Open Innovation Platform
FOLLOW US

「暗号資産の冬」から自力で「春」を呼び寄せる〜BGINの役割と意義 そしてBlock 9参加への誘い

前回BGIN Block8の様子。様々な立場の関係者が参加し、情報を共有、議論を進める

前回BGIN Block8の様子。様々な立場の関係者が参加し、情報を共有、議論を進める

なぜマルチステークホルダー型のルールメイキングが必要か

 2019年6月に日本が議長国を務めたG20で採択されたコミュニケにおいて、「分散型金融におけるマルチステークホルダーの対話の重要性」が明記されたことを受け、2020年4月に設立されたBlockchain Governance Initiative Network (以下、BGIN)の第9回総会(Block 9)が、11月19日から11月23日まで、オーストラリアのシドニーで開催される。

 マルチステークホルダー型の議論とは、多数の異なる利害関係者(ステークホルダー)の間で複雑な課題が存在し、その解決の道筋を探る際に、どれか1つ、あるいは少数のステークホルダーでは解決が見つけられない場合、利害関係者集めて課題を解決する方法である。

 例えば、ブロックチェーンを利用した暗号資産がマネーロンダリングの温床になったり、詐欺などの消費者保護上の問題を起こしたりしたときに、課題の所在と解決の方向性は、エンジニアだけに任せるわけにもいけないし、規制当局だけに任せるわけにもいかない。単一のステークホルダーだけでは正しい課題認識を持つには限界があるし、課題解決能力を持っているわけでもない。つまり、異なるステークホルダーの協力関係が必要になる。

 同じことは生成AIにも言える。先日、国連がAIのガバナンスについての諮問機関を創設したことが報道されたが、生成AIは草の根で技術開発が進むことを考えると、原子力におけるIAEAのようなガバナンスが機能するかは不明である。一方で、草の根の開発者を交えたマルチステークホルダーの議論の場を作るのは簡単ではない。

 このようなマルチステークホルダー型のガバナンスがある程度機能している例として、我々が毎日使っているインターネットのガバナンスがある。インターネットも、管理者がおらず、草の根の様々な技術開発の結果を、「ラフコンセンサス(ゆるい合意)」と「ランニングコード(動作するコード)」による検証によって、多くのステークホルダーの目を通して標準を作っている。30年以上にわたるそのような努力の結晶として、今でも誰もが使え、誰もがイノベーションが維持できるインターネットを我々は享受している。インターネットのガバナンスが成立する過程は、過去に金融庁が行なった調査研究で報告書が公開されているので、参照してほしい。

【参考】「ブロックチェーン技術等を用いた金融システムのガバナンスに関する研究

 BGINは、インターネットコミュニティが地道に行ってきた歴史から学び、ブロックチェーンにおいてステークホルダー間の共通認識の醸成と課題解決のための協力の場となることをゴールにしている。

 誤解を恐れずに言えば、昨年から言われている「暗号資産の冬」の原因の多くは、ステークホルダー間でのコミュニケーション不足に起因する。杜撰な経営実態や不正も明らかになる中で、ブロックチェーンビジネスを営む当事者たちは、政府や規制当局の懸念に応えるコミュニケーションをとってきたのか。また、規制当局も自力では規制しきれない技術に対して、うまくコミュニケーションが取れていたのか。さらに、現在も米国SECの動向に一喜一憂をする人たちがいるが、規制当局者とコミュニケーションをとり、場合によっては技術の価値を説得することはあったのだろうか。私が見る限り、BGIN設立で一部の人たちはそのような方向に力を注いだが、業界全体としてそうした努力にリソースを割いてこなかったのではないだろうか。

 実は、インターネットの標準を議論するInternet Engineering Task Force(IETF)の総会が今年の3月に横浜で行われた。近年、IETFでもブロックチェーンに関する議論はある。P2Pネットワークなど、ブロックチェーンが安定的に運用できるのも、IETF Meeting参加者の技術議論や共通文書にまとめる多大な努力のおかげで、本来であればブロックチェーンエンジニアもIETFの場にいなければならない。しかし、筆者が4月にETH Global Tokyoのサイドイベントで、会場の参加者に横浜でのIETFに参加したかどうかを尋ねたところ、1人も参加者はいなかった。これが実態である。10月に、京都でインターネットのガバナンスを議論するInternet Governance Forum(IGF)の総会が開かれた。IGFは、国連の配下の組織ながら、国も単なる1つのステークホルダーとして参加し、マルチステークホルダーで議論を行う。ここで議論されるアジェンダは広範かつ、インターネットを安全かつ持続的に維持するために極めて重要な議題が並ぶ。AIに関する岸田首相の講演は話題になった。ここでもブロックチェーンのガバナンスに関するセッションが開かれたが、大きな話題になっていない。

 もし暗号資産の冬を脱したいのであれば、インターネットの歴史に学びつつ、有効なコミュニケーションと協力の場を育てる必要がある。BGINは、ブロックチェーンにおけるIETFやIGFのような場である。そして、2022年以降、様々な事件が発生し、暗号資産の冬を迎えるにつれて、BGINへの注目は高まっている。

BGINの存在意義

 ブロックチェーン「業界」において、現在でも様々な「イベント」を通じて、異なるステークホルダーが交流している、という反論があるかもしれない。確かに、多数の有名人によるパネルディスカッションの集合体で“フェス”のようなイベントは数多く開催されている。

 こうした催しでは、いつも同じような顔ぶれで、同じような話をしているのではないだろうか。このようなイベントの限界は、「有名人のパネルを聴衆が聞く」というスタイルであることで、わざわざ時間をかけて同じ場所に多くの人が集まったにもかかわらず、意見の相違が言語化されることもなく、他の人の学びにつながる文書化もなされない。多くの場合、「いい話を聞いたな」とその場で感じても、翌日からは現実に引き戻されて、忘れてしまう。それでは、問題は何も解決しない。

2019年のG20のマルチステークホルダーセミナー(中央がサイファーパンクのAdam Back氏)
2019年のG20のマルチステークホルダーセミナー(中央がサイファーパンクのAdam Back氏)

 BGINの目的は、ブロックチェーンにおいて単一のステークホルダーでは解決できない課題(ほとんどの問題はそうである)について、異なるステークホルダーが共通認識を持ち、その解決方法について、規制当局、中央銀行、ブロックチェーンでビジネスを行う者、アカデミア、そして政府のことが嫌いなサイファーパンクに至るまでが、議論を重ね、共通文書として出版し、それ以降各々の活動に生かすことができるようにすることである。そのうちのいくつかは、グローバル標準になる。まさに、ブロックチェーンにおけるグローバルなルールづくりである。これは、本年5月の広島G7サミットで立ち上がったAIに関する「広島AIプロセス」で今後やろうとしていることを、2019年のG20から先駆けてやってきたということもできる。

「標準を作る」という観点では、例えばISO TC307ではブロックチェーン技術の標準化を行なっていて、筆者も参加している。ただし、ISOの標準化は、国が関わる「国際標準」であり、1国1票の投票で標準化が進む、という点で、草の根から技術が出てくるブロックチェーンとは本来相性が悪い。会議に出席するのも各国の委員会で承認された人だけなので、サイファーパンクが文書作成に関わる姿は想像しにくい。

 一方で、様々なブロックチェーンプロジェクトでは、独自のガバナンスのもと、技術の仕様やガバナンスのあり方について文書化は行われている。例えばBIP(Bitcoin Improvement Proposal)やEIP(Ethereum Improvement Proposal)はその例である。しかし、これらの議論に当局者や一般の利用者などのステークホルダーが参加する姿はあまり見ないし、金融庁のレポートが明らかにしているようにオンチェーンガバナンスの理想と現実には大きな乖離がある。つまり、マルチステークホルダー型の課題解決には今のところ、役立っていない。

BGINは、2020年3月に設立が宣言され、それから3年半が経過している。2つのワーキンググループが、2週間に一度のZoom会議と年3回の総会を通じて、課題に関する議論と文書化を行なっており、現在までに9つの文書を出版している(文書へのリンクを含む)。

DIDで用いるVerifiable Credential(VC)の情報の選択的開示についての文書

DeFiにおける透明性と規制に関する文書

SBTに関する文書

NFTとそのユースケースに関する文書

カストディ、取引所でのセキュリティインシデントが発生した時の対応についてのケーススタディ

暗号資産がランサムウエアの身代金の支払いに使われそうになるときの対応に関する文書

DeFiに関する規制の方向性に関する文書

ステーブルコインとDeFiに存在する内部、および外部の潜在的障害点に関する論点の文書

ステーブルコインとDeFiに存在する内部、および外部の潜在的障害点に関する文書

 現在は、SBT(Soul bound token)、ウォレット、DID(Decentralized Identifier)とクレデンシャルのプライバシ保護、ゼロ知識証明に関する文書作成のプロジェクトが動いている。誰でも作業中の文書を閲覧し、コメントをつけたり、コンテンツを提案することが可能である。

ウォレットを持続的に安全に保つためのガバナンス

Soul bound Tokenの文書の続編

SBTを使ったAML/KYCなどのコンプライアンスソリューション

ブロックチェーンにおけるゼロ知識証明の応用に関する文書(現在Google Docでパブリックコメント中)

 BGINの総会(Block Meetings)は、ワーキンググループの定常的なオンラインの活動を、物理的なミーティングを通じてより広い人々との議論の場を提供することで、議論と文書の質を上げることを目的としている。そのため、総会のセッションは、いわゆるパネル議論とは異なり、Main Discussant(主に議論する人)はいるものの、誰でも議論に参加、貢献できる。つまり誰でも、ルールづくりの議論に参加できる。その議論の相手は、普段は話せない、世界的な規制当局者からサイファーパンクまで様々である。つまり、本来、パーミッションなしにイノベーションが起こせるブロックチェーンにおいて誰でもルールづくりの議論に参加できる唯一の場であり、グローバルにブロックチェーンを考える人にとっては、参加するしかない場所なのである。そして、世界でルールづくりに携わる人々が参加し、議論を行い、さらにその議内容が文書化されることは大きなメリットである。異なるステークホルダー間で、課題認識の共通化を図り、その課題について協力して解決を行い、共通認識と解決方法を文書に残し、誰もが参照できるようにすること、そのうちの幾つはいわゆる標準になることがBGINの存在意義であり、これこそが暗号資産の冬を自力で抜け出すための王道となる。

* * *

第9回総会(Block 9)のハイライト

 今回行われるBlock 9は、4日間にわたって開催される。その主な議題とハイライトは以下の通りである。なお、前述した通り、BGINの各セッションは、パネルディスカッションではなく、主に議論を主導する人(Main Discussants)が存在するものの、誰でも議論に参加できること、その議論の結果がミーティングノートとして残り、その後の文書作成に貢献できることを改めて強調したい。

1日目(ブロックチェーンガバナンス)

 1日目は、草の根で技術開発が進むブロックチェーンのガバナンスについて改めて議論を行う。10月に京都で行われたInternet Governance Forum(IGF)でもブロックチェーンガバナンスの議論が行われたが、IGFにも参加したメンバーや、金融規制当局、そしてブロックチェーンエンジニアを交え、ブロックチェーンガバナンスの課題と、ガバナンスのあり方の認識合わせについての議論を行う。またEtherum財団から、Ethereumのガバナンスのレクチャーを受けた上で、ガバナンス上の問題の洗い出しと、今後の文書化の活動の議論を行う。

2日目(金融への応用)

 午前中は、ブロックチェーンの金融応用において、分散性の意味を改めて議論した上で、CBDC、デポジットトークン、ステーブルコイン、暗号資産、DeFiなど、“お金”に見えるが少しずつ異なるものが、どのように協調していくべきかを議論する。まずは、MakerDAOにおける分散型金融についてのキーノートからスタートし、その後、CBDC、デポジットトークン、ステーブルコイン、暗号資産、DeFiの協調について、中央銀行、アカデミア、ステーブルコイン事業者、ブロックチェーンエンジニアを交えて、それぞれの性質の違いと、連携のあり方について、今後の文書化の方向性の議論を行う。続いて、現在米国政府が検討しているデジタル資産の標準化のR&D戦略について、元ホワイトハウスでデジタル資産の大統領令をとりまとめたCarole Houseをセッションチェアに、TC307議長、NISTのメンバーを含めて、その方針について議論する。

  午後はワークショップセッションとして、2つのパラレルセッションに分かれ、各テーマ90分かけて具体的な文書の編集作業と議論を行う。

  1.  ステーブルコインの障害点
  2. 分散型アプリケーションの透明性とDeFiの健全性
  3.  CBDCとプライバシ
  4.  スマートコントラクトセキュリティとガバナンス

3日目(アイデンティティ、鍵管理、プライバシ)

 午前中は、Ethereum開発者のVitalik Butelinが共著になって現在議論を呼んでいるPrivacy Poolを使った、新しいKYC/AMLのあり方について、共著者のFabian Scharがキーノートをした後に、ZCashのトップでありサイファーパンクのZooko Wilcoxを交え、その展開方法とマルチステークホルダーでの理解を議論する。その後、ブロックチェーンのセキュリティ、プライバシ、ビジネスの重要コンポーネントであるウォレットについての議論を行う。Open Wallet FoundationのトップであるDaniel GoldSchrierを中心に安全なWalletの構築とマルチパーティー計算との連携について議論する。

 午後はワークショップセッションとして、2つのパラレルセッションに分かれ、各テーマ90分かけて具体的な文書の編集作業と議論を行う。

  1.  ゼロ知識証明とその応用
  2.  Walletのアカウンタビリティー
  3.  WorldCoinのプライバシー影響
  4.  デジタルアイデンティティー

4日目(インダストリセッション・ローカルブロックチェーンセッション)

  4日目は、スポンサーになっている企業・組織からのプレゼンテーションやパネルを中心に、インダストリにおける動向と課題の議論を行うとともに、地元オーストラリアにおけるブロックチェーントレンドの紹介と発展のための議論を行う。

 日本からも金融庁、日銀、ビジネス、エンジニア、アカデミアなど多数のステークホルダーが現地参加して、文書作成のための議論に加わることになっている。

BGIN Block 9の登録はすでに開始している。

会議のWebページは、

https://bgin-global.org/events/20231119-block9

参加登録のページは

https://www.eventbrite.com/e/bgin-block-9-meeting-nov-2023-tickets-728679468907?aff=oddtdtcreator

にある。ハイブリッドで開催のため、もちろん現地での参加が望ましいが、リモート参加も可能である。特にシドニーは日本からの時差が少ないため、今回はリモートでも参加しやすい。

 その次のBlock 10は、2月下旬から3月上旬に、Japan Fintech Weekに合わせて東京で開催する予定になっている。BGINの議論とドキュメント作成に関わっている人たちが日本にやってくる。その時に日本からできるだけ多くのブロックチェーン関係者が、グローバルなルールづくりに参加できるようにするためにも、Block 9への現地、あるいはリモートへの参加をお願いしたい。

Written by
ジョージタウン大学Department of Computer Scienceの研究教授として、CuberSMART研究センターのDirectorを務める。東京大学生産技術研究所・リサーチフェローとしても活動。2020年3月に設立された、ブロックチェーン技術のグローバルなマルチステークホルダー組織Blockchain Governance Initiative Network (BGIN)暫定共同チェア。 ブロックチェーン専門学術誌LEDGER誌エディタ、IEEE, ACM, W3C, CBT, BPASE等のブロックチェーン学術会議やScaling Bitcoinのプログラム委員を務める。ブロックチェーンの中立な学術研究国際ネットワークBSafe.networkプロジェクト共同設立者。ISO TC307におけるセキュリティに関するTechnical Reportプロジェクトのリーダー・エディタ、またおよびセキュリティ分野の国際リエゾンを務める。内閣官房 Trusted Web推進協議会、金融庁 デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会、デジタル庁Web3.0研究会メンバー。