使用済みの駆動用バッテリー(以下「車載電池」と表記)の回収、リサイクル&リユース事業が中国で本格的に成長を始めた。
EV普及の初期に販売された車両に搭載されたバッテリーの保証期間が終わり、多くが交換時期を迎えている。一方で世界的な資源価格の高騰で、車載電池のリサイクルおよびリユースの収益性は高まっている。使用済みの大型車載電池を活用した再生可能エネルギーの貯蔵プラントも稼働を始めており、リユースの用途も広がりつつある。
中国で「EV元年」とされるのは2014年。12年に米国で発売されたテスラ「モデルS」が世界的なEVの流れを加速、14年には中国でもBYD(比亜迪)などの主要メーカーがEVを本格的に販売し始めた。翌15年、中国の「新エネルギー車」販売台数は対前年比2倍以上の伸びを記録、本格的な普及が始まった。
中国の「新エネルギー車」は主力のEVに加え、電動のモーターを主動力、エンジンを補助的に使用して走行可能距離を延ばす「レンジエクステンダー」と呼ばれるプラグインハイブリッド車が大半を占める。ともに大型の車載電池を搭載する。近年、バッテリーの性能向上はめざましく、100万km以上交換不要をうたう製品も一部に出てきている。しかし初期の車載電池の寿命は、使用状況にもよるがバスやタクシーなど商用車で5年、一般の乗用車で8年程度が目安とされる。
22年8月末現在、中国の「新エネルギー車」は1099万台に達している。今後しばらくの間、毎年100万個近い使用済み車載電池が発生する計算になり、ひとつの新しい産業が誕生するほどのインパクトがある。政府の統計によれば、21年の全世界の車載用リチウムイオン電池の廃棄量は9万6850トンで、その94%を中国が占める。
また、路線バスは政府の強力な後押しで早くにEV化が進んだため、すでに車載電池交換の大波が押し寄せている。中国のEV路線バスは21年末の時点で41万9500台、全路線バスの59.1%にも達している。車載電池を5年で交換とするとなると、単純計算で年間の使用済み電池は8万個に達する。
自動車の車載電池は大きく、小型のものでも150kg、テスラなど高級車の大型では500kg以上、バスになると軽く1トンを超える重さがある。積み下ろしだけでも一定の設備が必要で、感電など操作上の危険もあり、リサイクルにせよリユースにせよ、その取り扱いは専門技術が欠かせない。個々の自動車販売店レベルで対応できるものではなく、一つの業界としての育成が不可欠の課題になっている。
車載電池の「リサイクル」は、主に電池からリチウムやコバルトなどの希少金属を取り出し、新たな資源として再利用することを指す。
一方「リユース」は、使用済の車載電池を他の用途に再活用することだ。車載電池の容量は大きいので、劣化が進んで自動車の快適な走行には適さなくなっても、低速電動車や工作機械など他の用途にはまだ十分使えるパワーがあることが多い。また乗り物以外でも、固定の「大きな電池」として非常用電源に活用されている。
使用済み車載電池ビジネス急拡大の背景には、世界的な資源価格の高騰がある。近年、レアメタルの価格は軒並み急上昇、1年前の2~5倍に達している。レアメタルの価格高騰はEVの生産販売には逆風だが、使用済みバッテリーの回収、再利用には追い風となり、さまざまな企業が参入している。
現在、中国で使用済み車載電池の総合的な再利用を手がけているのは、大きく分けて以下の3つの勢力である。
①自動車メーカー
②バッテリー専業メーカー
③資源のリサイクル&リユースの専門企業
①の自動車メーカーは、使用済みの電池を回収する局面で最も強みを発揮する。中国の新車販売は主に「4S店」と呼ばれる正規ディーラーを通じて行われているが、ユーザーが車を乗り換える際、もしくは電池の交換が必要になった際に、店舗を通じて使用済み車載電池を低いコストで回収できる利点が大きい。
しかし、メーカー自身にはリサイクルやリユースのノウハウは乏しく、事業として継続するには外部の専門企業の協力が必要になる。また使用済み電池を回収する販売店自体は、回収に手間がかかるうえ、大きなインセンティブはないため、後述するように、再生資源としてより高く買い取ってくれる業者に転売してしまうなどの問題も発生している。
②のバッテリー専業メーカーは、使用済み車載電池が「都市鉱山」として新たなレアメタルの確保につながり、製品のコストダウンになるため、回収には非常に積極的だ。
EVの車載電池で世界トップのシェアを持つCATL(寧徳時代新能源科技)は、15年、廃棄電池のリサイクルを行う子会社を設立、早くから使用済み電池の再生に取り組んできた。21年には6400億円を投資して湖北省宜昌市に大型新工場の建設に着手、27年に完成の予定だ。また完成車メーカーであると同時に、バッテリー企業でもあるBYDは、すでに全国の40カ所に使用済み車載電池の回収拠点を設けたほか、浙江省台州市に使用済み電池の回収と再利用、およびそれに関する新技術の開発を目的とした新会社を設立している。
③の再生資源の活用を掲げる専門企業は、現在、市場での動きが最も活発だ。なかでも注目を集めているのが、バッテリーのリサイクルやコバルト精製などを手がけるGME(格林美、広東省深圳市)である。同社は今年1~9月の累計で、対前年比30%増の1.5 GWh、量にして1万2000トンの使用済み電池を回収し、売上高は4200億円と同65%増を記録している。
GMEは大手自動車メーカーとの取引も多いが、主要な顧客は自社で使用済み車載電池の回収や再利用などに手が回らない新興EV企業や地方の中小自動車メーカーなどだ。すでに全国の500社以上のEVメーカーと提携し、使用済み電池の回収からリサイクル、リユース事業を展開している。
こうしたビジネスが活況を呈する一方、使用済み車載電池の処理に関する問題も山積している。その最大のものは、正規の回収ルートに乗らない「ヤミ資源再生」の横行だ。
車載電池には毒性の高い物質も使われており、感電や発火のリスクもある。入念な環境対策も不可欠で、処理にはそれなりのコストがかかる。しかし前述のようにレアメタルの価格高騰で、車載電池リサイクルの「うまみ」が増したことから、さまざまな非正規の処理業者が参入、高値で使用済み電池を買い漁る事例が広がっている。
このような非正規業者の多くは零細企業で、作業環境が劣悪なうえ環境、安全対策も不十分だ。そのぶんコストが安く、高値での買い取りが可能になる。車両のユーザーも「高値で買ってくれるなら」と非正規ルートに処理を任せてしまう例が後を絶たない。正確な統計はないが、自動車販売業者の一部も結託した、かなり根深い横流しルートが存在するようだ。
中国政府はこの問題を重視し、「バッテリー背番号制」の導入で対抗しようとしている。これはすべての「新エネルギー車」の生産企業に、製造時からバッテリーの固有の個体識別番号を割り当て、生産段階から販売、使用後の再生処理までをこの番号で追跡できるようにするものだ。発表によれば、すでに番号を入力すれば個々のバッテリーの現在のステイタスを呼び出せるシステムの開発と実験は終了しており、数年内に一部で導入される見込みだ。
秋の風物詩、上海ガニにもニセモノ防止の識別タグがついている国のことであるから、このくらい技術的には何でもないだろう。ここまで徹底すれば、車載電池のリサイクルやリユースはかなり捕捉率が上がるのではなかろうか。
加えて、資源のリユース面でも新たな動きが進んでいる。日本でも「50万円EV」として話題になった「宏光MINI EV」を生産、販売する自動車メーカー、上汽通用五菱汽車(広西壮族自治区柳州市)は、同市内に太陽光+風力発電の装置を使用済み車載電池と組み合わせた大型蓄電プラントを建設。すでに正式な運用を開始しており、蓄電量は最大で1000 KWhに達したと発表している。
このプラントは、同社がかつて販売していた小型EV「宝駿E100」「宝駿E200」から回収した大量の使用済み車載電池を活用。大型の太陽光発電と風力発電のプラントと結合し、発電した電気をリユースの電池に蓄電しておき、必要な時に使うというものだ。太陽光も風力も、クリーンではあるが、安定的な電力供給が難しい。そこで使用済みの車載電池を組み合わせて造った大型の蓄電池に一時的に蓄えることで安定供給を目指す。
現時点ではまだ採算性に課題があり、実験段階だが、リユースの用途が広がれば、使用済み車載電池の活用ビジネスに新たな可能性が広がる。
こうした使用済み車載電池の総合的な再利用を主導し、強力に後押しているのが中国政府だ。これは資源の海外依存を減らし、製品の国産化率を高める総合的なエネルギー安全保障政策とも合致する。EVそのものに開発に留まらず、使用済みバッテリーの回収や処理についても、中国は世界に先駆けてさまざまなノウハウを蓄積しつつある。