持続可能な開発目標(SDGs)の中でも大きな課題として取り上げられている食料品の廃棄、いわゆる「フードロス」の問題にグローバルな規模で真っ向から挑むアプリ「Too Good To Go」が消費大国アメリカで今注目を集めている。ニューヨーク在住の筆者が、北米市場で急拡大するこのスタートアップを取材した。
■ 世界中でフードロス削減を
「わたしたちの目標は世界中の市場に展開し、この世界からフードロスをなくすことにあります」
そう語るのは、北米市場の広報を担当するサラ・ソテロフ氏だ。
「捨てるのにはもったいない」という意味の”Too Good To Go”(以下、TGTG)は、2015年にデンマークで創立された。コロナが猛威をふるっていた2020年9月にニューヨークに進出し、現在ではアメリカの14都市、カナダでは13都市で展開している。
ソテロフ氏によると北米以外では、フランスやイギリス、ポーランドなどの欧州15カ国でアプリの使用が可能で、世界中で7300万人以上(2023年2月時点)のユーザーがいるという。
このアプリはどういったものなのだろうか。「捨てるのにはもったいない」の名前通り、食品の廃棄をなくすことを目的としたこのアプリは、地元のレストランやカフェ、スーパーマーケットなどとユーザーをつなぎ、お店で余った食品や賞味期限が間近なもの、さらには賞味期限が切れていても、食べても問題のないものを割引価格で販売する。
ユーザーがこのアプリを開くと、登録されている地元の飲食店やスーパーなどがリストアップされる。店舗ごとに、食べ物や飲み物が入った「サプライズ・バッグ」と呼ばれる袋の値段と、その残数が表示される。さらに、受取時間も指定されており、購入する場合には、アプリ上で事前予約する。
サプライズ・バッグの中身は店頭で受け取るまでは分からないが、おおよそ元の価格の1/3ほどに設定されている。例えば筆者が以前近所のダイナーで3.99ドル(約530円)で購入したパンやクッキーの入った袋は、本来ならば12ドル(約1600円)の値打ちがあるという。ニューヨーク市では、朝食のベーグルとコーヒーを買っただけで1000円近くすることなどざらであるが、それに比べればかなりのお得感がある。
■ Win-Win-Winの関係
アメリカでは昨年来、40年ぶりの高水準といわれるインフレが進行していおり、なかでも食料品の価格は前年比で10%以上も上昇した。多くの人が高騰する食費のために家計を切り詰めるなか、こうしたアプリが広く利用されるようになったという。ソテロフ氏は「消費者」、「地元ビジネス」、そして「環境」にとってこのアプリは「win-win-win」であると語った。
TGTGは、2020年にアメリカへ進出してから2年半で400万人以上のユーザーを獲得している。低所得者の経済的な助けになっている以外にも、普段なら手出ししにくい少々値の張るお店のメニューが、1/3ほどの価格で購入できるということもあり、お試し感覚でサプライズ・バッグを買い求めるユーザーも増えているという。
アメリカにおけるサプライズ・バッグは、2.99ドル(約400円)〜9.99ドル(約1300円)が平均的な価格となっている。パンやクッキーなどのベーカリー製品以外にも、野菜や果物などの生鮮食品、タピオカ・ティーなどの飲料品、さらにはピザや寿司など幅広いものが取り扱われている。
レストランやスーパーなどの地元ビジネスにとっても、本来ならば廃棄しなければならなかった食品をアプリを使って販売することで、収入に変えることができ、歓迎の声があがっているという。
特に、コロナ禍でニューヨークのレストランなど飲食店は、完全な営業再開までに1年以上もかかった。その間は、テイクアウトやデリバリーなどに頼らざるを得ず、少しでも無駄を減らし収入を上げるため、このアプリの利用数が増加したとソテロフ氏はみている。
ユーザーはアプリを無料でダウンロードでき、利用料や会費もゼロ。アメリカの場合、お店側は年間費89ドル(約1万2000円)を支払い、売値に関わらずサプライズ・バッグを1つ販売するごとに1.79ドル(約240円)の手数料が引かれる。
さらに、ソテロフ氏によると世界全体のユーザーのうち、アプリを利用したことのある人の72%が、サプライズ・バッグを購入した後に、再び同じ店に戻って来たという。
■ 食品廃棄と温室効果ガス排出
フードロスを削減するというのは、必ずしも「もったいない」ということだけではない。
世界自然保護基金(WWF)と英国小売業のテスコが行った調査「Driven to Waste」によると、全世界で年間25億トンの食品が廃棄されおり、これは世界で栽培された全食品の約40%にあたる。また、食品廃棄の際の輸送や焼却、埋め立てなどで排出される温室効果ガスは、全体排出量の8〜10%を占めているとの試算もある。
これは自動車から排出される量(10%)にほぼ匹敵し、約1%とされる航空業界の排出量と比べてはるかに大きい。フードロスが環境にとっていかに大きな問題かということが分かる。
ソテロフ氏は、フードロスの削減を通して環境に有害な温室効果ガスをなくすことが、同社の最も大きな目的であると語った。コロナ禍の巣ごもり需要で、飲食品のデリバリー・サービスが急増したが、同社はあえて温室効果ガス排出を伴う車やバイクなどを使用したデリバリーを行わず、ユーザーがお店に直接出向いてサプライズ・バッグをピックアップするという形にこだわっていると強調した。
今後、さらに多くの都市に展開し、地元ビジネスと積極的に提携してアプリを広めて行きたいと同氏は語った。また、アジアやアフリカなどTGTGのアプリがまだ利用できない地域にも進出して、フードロスの世界的な削減に努めたいとしている。
同社は2022年には米タイム誌の「世界で最も影響力のある100社」にも選出されたが、ソテロフ氏は「わたしたちはグローバルな企業であると同時に、地元に密着したハイパーローカルな会社です」と語った。
フードロスという世界的な環境問題を解決するためには、わたしたち消費者と地元ビジネスが協力をして、草の根レベルから今の生活習慣を変えて行かなければならないのかも知れない。