Open Innovation Platform
FOLLOW US

【日本人が知らない、世界のスゴいスタートアップVol.31】音楽をつくるAIと、音楽を見つけるAI——1日9万曲時代に「いい曲」は聴かれるのか

イメージ図(本文とは関係ありません)

イメージ図(本文とは関係ありません)

 連載「日本人が知らない、世界のスゴいスタートアップ」では、海外のベンチャー投資家やジャーナリストの視点で、日本国内からでは気付きにくい、世界の最新スタートアップ事情、テック・トレンド、ユニークな企業を紹介していきます。

 今回のテーマは「音楽とAI」。生成AIは1日に数万曲を吐き出す一方で、人間のクリエイターの書いた曲がハードディスクの中で何年も眠り続けている。この不均衡を崩そうとする日本発のスタートアップについて、世界のテック・トレンドに精通する台湾の投資家マット・チェン氏にうかがいました。(聞き手・執筆:高口康太)

*  *  *

 いま自分が20歳だったら、どうやってクリエイターとしてデビューするだろうか。

 そんなことをよく考える。私が文章をブログで公開し始めたのは二十数年前だ。中国の専門知識を持ち、一般向けに書ける人間は少なかった。ゆえにそこそこ重宝され、原稿の依頼が来るようになった。同世代のライターには、似たようなキャリアの人が少なくない。

 今は無理だ。発信者が増えすぎて、見つけてもらえない。しかもアルゴリズムが“バズる”コンテンツを優先して選ぶ。内容良し悪しよりも、アルゴリズムに気に入られる技術がものを言う。さらにそこに生成AIがやってきた。コンテンツの数はさらに増える。人間ならアルゴリズムに媚び続けることに抵抗を覚えるが、AIにためらいはない。難儀な時代だ。

 だが、AIはクリエイターを消耗させるだけの道具ではない。「人と人をつなぎ、埋もれた作品を掘り出す『倫理的なAI(Ethical AI)」が生まれつつある」台湾の投資家、マット・チェンさんはそう話す。彼がまず持ち出したのは、東京のCDショップの話だった。

鄭博仁(マット・チェン、Matt Cheng)ベンチャーキャピタル・心元資本(チェルビック・ベンチャーズ)の創業パートナー。創業初期をサポートするエンジェル投資の専門家として、物流テックのFlexport、後払いサービスのPaidyなど、これまでに15社ものユニコーン企業に投資してきた。元テニスプレーヤーから連続起業家に転身。ジョインしたティエング・インタラクティブ・ホールディングス、91APPは上場し、イグジットを果たしている。

*  *  *

東京にだけ残ったCDショップ

――マットさんは東京に住み始めて2年、「日本の音楽産業に驚いた」と聞きました。

マット・チェン(以下、M):意外だったのはCDショップが元気なことです。駅の地下街、デパートのワンフロア、路地を曲がった先の小さな店。通りかかるたびに、つい中をのぞいてしまいます。

ロンドン、ニューヨーク、台北のレコード店は次々に店じまいして、残っているのはマニアの拠点のような店ばかりです。CDショップが日常の風景の一部として残っているのは日本だけです。

――「(日本でCDが売れるのは)アイドルの握手券付きとか、グループのメンバーごとに違ったジャケットのCDがあるとか、こうした特典商法のおかげでしょう」と言われがちですが。

M:それは日本の友人にも言われました。ただ、それだけが要因ではないのでは。日本は世界第2位の音楽市場であり、フィジカル(CDやレコードなど実物のパッケージ)に限れば世界最大の市場です。ほかの国のリスナーがとっくにストリーミングへ移った後も、日本には「CDを1枚買う」というきわめて直接的なアーティストへの支持の表明方法が残っている。「あなたの作品が好きだ、これからも続けてほしい」と本人に向かって言うのに近い行為です。

――いわゆる「推し活」ですね。

M:人と人の関係が見える。これはアーティストとファンの関係だけではなく、日本の音楽産業のすべてを規定しています。長い時間をかけて育ってきた濃密な人間関係のネットワークが、ほかの国では真似のできない作品を生んできた。ただ、問題もあります。こうした関係で成り立っている産業には、2つの壁ができてしまうのです。

A&Rのメールリストという壁

――ひとつ目の壁とは。

M:人脈の壁です。音楽会社にはA&R(アーティスト&レパートリー)と呼ばれる役職があります。新人アーティストの発掘や、アーティストのための楽曲制作依頼などを担います。彼らはまず「こういうジャンルで、こういう感情の曲がほしい」というメモを1枚つくり、それを自分が知っているプロデューサーたちにメールで送る。

大物アーティストであれば、1回の募集で200曲、300曲が集まることもあります。

――大変ですが、選択肢が多いのはいいことでは。

M:問題は、募集の対象です。メールのリストはA&Rが10年、20年かけて築いた個人的な付き合いの蓄積でできている。ベテラン社員は人脈を持っているけれど、若手は先輩に紹介を頼むしかない。つまり、そのリストに誰が載っているかが、どの作品が聴かれる機会を得るかを、ある程度決めてしまっている。

――曲の良し悪しを判定される前に、まず宛先に入っているかどうか、と。

M:そういうことです。そして2つ目の壁が、国境です。韓国では20数年前から、政府と音楽産業が一緒になって欧米のプロデューサーを招き、講座やワークショップを開いてきました。いまK-POPが世界の舞台に立っているのは、その積み重ねの結果です。

一方、日本のクリエイターの多くは日本語の環境の中で仕事を続けている。言語、時差、契約や著作権の商慣習。どれも国境を越えた共作のハードルを上げています。

ボツ曲100曲をサイトに並べたら

――その2つの壁を壊そうとしている会社に投資している、というのが今回の本題ですね。

M:Surf Music(サーフミュージック)株式会社という日本の会社です。この8月に約12億円を調達しました。我々チェルビック・ベンチャーズが戦略的投資家として参画しています。

創業者の小堀ケネス(Kenneth Kobori)さんは、2SOUL名義で活動してきた作編曲家・プロデューサーです。2005年に手がけた歌手AIの「Story」は、オリコン週間トップ10に73週入り続けました。アース・ウィンド・アンド・ファイアーやLittle Glee Monsterとも仕事をし、20年以上にわたって国内外のアーティストに曲を書いてきました。その後音楽会社に移ります。

――曲を書く側から、曲を探す側に回ったわけですね。

M:ですから、彼は、クリエイターが音楽会社のメールボックスにたどり着けない状況と、音楽会社が既存の人脈に閉じ込められている状況、その両方を当事者として経験しているのです。

会社を立ち上げたきっかけは単純でした。音楽会社を辞めたあと、新しいアーティストやプロデューサーとどうやって知り合えばいいのかわからなくなった。そこで簡単なウェブサイトをつくり、自身が作曲した未発表の曲百数十曲をアップして、音楽会社が自由に選べるようにしたのです。

――結果は。

M:3カ月で3曲が採用されました。しかも3曲とも、彼が15年前に書いた作品でした。

――15年間寝ていた曲が、採用されたのですか。

M:ここで彼は考えたわけです。自分がそうであったように、世界中のプロデューサーのハードディスクには、書き上げたきりで、誰にも聴かれていない曲が無数に入っているはずだ、と。いまのSurf Musicは、あのときのウェブサイトが大きく育った姿です。

「失恋した女の子が雨の中を歩いて帰る」で検索

――どういうサービスなのですか。

M:世界4万人以上のプロデューサーや作詞・作曲家がアカウントを持っており、両面市場(プラットフォームの両側に売り手と買い手がいる形)になっています。一方の側にクリエイターがいて、完成しているけれど未発表の曲をアップロードしています。その数は累計5万曲を超えました。これらの曲は外部には公開されず、クリエイター同士もお互いの作品を聴くことはできません。正式リリース前の流出や盗用を防ぐためです。

もう一方の側が、音楽会社、広告会社、映像、ゲームなどの買い手。審査を通り、契約して年会費を払うと、プラットフォーム上で試聴とダウンロードができる。気に入った曲が見つかれば、クリエイターと直接交渉します。この売り手と買い手をAIでマッチングします。

――具体的には?

M:自社開発のAIが、「タグ付け」「検索」「マッチング」を担います。曲がアップロードされると、システムがテンポ、キー、ジャンル、そして情緒を自動で判定する。買い手は「失恋したばかりの女の子が、雨の日に一人で歩いて家に帰る」と入力すれば、その場面の合った曲が選び出されます。

――ほとんど脚本を渡しているようなものですね。

M:実際にそうした監督もいました。あるシーンの脚本をそのまま貼り付けて、システムが出した候補の中から劇伴(劇中伴奏音楽)を選んだのです。この機能を通じて、すでに3曲がDisney+の作品に採用されています。

――国境の壁のほうはどうやって壊すのですか。

M:世界各地の相手と一緒に曲を書きたいプロデューサーのために、Surf上に共同ワークスペースを用意しています。音源ファイル、修正の指示などを一カ所に集約できる。そして、そこでのやりとりはAIがリアルタイムで翻訳します。日本のプロデューサーが日本語で書き込めば、韓国の共作相手の画面には韓国語で表示される。

AIで1日9万曲も、しかし再生数は

――ただ、音楽業界でAIといえば、まず警戒の対象になるのでは。

M:おっしゃるとおりで、多くの人が真っ先に思い浮かべるのはSunoやUdioのような、テキストから音楽を生成するサービスです。状況を文章で入力すれば、数十秒後に1曲まるごと出てくる。歌手も、スタジオも、演奏の技術もいりません。

今、音楽AIの学習データに疑念の目が向けられています。クリエイターの作品を無断で学習に使ったのではないか、と。多くの音楽会社やクリエイターが裁判に訴えています。

――生成される楽曲の数もすごいことになっていると聞きます。

M:ストリーミングサービスのDeezerの公表によると、2026年6月には完全にAIが生成した曲が1日平均およそ9万曲。多い日には、新規アップロードの半分以上を占めています。

――半分以上。となると、誰もがAI音楽を聞く時代なのですね。

M:ところがここが面白いところで、これらの曲の再生回数は、プラットフォーム全体の再生数の1〜3%にすぎません。AIが作った曲を聞きたいというニーズは、現時点ではきわめて少ないのです。一方で、人間が作った曲も埋もれているものが多い。クリエイターのハードディスクで十数年眠ったままの作品がたくさんあります。

同じAIを使っていても、Sunoなどの作曲AIは音楽が生まれる速度を上げ、Surf Musicはすでにある作品が買い手にたどり着くこと助けている。私はSurf Musicのやり方を「Ethical AI(倫理的なAI)」と呼んでいます。AIは検索と整理と意思疎通を担当し、曲そのものは人間がつくる。AIが短縮しているのは、お互いを見つけるまでの時間だけです。

H&Mとエルメスは共存している

――とはいえ、AIが生成した曲と人間がつくった曲は、いずれ市場で正面からぶつかるのでは。

M:ファッション産業におけるH&MやZaraなどのようなファストファッションと、エルメスなどのオートクチュールとの関係に近くなると思っています。速くて安くて、すぐ使える音楽が必要な人もいれば、作品の背後にある経験や情感、その人だけの作風を気にする人もいる。両方が同時に存在するでしょう。

ただ、人間のクリエイターの側には、もっといい道具が必要です。自分の作品が、それを評価してくれる人の前まで歩いていけるようにするための道具が。

――AIがこのまま進んだら音楽産業はどうなるのか、とよく聞かれませんか。

M:しょっちゅう聞かれます。私の答えは、AIの曲は間違いなくもっと増える、しかし人間が1日に音楽を聴ける時間は増えない、というものです。だとすれば、いい作品をどうやって見つけてもらい、聴いてもらうか。そちらのほうが音楽産業にとって重要な問題になります。

――「つくる」より「見つかる」ですね。

M:一つ例を挙げましょう。Surf Musicは日本のグループm-floと組んで、代表曲「come again」のリメイクを世界中のクリエイターに呼びかけました。1カ月で集まった127作品を同じ日に配信し、同一楽曲の1日あたりのデジタルリリース数としてギネス世界記録に認定されています。

その中に、自宅で一人で曲をつくっていて、正式なリリース経験がほとんどないベトナムのプロデューサーがいました。作品が選ばれたことで業界から注目され、仕事が増えたそうです。

――音楽会社のメールリストには、絶対に入っていなかった人ですね。

M:そういう人が世界中にいるはずなのです。東京のCDショップで、ファンが1枚のCDを手に取り、いちばん直接的なやり方で一人のアーティストを支持している。この光景が成り立つには、その前にまず、その曲が誰かの耳に届いていなければならない。壁の向こうにいる作り手と、それを探している人をつなぐ。AIをそこに使うのなら、音楽産業にとって恐れる話ではないと思います。

*  *  *

 楽曲を作る人と、それを必要とする人とをAIでマッチングするのは面白いアイデアだ。

 物書きやリサーチャーの世界にもこうした仕組みがいずれ現れるかもしれない。ネットショッピングや価格比較サイトのような、単純な条件での機械的なマッチングはクリエイターには向かない。だが、AIマッチングならば、細かい条件や作風などを確認し、実際の作品を見聞きしながら、効率的な探索が可能だ。

 今、自分が20歳の物書き志望者ならば、あるいはこうしたAIマッチングに希望を見いだすのだろうか。

Written by
ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。