北海道名物の肉料理と言えば、豚丼、羊肉のジンギスカンといったところだが、最近はエゾシカの料理を出すところも増えてきた。エゾシカのヒレ肉ソテーなどは、牛肉のそれより脂が少なく、上品な味わいで赤身の肉の旨味を楽しむことができる。
近年、道内では食害の問題などもあり毎年10万頭以上のエゾシカが捕獲されている。こういった現実がある一方で、レストランが必要なエゾシカの肉を必要な部位を必要な量だけ入手するのは難しいという。エゾシカに限らず、いわゆる“ジビエ”と言われるマガモやウサギなども同様だ。
3年前に北海道で起業したスタートアップ、“狩猟業界・ジビエ業界のDX化を実現する”、株式会社Fant(ファント)が、こうしたジビエ肉の流通の課題に挑むという。代表の高野沙月氏に話を聞いた。
株式会社Fantは、若手ハンター同士が交流できるプラットフォームを提供することから事業を始めた。
狩猟免許を取得しても、実際に狩猟をするとなると、狩場の情報や経験のある仲間が必要となる。地域で狩猟組織の中核となる猟友会は高齢のハンターが多く、新参の若手ハンターが参加するのは難しい。そこで、ネット上で若手ハンターが交流できる場所を考案し、スタートさせた。そのアイデアは当たるには、あたった。しかし、事業としては次の一手が問題になった。
「(ハンターの)登録者数自体は、結構いろんなメディアに扱っていただいたこともあって
全国から1300人ぐらい集まりました。けど、集まったけれどもそこからの発展がないなと思って。ハンター同士での交流はぼちぼちあったのですけど、そこからじゃあどうするっていうのがないなって思って」
そこで、引き出したのが「ジビエ」だ。そもそも、東京暮らしをしている時にレストランで食べたジビエの美味しさに刺激されたことがきっかけで、狩猟、創業の道へと進んできた。
Fantを創業した時にも、ジビエに関する事業は視野に入っていた。
国内ジビエ業界の課題のひとつは、供給側のハンターと需要側のレストランをつなぐ上手い仕組みがないことだ。ハンターは撃った獲物を食肉処理施設に持ち込み、そこで解体、精肉されたものがレストランに渡るのだが、レストランが欲しいジビエがいつでも在庫としてあるわけではないので、安定した供給ができない。
「札幌にフランス料理店たくさんあり、マガモやウサギといったジビエをすごく欲しがっているシェフがたくさんいます。ですけど、それがハンターたちには伝わっていなくて、それでハンターは、シカとかイノシシ(本州の場合)ばかり捕っちゃうんです。ハンターは飲食店がウサギとか欲しがっているのを知らないし、流通の方法も価格相場もわからない。だから、(マガモやウサギは)流通してないですよね。するとシェフは輸入物を使うことになる。当然、北海道のシェフは『地元のものがあるのだったら使いたいと』いうニーズは確実にある。欲しい人と、捕る人が繋がってないという課題としてありました。」
そこでFantは、ハンターと飲食店コミュニケーションが取れるシステム、つまり飲食店がハンターにオーダーを出すことができる仕組みを提供することにした。
そのシステムはこうだ。
飲食店にすればECサイトで注文するのと同様の手軽さで、国産ジビエが必要な量だけ手に入る可能性が広がる。ハンター、食肉処理施設も営業や受発注、入金管理といった作業が軽減されるメリットがある。また、食肉処理を自社で手がけているので、万が一ハンターが獲物の捕獲ができなくても、手持ちの在庫で対応することができる。
上記の様な仕組みなので、食肉処理施設を確保しないことにはそのエリアで捕獲ができない。ということで、現在、イノシシなど、本州の食肉処理施設を通す必要があるジビエは扱いがない。
「北海道を抑えるっていうのは、アドバンテージがすごくあるわけですけれども、やっぱりイノシシも商品のラインナップにしたいなと思ったら、本州の(食肉処理施設と)提携したいですよね」
他にも、北海道から遠く離れた沖縄の宮古島では、クジャクが駆除の対象になっているので、そこにも狙いを定めているという。
ところで、エゾシカのジビエ利用にあたっては他にも課題がある。飲食店が必要とするのはロースやヒレといった部位で、大きな獲物のほんの一部に過ぎない。残りはどうするのか。
Fantでは「ペットフード」と「生ハム」としての利用を構想中だ。駆除した野生動物の肉をペットフードにするということは、すでに全国で行われている。ただ、飲食店用の食肉に比べると、かなり安く買い叩かれるので、ペットフードはオリジナルの自社商品として市場に出す準備を進めている。
また、モモ肉に脚が1本まるごとついたままの原木生ハムにするというアイデアもある。こちらはまだ、試作中ということで、市場に出ることになるかどうかはわからないが、「北海道産エゾシカ生ハム」というのは付加価値の高い商品になりそうだ。
他にも将来構想として、鳥獣被害に悩む農家との連携も準備している。
「鳥獣被害で困っている農家さんとつなげる機能を実装予定です。つまり『うちの畑でシカの被害がひどいから重点的に見回ってくれ』という依頼をハンターにできるような機能です。そうすると何がいいのかといえば、最初のアイデア(ハンター交流アプリ)に戻るんですけど『若いハンターはどこで狩猟すればいいのかわからない』という課題に対応できるのです」。農家は害獣出没の情報を提供し、ハンターは獲物の居場所を知ることができるわけだ。
獲物が頻繁に現れるエリアを予め把握しておくことで、獲物を確保できる確率も上がる。そうすると、オーダーを落とすこともなくなり、飲食店に対する供給も安定し、ジビエ流通の方も安定する。
* * *
Fantのような、狩猟業界周辺でのスタートアップというのはこれまであまり例がない。競合について聞いてみたが、捕獲を知らせる「IoT罠」や、獲物を捕ることに関する発明や技術イノベーションはあっても、捕獲した野生の鳥獣をその後どうするかというところについては、ほとんど誰も手がけていないとのことだ。
「狩猟業界のベンチャーとか、新しい取り組みで成功しているロールモデルは、まだ全然ないですね。なんでないのかというと、みんな『捕る』にばっかり注力しすぎですよね。『食べる人にまで届ける』というところに対しては、まだ解像度が低いというか。実際やっている人が少ないからというのもあると思うのですけど。うまくいっているところっていうのは少ないかなと思いますね。一筋縄ではいかないですね。食文化の話ですからね。システムを作って解決とはならないわけです」
食べる人、作る人、食材を整える人、それを捕獲する人、そして食材となる野生生物。すべてひっくるめての食文化。これを安定したサプライチェーンとして整備するのは、難易度が高い挑戦だ。
起業して3年。好きで近づいたが、難しい業界でチャレンジを続けるFantは、「若手ハンターの交流プラットフォーム」から、「飲食店とハンターをつなぐプラットフォーム」にピボットし10月11日にリリース。現在はジビエに関心のある飲食店との関係構築に邁進中だ。