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2026年4月、北京にあるDEXMAL(原力霊機)を訪問し、ジェネラルマネージャーのエミリー・チェン氏に話を聞いた。
DEXMALは、フィジカル AI、あるいはエンボディドAIと呼ばれる分野で急速に注目を集めているスタートアップであり、「具身原生、开启物理智能(ネイティブなエンボディドAIを開発し、物理インテリジェンスを切り拓く)」を掲げている。最終的にはハードウェアを販売するビジネスモデルだが、先にAIモデルを開発するアプローチが同社の特徴だ。
筆者は中国最大のオープンソースアライアンスである開源社(KaiYuanShe)の国際メンバーとして長く活動しているが、エミリーさんは開源社の共同創設者であり、現在は代表理事を務めている。今回の訪問は、スタートアップ取材であると同時に、オープンソースコミュニティの仲間であるエミリーさんを尋ねる旅でもあった。
エミリーさんは、マイクロソフトで約11年働いた後、急成長中のDEXMALに移った。その移籍の理由だが、単にロボットを作る会社に転職したかったということではない。彼女が求めていた職場は、ハードウェアを手掛け、技術基盤を作る企業。さらに中国語に対応しながら、一方でグローバルには開かれたコミュニティを維持し、オープンソースを通じて標準とエコシステムを作る。これがDEXMALの事業戦略そのものに重なっていたという。
米国のHugging FaceもAIを活用するためのツールやモデル、基盤技術を開発すると同時にプラットフォーム上でオープン化しているが、DEXMALの事業戦略もその方向性と、中国の強みをうまくあわせたものといえる。
DEXMALは、設立初期から大型資金調達を成功させている。同社資料では、2025年5月に2億元のエンジェルラウンドを完了している。その後、Aラウンドは中国の大手EVメーカーであるNIO(蔚来汽車)傘下の独立系VC、NIO Capitalなどから調達。加えてA+ラウンドとしてアリババグループも投資したと説明されている。これほどの期待を同社が集めているのは、実機中心という同社の手法と、同社のオープンソース的なアプローチが評価されていることによる。
中国ではEV、不動産、生成AIなどに続いて2024年以降は、フィジカル AIやエンボディドAI へ資金が流れ込んでいる。DEXMALは、その中でかなり早い段階で大きな資金を集めた企業と言える。
また、同社は、AI・人工知能、機械学習、ロボット工学などのトップカンファレンスである「CVPR2025 RoboTwin」や「ICRA 2025 ManiSkill-ViTac」などの学会と連動した国際競技で成果を示してきた。さらに、実機ロボットの性能を評価するための国際的なベンチマーク・プラットフォームの運営を始めた。その後、智源研究院、智元机器人(AGIBot)、Qwen、清華大学、西安交通大学、GOSIMなど企業や研究機関などとともに、大規模な実機によるAI計測結果共有プラットフォームの運営組織であるRoboChallenge組織委員会を設立している。
エミリーさんによるとDEXMALは、典型的な「ロボット本体メーカー」とは少し違うという。多くのロボット企業は、まず人型ロボットや双腕ロボットの筐体を作り、それをどう動かすか、何に使うかを考える。DEXMALの発想は逆である。会社資料では、「モデルがシーンを解放し、シーンがハードウェアを定義する(模型解锁场景、场景定义硬件)」と明記されている。
この順序は重要だ。DEXMALは、まずAIモデル、データ、評価、開発プラットフォームを作る。そのうえで、必要なロボット本体を定義する。つまり「まずAI、次いでロボット」という会社なのである。
創業チームにもその性格が表れている。資料には、共同創設者の5人のうち4人が清華大学の出身で、大規模基盤モデル訓練、AI技術開発、物流ロボットの実装、高信頼ハードウェア量産の経験を持つチームだと説明されている。サイエンティストとオープンソースの専門家、そして量産経験者が組み合わさっていることが、同社の強みになっている。
エミリーさんからDEXMALの戦略「まずAI、次いでロボット」についての説明を受けた。ロボットは物理世界で動くため、AIモデルだけでは完結しない。ロボットが相対する物体の硬さ、重さ、滑りやすさ、接触、失敗時の復帰、作業手順の記憶など、現実世界の情報が必要になる。DEXMALはこれを、具身原生(Embodied Native)という言葉で整理している。
会社資料では、データ原生、訓練原生、アーキテクチャ原生という3つの観点から、物理世界との相互作用に根ざしたAIを作ると説明している。モデルは現実空間のために設計され、実機を動作させることで評価し、結果を得る。これらを仮想空間でのシミュレーションで済ませてしまうことも多いがDEXMALのやり方はそれとは異なる。
この考え方は、実際の製品スタックにも現れている。DEXMALは、単にロボットを1台作って売るのではなく、ハードウェア、データ、アルゴリズム、モデル、評価プラットフォームを一体で作り、売ろうとしている。そこからはロボットそのものではなく「ロボット開発のためのデータ共有プラットフォーム」を作ろうとするDEXMALの姿勢が見えてくる。ロボットは最終製品であると同時に、データを生み出す端末でもある。実機で動かし、成功しても失敗してもそのログを戻しさらにモデルを更新する。この循環を速く回すことが、DEXMALの事業の核にある。
フィジカル AIは、期待が大きい一方、誤解も多い分野である。SNS上では、ロボットが洗濯物をたたみ、料理をし、棚から商品を取る動画が流れている。しかし、実際に現場で動かすと、現実世界ではその場、その時ごとに環境や条件に違いがあることなどで、ロボットの反応、動作に無数の問題が出てくる。
前述の「RoboChallenge」が重要な理由はここにある。ロボットの視覚(Vision)、音声や指示テキスト(Language)、動き(Action)を統合処理するAI(VLAモデル)の性能や安全性を検証するテストである「VLA評価」の大半はシミュレーション中心である。それに対してRoboChallengeは、実機検証を持ち込み、広く使われている複数の協働ロボットをプラットフォームに、実機評価で、柔軟物の取り扱いや長期タスクなどの難しさを可視化している。
RoboChallengeの資料によると、トップモデルでも成功率は約60%。まだVLA評価において、現時点では人間知能の基礎レベルに近いと整理されている。
筆者が興味深く感じたのは、DEXMALがこの「できていない状態」を隠さず公開していることだ。実機で測り、リーダーボードに出し、失敗しやすいタスクを明らかにする。そこからモデルを改善し、データを集め、再び実機で試す。これは研究であり、同時にスタートアップの事業開発でもある。
DEXMALのアプローチは、学術研究、オープンソース活動、スタートアップ事業を組み合わせている点でグローバルでも通用する形になっている。
DEXMALはRoboChallengeを通して学会、大学、関連企業、オープンソースコミュニティを巻き込みながら、評価基準そのものを作ろうとしている。これは、スタートアップにとって非常に強い戦略である。標準を握る企業は、単に製品を売る企業よりも大きな影響力を持つ。DEXMALはロボット本体を作りながら、同時に「ロボットAIをどう測るか」という基準作りに踏み込んでいる。
エミリーさんとも筆者と同じく、オープンソースは単なるコード公開ではなく、標準化、教育、人材採用、投資、事業化をつなぐエコシステムだという認識を持っている。彼女はマイクロソフトでの経験を背景に、オープンソースとコミュニティ構築の価値をよく理解している。DEXMALがスタートアップとして創業した後、多くの組織や仲間を集め、標準化の流れを上手く作ることができたのは、サイエンティストとオープンソースの専門家が起業の中心にいるからだろう。
中国のオープンソースコミュニティは、単にソフトウェアを公開する場ではなく、産業化、標準化、教育、人材流動を結びつける場になっている。DEXMALは、その文化をフィジカルAI の世界へ持ち込もうとしている。
DEXMALを見るうえで重要なのは、同社を「ロボット完成機メーカー」としてだけ評価しないことだ。完成機の売上が立つ前から、評価基準、開発者コミュニティ、実機データ、オープンソースツールを網羅的に手がけている。さらに、「まずAI(データ)、次いでロボット(実機)」。学会で評価し、オープンソースで広げ、スタートアップとして実装する。
フィジカル AIの市場はまだ不確実だが、市場が立ち上がる前に標準とデータの入口を作ろうとしている点に、同社の価値と面白さがあり、DEXMALは、次時代のロボット企業がどのような姿になるのかを示している。