来年で80年目を迎えるNYファッション・ウィーク(NYFW)は、毎年2月と9月に行われる。今年も9月9日から14日まで開催された。2023年春夏に向けての新作ファッションが、アパレル店の集まるソーホー地区を中心に市内の各所で披露された。ロンドン、ミラノ、パリに加えて、世界4大ファッション・イベントのひとつとして知られているこのイベントでは、今回はデジタル・テクノロジーを取り入れた試みが注目を集めた。
スポーツブランド大手のプーマ(PUMA)のファッションショーでは、「世界最速の男」として知られるウサイン・ボルト氏が新作のスポーティーなタキシードに身を包みランウェイを歩いて話題となったが、今回のファッション・ウィークに合わせて同社初のメタバース(3D仮想空間)「Black Station」も発表された。
ベンチャー企業のFTRと共同で開発したこのメタバースでは、オンラインの仮想空間上でデジタル化されたファッションコレクションを見ることが可能。また、同社初のNFT 「Nitropass」と連動する新作のスニーカーも展示された。同社はNFTと現物のスニーカーを結びつけたり、またスニーカーに関連する体験への鍵としたりするなど、NFTの機能を広く活用しメタバースへの本格参入を果たした。
また、NYファッション・ウィークの公式パートナーであるオンライン決算サービス会社アフターペイ(Afterpay)は、「Keys to NYFW(NYファッション・ウィークへの鍵)」と名付けたNFTキーを事前販売。5名のデザイナーによってデザインされたバーチャルの鍵を限定250個、各100ドル(約1万4000円)で販売し、購入者はさまざまなファッションショーや関連イベントへの参加、その他ブランドからの限定商品や特典を受けることができた。
筆者はニューヨークに住んで15年以上になるが、これまでNYファッション・ウィークとはまったく縁がなかった。ファッションショーといえば、モデルたちがさまざまなファッションに身を包み、ランウェイを歩いている姿だけを想像していたのだが、実際は同時にさまざまなサイド・イベントも開催されているので驚かされた。
その中でも特に目を引いたのが、AR(拡張現実)のファッション・プラットフォームを提供するZERO10(ゼロテン)とクリエイティブなデザインを制作するCrosby Studios(クロスビー・スタジオ)とのコラボによる、期間限定のポップアップ店だ。
メイン会場から歩いて15分ほどのところにあるこのポップアップ店に入ると、室内は真緑で彩られており、まるで異次元空間にいるような雰囲気だ。来店にはオンラインの事前予約が必要だが、無料で登録ができて、店内にいるスタッフに専用のアプリをインストールしてもらうと、簡単なテーブルとソファが置いてあるガランとした部屋に案内される。さらにその奥には、更衣室のような小部屋が3つ設置されている。
スタッフに案内されて横幅1メートル、奥行き2メートルほどの広さで、背景が市松模様の更衣室に通されると、スマホ上でZERO10のアプリを開き、デザイナーが作成したバーチャルのジャケットやパンツなど、デジタル・アイテムをAR上で試着する。試着した姿は写真に保存し、後から楽しむこともできる。試着できるアイテムは5つあり、そのうち3つのアイテムは無料で試着することができるが、残りの2つはNFTとして0.1イーサリアム(0.1 ETH)、もしくは4.99ドル(約700円)で購入することになる。
「これが私たちの考える未来のファッションです」
そう語るのは、アレックス・リバルキナCOO(最高執行責任者)である。リバルキナ氏によると、同社がNYファッション・ウィークに参加するのは今回が初めて。ZERO10は、2020年1月にファッション業界関係者とビジネスマンの2人によって立ち上げられた。プレシード期にある同社はこれまでに210万ドル(約3億円)の資金調達に成功している。
ソファとテーブルの置いてある大部屋に戻ると、1組のカップルがスマートフォンでお互いの動画を撮り合っていた。それぞれの体の動きに合わせて、ARで映し出されたファッション・アイテムも一緒に動くという映像を楽しんでいた。この機能には、同社の3Dボディー・トラッキング(3Dで体の動きを追跡する技術)、ボディー・セグメンテーション(身体の大きさなどを測る技術)そしてファッションのシミュレーションといった技術が使用されているという。
お店を訪れていたグーグルに勤務しているというチャンさんは、「ARやVR上だけでなく、ゲームなどメタバースの世界におけるファッションの需要も大きいので、将来さらに需要が増えるのでは」と語った。
現在はまだプロフィール画像などに用いるデジタル上の着せ替え画像を提供するだけだ。リバルキナ氏によると、将来的には顧客が同社のアプリ上でデジタルの服を試着して、自分の気に入ったものだけをオーダーすることにより、服の大量生産、余剰をなくすことができるといったような「サステナブルなファッション」を目指しているという。
さらに、デザイナー側は実際の服を作る前に、AR技術を使って人が着用したらどう見えるのか試すことができ、無駄な試作品の減少につながるだろうと同氏は語った。
現在、ZERO10はニューヨーク、ロサンゼルス、ロンドンにいる4名のファッション・デザイナーとコラボし、アプリ上で20種類以上のファッション・アイテムを試着できる。将来的には、バーチャル・ゲームや音楽業界などにも進出していきたいと考えている。
リバルキナ氏は「将来は服を買うのに、物理的な店舗がいらなくなるだろう」と語る。そうなれば私たちは、試着はもちろん、お気に入りのファッション・アイテムをデータで受け取り、自宅の3Dプリンターで実際の服を作成する未来が来るかも知れない。