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「私立VRC学園」学園長に聞く メタバース内に「学校」を開校した理由

私立VRC学園の授業の様子(写真提供:私立VRC学園)

私立VRC学園の授業の様子(写真提供:私立VRC学園)

 株式会社クロス・マーケティングが2022年8月に行った「メタバースに関する調査(2022年)」の結果が興味深い。メタバースという言葉の認知率は61% (「詳しく知っている」と回答した5%、「ある程度知っている」の19%、「聞いたことがある」の37%の合計)であるのに対し、メタバースに関心をもっていると答えた者は比較的少なく、24%に留まった(「とても関心がある」と回答した5%と「やや関心がある」と回答した19%の合計)。

 2025年に開催される大阪・関西万博では、「バーチャル大阪」が目玉のひとつになるなど、メタバースについて見聞きする機会は着実に増えた。一方で、私たちの生活に馴染み深いものになっているかといえば、「そうでもない」というのが実情だろう。要因として考えられるのは、やはりメタバースに“入門”する際の「敷居の高さ」だ。

ebigunso氏(写真提供:私立VRC学園)
ebigunso氏(写真提供:私立VRC学園)

 3次元仮想空間を体験するためのハイスペックPCやヘッド・マウント・ディスプレイ(HMD)など、高額な機材投資が必要になると考える人は多い。コストの面だけではない。ここ1、2年でメタバースは、ブロックチェーンやNFTとともにWeb3.0の文脈で語られることが増えており、その結果として醸成された「難解である」というイメージも人を遠ざける一因だ。そして何よりも、「メタバースを始めたとして、何をすればいいのか?」という素朴な疑問に対する、明快な答えがわかりづらいのも課題だ。自由度が高すぎるがゆえ、楽しみ方を見つけるまで努力や試行錯誤が必要となり、その過程に疲れて去ってしまう人が少なくないのだ。

 そんな「何をすればいいのか?」という悩みをもつメタバース初心者を支援する団体がある。ソーシャルVR、「VRChat」を拠点に活動する「私立VRC学園」だ。学園長のebigunso氏(ハンドルネーム)に、その活動の狙いと展望を尋ねた。

卒業生はすでに400人以上

「私立VRC学園」について解説する前に、「メタバース」と「ソーシャルVR」について整理をしておきたい。

 メタバースの一般的な定義は「リアルタイムに大規模多数の人が参加し、コミュニケーションや経済活動ができるオンラインの3次元仮想空間」というもの。メタバースには複数のプラットフォームが含まれ、その中にはVRでアクセスできるプラットフォームと、平面のスクリーンを通じてのみアクセスするプラットフォームがある。ソーシャルVRとは、それらの中でも特に「VRでアクセスできるプラットフォーム」を指した語だ。代表的なものとして「VRChat」「Cluster」「Virtual Cast」「Neos VR」などがあり、ユーザーはアバターとなって、ボイスチャットで交流したり、ゲームをしたりして楽しむ。メタバースをインターネット、ソーシャルVRをフェイスブックやツイッターなどのSNSになぞらえると、その関係性がイメージしやすい。

私立VRC学園」が活動の拠点とする「VRChat」は、現在世界で最も人気を集めているソーシャルVRといわれる。最新のアクティブユーザー数は不明だが、2022年1月にはソーシャルVRとしては最大規模の同時接続数9万人以上を記録。「メタバース文化エバンジェリスト」を名乗り、メタバースに関する情報発信を行うVTuber「バーチャル美少女ねむ」とその関係者が行なった「ソーシャルVR国勢調査2021」によると、「最もよく使うソーシャルVR」という質問に、日本のユーザーの実に90%が「VRChat」を挙げている。

 だが、「VRChat」はフェイスブックやツイッターほど新規ユーザーに親切な設計にはなっていない。ツイッターならば、有名人のアカウントをフォローし、タイムラインを眺めたり、ニューストピックを追ったりしていれば、使い方を学ばずとも楽しめる。

 一方の「VRChat」では、新規ユーザーは困惑の連続に見舞われる。3次元仮想空間に突然放り出され、見慣れないアバターとなっている自分に気付く。コントローラーの各ボタンの機能も直観的に理解するのは難しい。そして話される言語のほとんどは英語なのだ。

「英語を喋っている人たちの中にポツンと放り出されて、一体何をすればいいんだと呆然しました」

「私立VRC学園」学園長であるebigunso氏自身、2017年頃に初めて「VRChat」にログインしたときのことをそう振り返る。当時は楽しみ方がわからず、しばらく距離をとっていたという。友人の誘いがきっかけとなり、本格的に「VRChat」 の住民になったのは2020年3月頃からだ。

「ちょうどその時期に、タロタナカさん(ハンドルネーム)という方が『私立VRC学園』の設立準備が進めていました。タロタナカさんが学園長となり、プレオープンとなる第0期が2020年5月に開校。以来、1ヶ月から数ヶ月に一度のペースで生徒の募集を行なってきました。私は2020年11月の第3期に生徒として入学していて、それが学園との関わりの始まりでした。そして2022年1月、タロタナカさんと交代で私が2代目学園長に就任し、運営を引き継いでいます。2022年10月1日からは第8期がスタートする予定です」

「私立VRC学園」では、メタバース空間に建築された校舎に生徒が集い、一般的な学校と同様のスタイルで授業が行われる。ひとつの学期は2週間程度であることが多く、1コマは30分から1時間ほどだ。

 授業内容はユニークだ。アバターやワールド(ユーザーが存在する空間)をつくるために必要な「Unity」というソフトの使い方を修めたり、アバターの操作方法を学んだりする、VRならではの授業がある一方で、英会話や天文学、ダンスについての講座もあったりする。生徒だけでなく、講師も新学期のたびに募集され、DIYの精神で学園のカリキュラムを作っている。卒業生はこれまでで400人以上になるという。

「学校」であることの意味

 新規ユーザーの「VRChat」への入門をサポートするのに、なぜ「学校」の体裁をとったのか。初代学園長のタロタナカ氏いわく、それは特定の期間でメンバーが入れ替わる(入学し、卒業していく)という学校の性質が、「VRChat」の抱える問題点を解決するのに適していたからだという。

 まず「VRChat」の問題として、このソーシャルVR固有の文化について、わかりやすく手引きをするコンテンツや仕組みが存在せず、始めたばかりの人は何をしたらいいのかわからないことが挙げられる。さらに、他のユーザーと面識ができ、フレンド登録をしても、その後もう一度会えるかがわからないため、継続的な人間関係が作りづらいことも問題となる。

 肝心なことは、こうした障害を乗り越えて気の合う人々とコミュニティをつくることができたとしても、そうしたコミュニティ自体が固有の文化や風土を持つことになり、やはり新規ユーザーが参加するには「敷居の高い」場所になりがちであることだ。この点、学校ならば参加者のバックグラウンドを一度白紙に戻し、全員が同じ立場(すなわちフラットな関係)で交流を開始できる。

「クラスメイトという単位で交流を進めてもらうことで、VRChatの普通の過ごし方では得られないような交友関係を築く機会を創出できればと考えています。また、こうした関係性を広げていくことで、それまでは関心を抱かなかったジャンルのイベントやコミュニティへと足を伸ばしていってもらえれば素晴らしいことだと思います」(ebigunso氏)

Nino氏(写真提供:Nino氏)
Nino氏(写真提供:Nino氏)

 こうした運営側の想いは、生徒たちにも届いている。2022年5月に開校した第7期卒業生のNino氏(ハンドルネーム)は、学園での体験を通じてVRコンテンツに対する視野が広がったと語る。

「私はデスクトップでソーシャルVRを利用する、いわゆるライト層でした。しかし学園での交流を通じて、VRの面白さ、奥深さを知りました。例えば、学園のイベントで見た『パーティクルライブ』(3次元仮想空間全体を用いた空間アート)。美しさと迫力に圧倒され、VRだとこんな表現までできるのか、と感動したものです。表現だけではありません。現在、私はVR上で草野球イベントを主催したり、映像制作コミュニティでディレクター職を務めたりしているのですが、こうした活動は学園での出会いがなければ実現していなかったはず。VRChatに関心はあるけど一歩踏み出せないという方には、ぜひまずはあの学園生活を体験してほしいです」(Nino氏)

koua氏(写真提供:koua氏)
koua氏(写真提供:koua氏)

 2020年5月開校の第0期卒業生のkoua氏(ハンドルネーム)は、学園に参加したことがきっかけとなり、メタバース上でダンスなどのパフォーマンスを行う『BREATH ACTORS カソウ舞踏団』に所属した。その後の活躍は華々しい。日産自動車のVR×リアルイベント 『NISSAN CROSSING』にてアテンドを担当、イギリス最大の独立系映画祭『Raindance Film Festival』でアクターを務め、第79回ヴェネチア国際映画祭にて最優秀短編賞を受賞したVR演劇『Typeman』ではメインオペレーターを担当した。驚くべきは、「私立VRC学園」で学ぶまでダンスの経験がなかったことだ。そんなkoua氏は、学園の価値は「縁」と語った。

「一生徒として学園生活を遊ぶことによって、気兼ねなく同期の生徒たちと交流し、仲間意識を確立できるケースがあります。自分自身の視野が広がり、多様な価値観を知ることができ、自分の可能性が広がるかもしれません。また、このVRC学園での生活というものは、現実の学校のように誰しもが享受しているものではなく、メタバース上でもまだ珍しいものです。メタバースをわけのわからないものと思っている方々にこそぜひ体験してもらい、技術革新として人間関係の交流の可能性というものを感じていただきたいと思います」(koua氏)

 ソーシャルVRはまだ発展途上の世界だ。ルールや文化は流動的で、これからどのように変容していくのか誰にも予想ができない。そんななかで、現学園長のebigunso氏は、学園が見据えるものとして「参加者の楽しさ」を挙げた。

「学園の生徒には、新しいことを知る楽しさや挑戦する楽しさ、単なるソーシャルVR上のラベルとしての『フレンド』を超えた本当の友達と過ごす楽しさを感じてもらいたいのです。講師の場合なら、自分の好きなことを伝える楽しさであったり、それを伝えた反響を目の当たりにする楽しさを体感してもらう。このように学園に関わる人みんなが楽しみながら過ごせる場をつくることで、学園を卒業したあともVRChatをはじめとしたメタバースの世界をより楽しく、実りあるのものにしてもらいたいと考えています」

Written by
ジャーナリスト。日本大学藝術学部、ニューヨーク市立大学ジャーナリズム大学院卒業。朝日新聞出版勤務等を経てフリー。貧困や薬物汚染等の社会問題を中心に取材を行う。著書に「SLUM 世界のスラム街探訪」「アジアの人々が見た太平洋戦争」「ヨハネスブルグ・リポート」(共に彩図社刊)等がある。