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徹底したデータ活用とデジタル化で急拡大 SHEIN、Temuなど中国越境EC

「徹底したデータ活用とデジタル化で急拡大 SHEIN、Temuなど中国越境EC」(画像はイメージ)

「徹底したデータ活用とデジタル化で急拡大 SHEIN、Temuなど中国越境EC」(画像はイメージ)

 中国の越境 EC (国境を越えた電子商取引)が好調だ。

 中国税関総署によると、今年国家統計局1~9月の越境EC輸出額は前年同期比17.7%増の高成長を記録した。一般の輸出は0.6%増にとどまっているので、勢いの差は歴然だ。金額ベースで見ると越境ECは1兆3000億元(約26兆円)、一般輸出が17兆6000億元なので約1割弱という無視できない規模にまで拡大している。

 中国の越境ECの歴史は古い。EC最大手アリババグループが1999年の創業直後に始めたビジネスは、中国の製品を海外企業に販売するB2B(企業向け) ECプラットフォーム「アリババドットコム」だった。今でもアリババドットコムで仕入れている日本の中小事業者、ネットショップ、個人事業者は多い。

 一方で、最近急成長を遂げているのが、中国企業が直接、海外の消費者に販売するビジネスモデルだ。老舗はアリババグループの「アリ・エキスプレス」だが、成長の牽引役は新顔だ。アパレルの「SHEIN(シーイン)」は2008年創業だが、2017年頃から急成長をはじめ、ついにGMV(総流通額)がユニクロのファーストリテイリングを抜いたとして、日本メディアでも大きく取りあげられるようになった。

 他にも、日用品やガジェットに強い「Temu(ティームー)」が日本で存在感を高めているほか、日本ではまだローンチしていないが、東南アジアや米国でサービスを開始した動画アプリ「TikTok」の通販機能「TikTok Shop」も好調だ。

 また、市場調査会社カンターとグーグルが共同実施した「BrandZ2023 中国グローバル・ブランド・ビルダーズ」では、ビッグサイズの女性向けアパレルを扱う「BloomChic 」、シルク製品を中心とした「LILYSILK」、ウィッグの「Luvme 」、女性向けインナーの「NEIWAI」などの越境EC企業が次世代の有力ブランドとして挙げられている。

 中国製造業は「世界の工場」として圧倒的な地位を築いたが、これまで利益の多くを得てきたのは、海外のブランドや小売事業者だった。中国の悲願は、この状況を変えること。ECの分野ではB2Bから始まり、その後、アマゾンやイーベイなど海外のECプラットフォームを使って販売する、いわゆるアマゾンセラーが流行した。そしてついに中国独自のプラットフォームやブランドで、世界の消費者に直接販売する時代が到来するようになった。

マーケティングのデジタル化

 なぜ、新時代の中国発越境ECが、これほどの成功を収めるようになったのか。そのカギを握っているのはマーケティングと製造、2つの分野におけるデジタル化だ。以下では主にSHEINを対象として、その背景を探っていきたい。

 まずマーケティングだが、海外の消費者のトレンドやニーズを知り、それに適した商品を販売すること、適切なプロモーションを行うことは簡単ではない。だからこそ製造が外注であっても、有名ブランドは利益を得られたのだが、中国では近年、ショッピングサイトやソーシャルメディアのデータ分析から海外のトレンドを把握するソリューションが広まっている。

 SHEIN、Temuなどの越境ECプラットフォームは、このソリューションを内製化しているとみられるが、独自のベンダーとしては知衣科技(ジーイーテック)が有名だ。中国内外のネットショップ、さらにはインスタグラムやTikTok、ピンタレストなどのソーシャルメディアからアパレルに関するデータ(写真など)を収集、分析し、最新トレンドをいち早く発見する機能を持つ。AIを活用し、その写真に写っているのがどんな服なのかを自動的に識別し、集計する。2~3人が一緒に映っている写真でも、それぞれどんな服を着ているのかをAIが正確に認識する。こうしたソリューションを活用すれば、世界のどの地域でどんな商品がホットになっているのか、中国にいながらにしてリアルタイムに把握できる。

 情報を知るだけではなく、プロモーションもデジタル化の恩恵が大きい。インターネットを頻繁に使う人ならば、グーグルやフェイスブック、インスタグラム、あるいはアマゾンのサイト内広告などで中国企業の広告をよく目にしているはずだ。米国の検索サイトやソーシャルメディアはネット検閲によって中国の消費者は利用できないが、広告出稿は別の話。グーグルは2010年に中国からの撤退を発表したが、その後も中国企業の広告を扱うオフィスは残していたほどの“お得意さま”だった。

 加えて、近年、存在感を増しているインフルエンサーマーケティングの分野では、海外のインフルエンサーと、中国企業のマッチングを手がけるサービスが多数出現している。一例をあげると、Hotlistというサービスがあるが、世界300万人のインフルエンサーとのマッチングが可能とうたっている。

参考:Hotlist https://www.hotlistmarketing.com/project_rb.html 日本のインフルエンサーの一覧

C2Mとフレキシブルサプライチェーン

 それでは製造のデジタル化とはなにか? ここでキーワードとなるのは「C2M(Customer to manufacture)」と「フレキシブルサプライチェーン」だ。

 まずC2Mだが、日本では顧客の注文を受けてから生産するオンデマンド型の生産方式として捉えられていることが多い。一方、中国では「顧客の潜在的ニーズを発掘した生産」を意味する。消費者が欲しいモノを正確に予測する……。人間の心を読み取れれば話は早いが、それができない中でどうしているのか。

 海外のネットショップやソーシャルメディアからトレンド情報を収集していることはすでに述べた。そこで今まさに流行りつつあるものを即座に生産、販売する。さらに、実際に販売した中で、売上が良いものに関しては素早く追加生産をする。販売の伸び具合で、その先の潜在的なニーズをつかむのだ。

 この手法は中国発の動画アプリ「TikTok」のリコメンドスタイルと似ている。マシュー・ブレナン、露久保由美子訳『なぜ、TikTokは世界一になれたのか?』(かんき出版、2021年)によると、TikTokは独特のリコメンドシステムを持っている。ある動画が投稿されると、まずは10人程度の視聴者に表示してその反応を探る。好反応だと100人のグループ、そこでも良い結果だと1000人のグループと表示する対象を増やしていく。誰が投稿したのかにとらわれず、“バズる動画”を効率的に探し出す仕組みを構築したことで、世界的なサービスへと発展した。

 “バズる動画”を探し出すように、バズるアイテムを探し出せばいい。と思いついたとしても、それを実現するのは容易ではない。デジタルコンテンツとは異なり、アパレルなどのリアルな商品は、企画、製造、販売、出荷には時間がかかるからだ。だが、もしそれが実現すれば、TikTokと同様に世界を席巻する破壊力を持ちうる……。

 この難題をSHIENはやってのけたようだ。中泰証券のレポートによると、彼らは日に数千種、多い時は1万種以上もの新商品を発売している。新商品の初回生産点数は100件という少数に抑え、売れ行きがよい商品だけが再生産される。中国語では「小単快反」(小ロット高速生産)と呼ばれるが、一般的には発注から1週間程度で再生産が可能だという。

 効率的に売れ筋商品を見つけ出せることに加え、売れた分だけ生産するのだから売れ残り在庫も少ないというメリットもある。一方で膨大な種類の少量生産は大変に手間がかかる。SHEINは自社工場を持たないファブレス企業なので、下請け事業者に仕事を発注するのだが、普通に考えれば引き受けたくない仕事のはずだ。

 多様な商品を高速で生産できるフレキシブルサプライチェーン、この構築にSHEINは多大な労力を費やしてきた。「コストのかかるサンプルの製造はSHEINが請け負う」「多品種少量生産に必要な製造機械導入の資金を融資する」「下請け事業者への代金支払いサイクルを他企業よりも短期に設定する」といった優遇策で提携事業者を増やしていった。ビジネスが軌道に乗ると、注文数は倍々ゲームで増えていく。手間がかかっても魅力的なビジネスだと下請け事業者を引きつけられるようになった。もともと「世界の工場」中国は過剰な製造能力を抱えており、仕事がなくて困っている工場は多い。どんなに面倒な仕事であっても、引き受ける事業者は一定数存在する。

下請け事業者を丸裸にする製造実行システム

 製造面でのデジタル化も短期間製造を支えた。SHEINはMES(製造実行システム)と呼ばれる管理システムを内製化しているという。その詳細は明らかにされていないが、SHEINサプライヤーを取材した中国メディアの報道や他の中国のシステムベンダーが販売しているフレキシブルサプライチェーン・ソリューションを見ると、おおよその内容は推測できる。

 生産ラインでは今どのような商品を作っているのか、この1時間で何点製造できたのか、発送した商品が今どこにあるのか、不良品率はどの程度か、倉庫にはどんな材料がどれだけあるのか……。下請け工場のさまざまなデータがすべて可視化され、SHEINの社員が簡単にチェックできるようになっているようだ。自社の製造データや在庫についての情報を一覧できるようにしている企業は多くとも、提携工場のデータまですべて見える仕組みを作るのは容易ではない。異なる管理システムやデータ形式を採用している場合、データ統合にはすりあわせなどの手間が発生する。そもそも顧客とはいえ、別の企業にデータを丸裸で見られることへの抵抗感もある。膨大な発注量というメリットと引き換えにこの過酷な条件を受け入れるかどうか、下請け事業者には厳しい選択が迫られている。

 こうした仕組みは、自分が管理される側になると思えばなんとも恐ろしいが、全体最適を考えた場合にはきわめて効率的であろう。取引先にいちいち確認を取らずとも、生産ラインに空きがあるか原材料はそろっているのかを把握して発注でき、予定通り生産されているかを確認することができる。

 この仕組みがあまりにも過酷な“搾取”だとの認識が広がれば、政治問題化する可能性はある。中国共産党はプラットフォーム企業による寡占化を警戒しており、生鮮食品のネット販売が流行した時期には、零細事業者潰しとなるような安売り禁止などの対策を導入したほどだ。ただ、寡占警戒は現時点では中小零細小売事業者への保護が中心で、サプライヤーとの取引条件については規制されていない。むしろ越境ECの高成長を支持する立場にある。

 フレキシブルサプライチェーンはSHEINだけではなく他の企業にも広がっている。アパレルだけではなく、他の業界でもフレキシブルに、高速生産が追求され、そして世界で売れている。このフレキシブルサプライチェーンに裏打ちされた中国発越境ECがどこまで拡大するのか、今後数年ホットトピックとなりそうだ。

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ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。