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「安さ」の時代が終わった中国のEコマース 「信用」を武器に第三世代が台頭

中国のバスケファンコミュニティは「得物(Dewu)」を生み出した

中国のバスケファンコミュニティは「得物(Dewu)」を生み出した

 中国のEコマースで、「信用」が持つ商業的な価値が急速に高まっている。第一世代ともいうべきアリババグループの淘宝(タオバオ)やライバルの京東(JD)などは劇的な「便利さ」をもたらし、続く第二世代の拼多多 ( Pinduoduo、ピンドゥオドゥオ)は徹底した「安さ」を追求した。それに対して、いま台頭しつつある第三世代は商品や売り手に対する「信頼感」、買い手の「安心感」の実現に向かっている。

 その流れを代表するのが、ソーシャルEコマースのプラットフォームとしてZ世代(1995~2009年生まれ)を中心に強い支持を得ている「得物(Dewu)」である。「得物」の特徴は、商品の厳重な鑑定システムにある。商品を購入者に届ける前、必ず自社で鑑定し、正規品かどうかを確認した後、買い手に届ける仕組みを整えている。

 この点が、価格よりも信頼性を重視する若い世代の感覚に合い、急速に取引額を伸ばしている。最近では有名ブランド自身がこの機能に着目し、「得物」とのコラボ商品を開発して販売するなど、商売の流れそのものが変化する動きも出てきている。

 「信頼」をキーワードに成長する新世代のソーシャルEコマース、「得物」の成り立ちを通じて、中国の消費意識の変化、その背景などを考えてみたい。

NBA、スラムダンクが育てた「スニーカー文化」

「ディオールとエア・ジョーダンのコラボ商品を販売する「得物(Dewu)」のペー ジ。中国元の通貨記号も「¥」なので、左上のスニーカーの価格「¥49989」は日 本円で80万円以上(「得物」からキャプチャした画像を一部加工)
「ディオールとエア・ジョーダンのコラボ商品を販売する「得物(Dewu)」。中国元の通貨記号も「¥」なので、左上のスニーカーの価格「¥49989」は日本円で80万円以上(「得物」からキャプチャした画像を一部加工)

 アプリとしての「得物」の誕生は2015年。その起源はネット掲示板で生まれたバスケットボールファンのコミュニティにある。中国は日本と比べ、バスケ人気が高い。米国のNBA(National Basketball Association)の試合は1994年からテレビ放送が始まり、姚明(Yao Ming)が2002年からヒューストン・ロケッツに加わったことで、人気は一段と高まった。

 その時期、中国の若い世代に爆発的な人気を呼んだのが日本のバスケ漫画「スラムダンク(中国語名「灌籃高手」)である。そこで描かれた高校生たちのライフスタイルや人生観は中国のZ世代、ミレニアル世代(1980~1995年生まれ)に大きな影響を与えた。2009年には中国図書新聞社と中国出版科学研究所が選定する「新中国60年で最も影響力があった600冊の本」にも選ばれている。

 中・高校生の間ではバスケが最も人気の高いスポーツとなり、NBAのトッププレイヤー、マイケル・ジョーダンとのコラボレーションでナイキが発売したバスケットシューズ(スニーカー)「エア・ジョーダン(Air Jordan)」は憧れの的となった。「スラムダンク」中でもナイキのロゴマーク入りのシューズは定番のアイテムである。

 スニーカー人気の背景にはもうひとつの事情がある。中国の中・高校生たちは日本で言うところのジャージの上下のような制服で通学していて、お洒落に工夫の余地が少ない。そのため唯一、選択の自由があるスニーカーで自らの個性を見せようとする。そのためこの世代には、スニーカーに格別の思い入れのある人が少なくない。

 こうした状況下、スニーカーのコレクションに熱中していた若者たちの間で、ネットの掲示板を通じて物品の交換や売買が自然発生的に始まった。これがソーシャルEコマースアプリ「得物」の起源である。このコミュニティ意識が後にいたるまで「得物」のカルチュアに影響を与えることになる。

偽ブランドの徹底的な排除

 コミュニティには全国のバスケ好きが集まる。時にはオフ会などのイベントもあり、友人どうしのような雰囲気が強かった。そうした場では、物品の取引にもトラブルは少なかった。しかし、規模が拡大し、取引量が増えるとともに、商売目当ての参加者も増え、さまざまな問題が起きるようになってきた。

 そこで、掲示板の主宰者の1人で、自らも熱狂的なバスケファンだった楊冰氏が立ち上げたのが「得物」だ。最も力を入れたのは、偽ブランド商品の排除だった。中国の偽ブランド商品の氾濫は深刻で、同氏は「信頼できるコミュニティの維持には、偽ブランド商品の排除が絶対に必要」との決意の下、「得物」で取引された商品は本部ですべて厳しく鑑定し、確実に本物と判定されたものしか買い手に送らない――という仕組みの確立を決断。2017年から全面的に導入した。

人工知能を活用して真贋を判別

本物かどうかの鑑定結果を確かめられる
本物かどうかの鑑定結果を確かめられる

 アプリで取引が成立すると、売り手は商品を買い手に直接送るのではなく、本部に送る。本部の鑑定チームはその商品を鑑定し、本物と確認されれば、電子タグと二次元バーコードの証明書を付けて、買い手に商品を発送する。つまり商品の流れは売り手が個人の場合は「C2B2C」(個人→企業→個人)、売り手が企業の場合、「B2B2C」(企業→企業→個人)というルートになる。

 商品が届くと、本部の検査員はまず目視で全体の傷や汚れの有無、靴底の形状、靴ひもの状態などを確認する。次にカメラで商品の全体と細部、素材・サイズのタグなど撮影し、記録に残すとともに、人工知能を活用し、過去の取引事例やメーカーの資料などのデータベースと照合、形状や字体などに不審点がないかを確認する。さらに商品の靴の中敷きを貼り付ける接着剤の状況、ロゴの刺繍に使われる糸の太さや質といったところまで確認し、真贋を判定していく。

 ナイキやアディダスなどの海外ブランドをはじめ、李寧(LI-NING)や安踏(ANTA)など中国のスポーツブランドも偽ブランド品の撲滅は望むところであり、商品データを提供するなど積極的に協力した。2019年からは国家機関である中検集団奢侈品鑑定センターおよび広東省深セン市計量質量検測研究院と戦略的協力関係を締結、総勢120人の体制で商品の鑑定に取り組む仕組みをつくった。

取引コストは高くとも、信頼感を優先

 当然ながらこれには多大な手間とコストがかかる。「得物」は現在、手数料として販売価格の6%に加え、検査費用8元(1元は約17.5円)、鑑定費15元、再発送のための包装サービス料10元――という3種類、計33元の費用を売り手から徴収している。例えば、スニーカーを売り手が1000元で販売した場合、手数料が60元、それに3種の費用33元、計99元が差し引かれ、901元が売り手のもとに入ることになる。

  3種の費用は販売価格に関係なく定額なので、価格の低い商品ほど費用の占める比率は高くなる。仮に普及品クラスの300元のスニーカーだと、手数料+諸費用のトータルは51元となり、販売経費は17%になる。これはかなり高い水準といえる。例えば、中国の代表的な個人間の売買アプリである「閑魚」は、取引に際して売り手、買い手ともに手数料は無料だ。

 取引コストの高さは、当然、取引量の拡大にはマイナスだが、「得物」は当初からこの点は承知のうえで、それでも本物を買う安心感を優先し、そのコストをあえて負担してくれる会員を相手にする方針を貫いてきた。そうしてコミュニティを大切にしてきたことが、後々「得物」をEコマースで独自の地位に押し上げる原動力となった。

取扱高は1年で3倍に

 もともと「スニーカー好き」のコミュニティからスタートしたことで、「お金儲けよりは商品に深い理解と愛着がある人に買ってほしい」という売り手の層に支えられ、取引量は着実に拡大した。利用者の85%がZ世代とミレニアル世代という若い顧客層のなかで、一定額以上の商品が買える、比較的収入の高い層に利用者の基盤ができた。「確かな商品が手に入る、安心できるアプリ」との評価が高まるとともに、若い芸能人らが次々と参加、知名度はより高まった。

 2018年には中国国内のベンチャーキャピタルなどから計約10億米ドルの資金を調達。2019年には、それまでのスニーカー中心の取引プラットフォームから、国内外ブランドの衣料や装飾品、化粧品、バッグ、輸入自動車など、その他の商品にも取り扱い範囲を拡大。各領域のKOL(Key Opinion Leader=明確な専門領域を持ったインフルエンサー)を中心に新たなコミュニティを形成、そこでの丁寧なコミュニケーションによる信頼感と、前述した鑑定済の商品しか発送しないというシステム面の安心感で取扱高を伸ばしている。

 取扱高は非公開だが、中国メディアによれば2019年の「得物」のGMV(流通取引総額)は70億元(1225億円)程度とみられ、2018年の24億元(420億円)から3倍近くに増えた。1回の取引あたりの客単価は1500元(日本円2万6500円)に達し、他のEコマースアプリを圧倒している。中国では現在、最も多くの「富二代(裕福層の家庭に生まれた豊かな若年層)」にアプローチできるアプリとして評価が高く、先頃発表された「上海市成長企業ベスト50」において第1位に選ばれた。

「信用」の価値をラグジュアリーブランドも利用

 最近の注目すべき動きは、有名ブランドが、「得物」と組んで自社の商品を販売する動きが目立ってきたことだ。海外ブランドでは、コーチのバッグや服飾品、ニューバランスのスニーカー、カシオのウォッチ、ダイソンの家電製品、中国ブランドではファーウェイのスマートフォン、DJIのジンバルカメラやドローンなど、それ自身に競争力があるブランドの商品が「得物」のアプリから販売されている。

 また2020年には、ルイ・ヴィトンと日本人デザイナー、NIGOのコラボアイテムやエルメスの新作のリバーシブルジップカーディガン、フェンディの七夕限定アクセサリー、李寧(LI-NING)とディズニーのコラボレーションスニーカーなど注目のアイテムが「得物」で他の販路に先駆けて発売され、すべて3時間以内に売り切れとなった。

 このように著名なブランドが「得物」で商品を販売しようとするのは、そこに「信用」という価値があるからだ。「得物」は現時点で高所得の若い層に深く食い込んでいる中国で唯一のEコマースアプリであり、その存在価値はますます高まっている。

「正しいこと」が当たり前の社会

 「得物」の利用者はZ世代が全体の31.9%を占め、最も多い。この世代の特徴は「正しいこと」「きちんとしていること」が当たり前で、ルール破り、マナー違反を嫌う――という点にある。

 この世代が物心ついた頃、すでに社会はスマホ時代に入っていた。中国の街角では監視カメラと顔認証、スマホの位置情報との連動による行動の確認は当たり前。個人がいつ、どこで何をしていたか、その気になれば国家はほぼ完璧に把握できる。国家的な個人信用情報管理のシステムが整備され、個人の履歴や経済状況などの情報も政府によって把握されている。そういう環境を前提として育ってきた世代である。そもそも不正行為をするという発想自体がなく、「正しく」行動することが当たり前の感覚で成長してきた。

 そのような世代にしてみれば、「安さ」の実現のために偽ブランド商品をつくる、それを買うという行為には違和感がある。不当な手段で実現した安さは魅力的に映らない。冒頭に触れたように、安さを徹底的に追求し、一時期は第一世代をしのぐかに見えた「拼多多」は、違法なコピー商品の多さに社会的な批判が集まり、かつての勢いを失っている。

 もちろんそこには、社会そのものが格段に豊かになったという現実がある。まさに中国政府が唱えるところの「消費のアップグレード(消費昇級)」にほかならない。中国の消費市場は、「安さ」至上の時代が終わり、「信用」「安心」が価値を持つ時代に入った。その先頭を走るのは現在、20代前半の若い世代である。今後、この世代の成長にしたがって、中国の消費市場は次々と塗り替えられていくだろう。

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BHCCパートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師。1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。