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生成AIとジャーナリズム 現在の距離感 この先の関わり

イメージ図(記事本文と関係ありません)

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 Chat GPTに代表される生成AIは、報道の世界にも入り込みつつある。象徴的な事例は、2023年7月に報じられた、Googleがニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなどの米国の新聞社にニュース記事執筆のためのAI導入を提案した一件だろう。

 7月19日付のニューヨーク・タイムズの報道によると、このAIは「Genesis」と呼ばれ、Googleの担当者いわく「このツールは記事の制作、報道、事実確認においてジャーナリストが果たす重要な役割を代替することを意図したものではなく、見出しの案や記事の書き方の選択肢を提供するもの」であるという。一方、新聞社側の反応は良いとはいえない。説明を受けた新聞社幹部の一部は「正確で価値ある報道を行うジャーナリストの努力を軽んじている」とコメントした。

 企業、行政、教育機関など、あらゆる分野で導入が進む生成AI。これが報道の世界に根付いたとき、私たちが日々目にするニュースはどのように変わるのか。そして、どのようなリスクが考えられるのか。米国や欧州の事例を中心に、メディアの動向や最新の言説を紹介する。

AIによる記事作成の歩み

 実のところ、生成AIがブームになる以前から、報道機関は記事の制作にAIを取り入れてきた。2014年にはAP通信が企業の収益報告記事の制作をAIで自動化し、2016年からはスポーツの試合結果にも応用を広げている。日本で先行するのは日本経済新聞社だ。2017年1月、企業の決算資料から業績データや要点を抽出し、原稿の執筆からネット公開までを自動化した「決算サマリー」というコンテンツを開始している。

 とはいえ、こうした記事は決まった形式に数字や要点を当てはめていくものであり、分析や予想、解釈といった人間的な判断は介在しない。記事制作に生成AIを取り入れるといった際、多くの人々の関心は、未知の事象に光を当てたり、独自の視点から問題提起を行ったりする、まさしく人間的な記事を書けるのかということだろう。

 現状、それは難しい。確かに人間が書いたような流暢な文章をつくれるが、Chat GPTなどの大規模言語モデルは人間の言語運用例を学び、そこから得た言葉を組み合わせ、返答しているだけであり、事象を理解しているわけではないからだ。参照する言語運用例に誤りが含まれていたり、著作権を侵害したりする恐れもある。また、AIがどのような基準で文章を出力しているかがブラックボックスであることも問題だ。正確さや透明性、公平性が求められる時に、その根拠を明示することができない。

 実際に生成AIで記事を制作するメディアは現れ始めているが、トラブルになるケースもある。米国のテック系ニュースサイト・CNETは、その母体であるメディア企業・Red Venturesが独自に開発した生成AIを使い、2022年11月から金融系の記事を77本制作した。「What Is Compound Interest?(複利って何?)」、「How Much Should You Keep in a CD?(譲渡性預金はどれくらい持つべき?)」といった解説記事だが、23年1月、そのうち41本に誤りや盗用の可能性がある文章が見つかり、記事の公開停止と訂正を行った。

 一方、対照的なのは英タブロイド紙デイリー・ミラーなどを所有するメディア企業・Reachだ。同社は2023年3月から、「InYourArea」という情報サイトで生成AIによる記事を掲載し始めたが、こちらは問題なく受け入れられている。そのうちのひとつ、「7 things to do with visitors to show off Newport(ニューポートでするべき7つのこと)」という記事を開いてみると、ニューポートの観光名所を紹介するオーソドックスな内容だが、歴史や自然についてのトリビアが盛り込まれた読み応えのあるものになっている。ReachのCEO、ジム・マレンは「(記事は)すべてAIが作成したものですが、データはジャーナリストによってまとめられ、公開するのに十分かどうかは編集者が判断した」と英紙The Guardianのインタビューで述べている。

 このように生成AIを用いた記事制作は、制作できる記事の種類が限られていたり、人間の編集者によるチェックが必要だったりと発展途上の段階といえる。とはいえ各国の報道機関を見渡すと、AI導入の潮流は今後さらに強まっていくのは確かなようだ。その背景にはニュースビジネスの世界的な低迷がある。

AI導入への切実な理由

 広告収入の減少やニュースに対する信頼の低下から、多くの報道機関が収益に苦戦している。アルジャジーラの報道によると、米国のニュース編集部だけでも2023年1月から5月までに1万7436人の雇用が削減された。これは過去最悪のペースだ。また、SNSの隆盛とともにネットメディアの雄として名を馳せ、ピューリッツァ賞の受賞歴もあるBuzzFeedニュースが2023年5月に閉鎖したのも記憶に新しい(母体であるBuzzFeedは、AIを活用したコンテンツ制作に注力し始めた。CEOのジョナ・ペレッティは「我々はAIを活用したコンテンツの未来をリードする」と述べ、2023年2月からChat GPTを用いたクイズコンテンツなどを展開し、株価を急騰させた)。

 また2023年6月に報じられた、ドイツのタブロイド紙・ビルトが計画している200人規模のリストラもメディア関係者の注目を集めている。同紙は日刊紙としては欧州最大の約100万部の発行部数を誇る。このリストラは18ある地域版を12に削減するためとされるが、ビルト・グループ編集長のマリオン・ホーンは「AIやデジタルの世界のプロセスに取って代わられる仕事を持つ同僚とは、別れることになる」と述べ、編集者や校閲者などの一部をAIに置き換えることを示唆した。

 報道はコストがかかるビジネスだ。企画の立案、取材、データの精査、原稿作成、編集、校閲など、業務内容は膨大かつ多岐にわたり、ジャーナリストの生産性は高いとはいえない。ここに業界全体の業績悪化がのしかかり、人員削減に歯止めがかからないという構図だ。AIの導入は、生産性を向上させ、低コストでより良質なニュースをつくるための起死回生の一手とみなされている。

 ノルウェー・ベルゲン大学の情報学者Andreas L Opdahl教授らのグループは、2023年4月に出版した「Trustworthy Journalism through AI(AIを用いた信頼に値するジャーナリズム)」という論文でニュースビジネスのAI利用について包括的な分析を行っている。その論文では、「AIによって、ジャーナリストは退屈な業務(ルーティンワーク)から解放され、より創造的で重要な仕事に時間を割くことができるようになる」と述べており、AI導入で省力化できる業務として「取材対象の基本的な情報の収集」「取材先リストの作成」そして「ファクトチェック」なども挙げている。

 Opdahl教授らが強調するのは、報道機関が生き残るためにAIの導入は不可欠だということ。また、報道に携わる人間は、権力からの独立や倫理観といったジャーナリズムの伝統的な規範を認識し、強固に保持し続けることが必要だという。この場合の「権力」には、Open AIやGAFAといったAIを提供する企業も含まれる。

 そこから導かれるのは、確かな職業意識と専門知を持った“人間の記事執筆者”は、この先も重要で存在価値があるということだ。そうした人々がAIを理解した上で駆使する一方、”AI執筆者”とは異なる自身の価値を常に意識し、創造的な報道を盛んに行えば、メディアが失いつつある信頼をAIの時代に回復できるかもしれない。

Written by
ジャーナリスト。日本大学藝術学部、ニューヨーク市立大学ジャーナリズム大学院卒業。朝日新聞出版勤務等を経てフリー。貧困や薬物汚染等の社会問題を中心に取材を行う。著書に「SLUM 世界のスラム街探訪」「アジアの人々が見た太平洋戦争」「ヨハネスブルグ・リポート」(共に彩図社刊)等がある。