改正航空法の施行により、2022年12月から無人航空機(ドローン)の「有人地帯での目視外飛行(レベル4)」が可能となり、物流などさまざまな分野でのドローン利用の拡大が期待されている。
しかし、複数のドローンが運航するためには、他のドローンや航空機との衝突を避ける必要があり、その実現には、運航者間で飛行計画や位置情報などを共有し、調整を行う「運航管理システム(Unmanned Aircraft System Traffic Management、以下、UTM)」が欠かせない(参考記事「ドローン活用に必要な「空の交通整理」の仕組み ただいま準備中」)。
現在、日本で使われているドローン情報基盤システム(DIPS)は、国が集中的に運航者を管理する仕組みとなっている。しかし、国際的な流れとしては、国が認めた複数の民間UTMプロバイダが、分散的に相互接続する仕組み(分散型UTM)へと移行しつつあり、その仕様が米国の標準化団体ASTM Internationalで標準化されている。日本においても、分散型へと向かうことが「小型無人機に係る環境整備に向けた官民協議会」で明示されており、2025年頃の実現を目指すとされている。
この分散型UTMで重要となるのが、運航者間の経路を自動調整する「自動交渉AI」の実現だ(参考記事「自動運転車同士が交差点で出会うと何が起こる?問題を解決する“相談するAI”」)。運航者間で飛行経路が重なった場合などに、自動交渉AIが交渉を担い、運航者は特に交渉を意識することなく、安全にドローンを飛ばせるようになるという。
今回は、自動交渉AIを活用した分散型UTMを開発するスタートアップ、Intent Exchange株式会社(東京都目黒区、2023年2月設立)の代表取締役 中台慎二氏に、分散型UTMと自動交渉AIとはどういったものかを、同社の事業内容と合わせて聞いた。
現状、交渉は電話やメール
分散型UTMとは、どのような仕組みなのか。下図を用いて説明していこう。
まず集中型(図左側)は、国による直接的な安全管理が行われるもので、従来の航空管制を模して作られたものだ。
「現在、集中型の仕組みは航空局の『DIPS(ドローン情報基盤システム2.0)』に導入されており、ここに登録すると、もし他の運航者の経路と重なった場合には、電話やメールで交渉することになります」(中台氏)
現時点では、運航するドローンがそこまで多くないため、この形式でも対応できているが、将来的に運航するドローンが増え過密状態になると、このシステムで対応するのは難しい。そこで現在開発が進められているのが、分散型UTM(図右側)だ。これは、国が認めた複数の民間事業者(UTMプロバイダ)が相互接続し、間接的に安全管理が行われる仕組みだ。UTMプロバイダとは、いわば通信キャリアのようなもので、運航者はどこか一社を選び、その支援のもとでドローンを飛ばすことになる。
では、分散型UTMの重要な要素となるという「自動交渉AI」は、どこで活用されるのか。中台氏によると、そのタイミングは2つあり、ひとつ目が、「飛行前の経路を調整するとき」だ。
ドローンの運航者はフライト前にUTMプロバイダに経路情報を提供するが、その経路が他のドローン運航者と重なっている場合は、自動交渉AIが、それぞれの目的を両立させつつ、衝突しないよう経路を自動調整してくれるという。
「現状では運航者同士が、電話やメールで調整していますが、そういった面倒なやりとりが不要になります」(中台氏)
自動交渉AIが稼働するもうひとつのタイミングが、「フライト中の調整」だ。計画段階で、他のドローンと衝突しないよう経路を調整していても、当日の天候や機体の不具合などで、その経路を外れることもある。この逸脱したエリアが他のドローンの経路とかぶっていた場合にも、「自動交渉AIが稼働し、速やかに経路調整を行う」とのことだ。
中台氏によると、もともとUTMは国が主導する集中型の開発から始まったという。しかし、米国を中心に「民が主導すべきだ」という考えが広まり、今では分散型が国際的な主流になりつつあるとのことだ。
「アメリカの考え方としては、複数の民間企業が、自分たちの予算でどんどんシステムを開発していくべきだと主張しています。そういう開発競争がイノベーションを産むのだという考え方から、分散型の発想が生まれたというわけです。今もまだ議論の余地はあり、例えばカナダなどは、集中型を目指しています。国が巨大な予算をかけ、巨大なシステムを構築すればそれも可能になるかもしれません。しかし、やはり民間企業がシステムを持ち、競争環境下でサービスを提供する方が、品質の向上につながるでしょう。国際的にも分散型が主流になっており、これからどんどんリプレイスがかかるものと考えられます」
日本のガラパゴス化を防ぎたい
中台氏は、なぜIntent Exchangeを立ち上げ、自動交渉AIを活用した分散型UTMの開発に携わったのだろう。
もともと中台氏は、日本電気株式会社(NEC)のデータサイエンス研究所で、20年ほど自動交渉AIの研究に携わっていたという。その研究活動の中で、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「ロボット・ドローンが活躍する省エネルギー社会の実現プロジェクト」(〜2021年度)に参画し、集中型UTMの開発に携わることになった。これが大きな転機になったという。
「NECのメンバーとして集中型UTMの開発に参加したら、世界ではすでに集中型から分散型に移りつつあるというパラダイムシフトに直面しました。国際動向としてそちらに向かうのであれば、この先分散型が主流になるのは目に見えています。しかし、国としては集中型に力を注ぐ方向に向かっていました。もちろんそのまま純粋無垢に、集中型UTMを作って、NECの事業にしていく方向もありましたが、それだと、日本全体がガラパゴス化に向かう可能性が高い。そこで、10年後に全てひっくり返されるよりは、今のうちから分散型に移行して、国際的標準とも合わせて、むしろこちらから国外に売れるものを作っていこうと。NECからカーブアウト(戦略的に事業の一部を切り出し、新会社として独立させること)して、新会社を立ち上げることにしたのです」(中台氏)
その後、中台氏は、カーブアウト特化型のスタートアップスタジオ BIRD INTIVATION株式会社(東京都目黒区)に入り、そこでUTM事業を立ち上げ、北海道稚内市において国際標準に基づいた分散型UTMの実証実験に成功。2023年3月に、このUTM事業を事業承継する形で、Intent Exchangeを創業した。
現在、Intent Exchangeは、NEDOの「次世代空モビリティの社会実装に向けた実現プロジェクト(Realization of Advanced Air Mobility Project:ReAMoプロジェクト)」に参画し、分散型UTMの実現に向け、UTMプロバイダの相互接続に必要な要件や、UTMプロバイダの認定要件の整備に尽力している。
今後同社では、ReAMoプロジェクトと並行して、まず飛行中のドローンが制御不能になった場合の落下範囲の算出や、経路自体のリスクを可視化する「地上リスク評価サービス」を開発・提供。その後、2025年頃のUTMプロバイダ認定制度の実現を待ち、自らUTMプロバイダとなって、運航者へのサービスを提供していく予定とのことだ。
さらにその先には、「ドローンの分散型UTMの仕組みを、自動運転の世界に持ち込む構想もある」と中台氏は胸を張る。
「UTMプロバイダとしてサービスを開始した後には、空の文化を地上に持っていこうと考えています。ここまでお話ししたように、航空業界には、飛行前に経路を調整する文化があります。これをそのまま自動運転のインフラに持っていけると考えています」
自動運転車が普及すると、多くの車は、事前に経路を算出し、その経路に基づき自動運転するようになる。さらに、経路を決める際には、他の自動運転車との経路調整や、万が一経路から外れた際の他車との経路調整が必要になる。ここには、中台氏らが現在開発しているドローン向け分散型UTMの仕組みがそのまま当てはまるというわけだ。
「日本のガラパゴス化を防ぎたい」という中台氏の思いから始まったIntent Exchangeの旅路。一日も早い離陸を期待したい。