賀県・江北町の神社「天子社」で復活した流鏑馬神事。永松さんが射手を務める(永松さん提供)

 永松厩舎は、佐賀県のスタートアップ支援の補助金なども活用し、クラブリオの厩舎の隣に、現役の競走馬の飼育に対応できる約60平方メートルの新しい厩舎を整備した。そして2022年4月下旬から約3カ月間、厩務員時代から親交がある調教師、東眞市さんの厩舎から、受け入れ第1号として佐賀競馬の3歳牝馬「リナチャン」を預かった。

 リナチャンは、レースに出場し続けて疲れが見られたため、競馬場とは違った環境でリフレッシュさせようと永松厩舎にやってきた。永松厩舎では、毎日動作に異常がないかを確認しながら、体の筋肉をほぐすための運動をした。「リラックスさせることが目的なため、体に負担がかからないぐらいの運動にしました」(永松さん)

 ただ、現役の競走馬を預かるのは簡単なことではない。気が強いため、引退馬と比べると扱うのが難しい。加えて、栄養面を考えて上位ランクの牧草を与える必要があるなど世話にコストがかかる。また、永松さんによると「馬は一般的に非日常を好まず、慣れた環境が落ち着く」という。リナチャンも来た当初はそわそわと落ち着かず、移動を促しても立ち止まって動こうとしなかった。

佐賀競馬の調教師、東眞市さんの厩舎から預かった「リナチャン」
佐賀競馬の調教師、東眞市さんの厩舎から預かった「リナチャン」

 しかし、日々食事や運動のルーティーンを重ねるうちに徐々に環境に慣れ、「フーフー」といって興奮することも少なくなった。7月中旬になると表情も柔らかくなり、運動する広場に連れていく際もスムーズに歩いてくれるようになったという。永松さんは「緊張していた表情が『お休みモード』になっていくなどの変化を見て、やって良かったなと思いました」と話す。預かり期間が終わり、東さんの厩舎に戻る時には、リナチャンが鳴くと、クラブリオで飼育している引退馬がそれに鳴いて応え、馬同士の絆ができていたことが感じられる場面もあった。

 永松さんはリナチャンの預かりを終え、「馬体がリトリート(住み慣れた環境を離れて、疲れた心や体を癒やしながら過ごすこと)による効果で、力強く、大きくなっていく様子を感じることができ、充実感を覚えました」と話す。リトリートの積み重ねによって、競馬場に戻ってからのトレーニングにも耐えられる基礎を整えられたことに、やりがいを感じたという。

 地元メディアに取り上げられたこともあり、永松厩舎には佐賀競馬で働く調教師や馬主から問い合わせが寄せられている。

地方競馬の馬をリフレッシュさせる受け皿づくり

 ところで、引退した競走馬を受け入れる非営利の牧場を運営している永松さんが、なぜ現役の競走馬を預かる事業を始めようと考えたのか。クラブリオは緑に囲まれた、水辺があるのどかな環境にある。永松さんはそこで放牧した3頭の馬が過ごしているのを見て「幸せそうだな」と感じていた。その一方で、「年間に引退していく3000頭近くの競走馬のうち、ごくわずかな馬たちしか救えていない。根本的な問題解消になっていないのではないか」という葛藤を抱えていた。そんな中で、少しでも何かできることがないかと思いついたのが、「現役の競走馬たちにも、一生のうち、自然の中でのんびりと過ごせる時間を作ること」だ。

「日々ハードなトレーニングをこなし、ストイックに管理されている馬たちに対し、リラックスしやすい環境で過ごす機会を与えることで、パフォーマンスも良くなるのではないか」と考えたのだ。

 また、永松さんが働いていた佐賀競馬では、コロナ禍の巣ごもり需要で馬券のインターネット販売が伸びるなどして、2020年度以降、売上が大幅に増加した。所属する馬の数も増え、調子の悪い馬の預かり需要も出てきたのだ。しかし、佐賀県内に馬の受け入れ先はなく、受け入れを行っている宮崎や鹿児島の牧場までは、佐賀競馬場からは車で3時間以上かかる。クラブリオまでなら車で約1時間だ。永松さんの思いと競馬場側の需要が合致し、事業化へと動き出した。

 永松さんは、非営利のクラブリオとは違い、ビジネスとして競走馬の一時預かり事業に取り組もうと考えていた。現役の競走馬を扱うには専門的な知識や経験が必要となるし、餌や施設の管理も徹底しなければいけない。「コストも含め到底ボランティアとしてできるものではない。事業として収益を上げていかないと持続可能なものにはならないと考えました」(永松さん)

 事業が本格的にスタートして約4カ月。現在は永松さんと妻が中心となり厩舎を運営している。「まずは営業も馬の管理も自分たちで全部やってみて、人に任せられる部分や必要な物事を洗い出しています」と永松さん。厩舎には3頭を受け入れるスペースがあるが、将来的には受け入れる頭数を増やし、スタッフを雇っていくことも考えているという。課題は人材だ。競走馬を安全に扱える人材を探すほか、育成することも念頭に置いている。

「馬の役割を見つけていく活動を佐賀から」

 永松さんは言う。「事業を軌道に乗せられれば、永松厩舎に休養に来てくれた現役の馬が引退するタイミングで、クラブリオで引き取るという流れもできるかもしれません。馬の特徴や性格を把握していればセカンドライフのミスマッチもないし、馬主さんとつながることもできます。多くの馬を救うことはできませんが、ご縁がある馬の役割を見つけていく活動が佐賀からできればいいと思います」。永松厩舎とクラブリオの活動はつながっているのだ。

 引退馬の受け入れから始まった現役の競走馬の一時預かり事業。永松さんは「永松厩舎やクラブリオの活動が認知されて、江北町が馬はもちろん、人も癒やされる場所として認識してもらえるとうれしいですね。地域の中で馬が役割を持って生きていける道を模索しながら、人と馬との距離も近づけていきたい」と話す。いまはまだ小さな一歩だが、大きな夢を抱いて進んでいく。

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ライター。1979年、石川県生まれ。同志社大学経済学部卒業後、北國新聞記者や毎日新聞記者、IT企業広報を経て、2013年からフリーランスとして書籍や雑誌、インターネットメディアなどで執筆。「Yahoo!ニュース個人」では、オーサーとして大阪、神戸、四国の行政や企業、地元の話題など「地方発」の記事を執筆。最近は医療関係者向けウェブメディア「m3.com(エムスリーコム)」で地域医療についても取材する。