今回は、日本の製造業エンジニアたちのオープンイノベーションを紹介したい。昔も今も、製造業は大量の雇用を生み出す大事な産業だ。日本の製造業は、海外への移転による空洞化や、中国などの追い上げにあって難しい局面が続いている。
そうした中で、日本の製造エンジニアたちが「FA設備技術勉強会」という非営利・DIYの勉強会を立ち上げ、深センのハードウエアスタートアップのキーパーソンたちとも交流を進めている。
「世の中に、ITや先端技術の勉強会は数あれど、工場の設備技術に関する知見や人的交流の場がほとんどないなと感じたことから企画された勉強会です」(「connpass 」上の「FA設備技術勉強会」のサイトより引用)という試みに、すでにオンラインで1000人を超えるメンバーが集まっている。
FA設備技術勉強会のFAとは「Factory Automation」、つまり「NC(数値制御)工作機械や産業用ロボットを活用し、工場での作業や工程を自動化すること。(コトバンクー大辞泉より)」だ。
製造業には「モノを作るための機械」が必要だ。そして、製品それぞれには、固有のモノづくりプロセスが必要になる。汎用の工作機械や産業ロボットを使いながらも、最終的にはその製品を作る専用の生産ラインを、機械と人間を組み合わせた一連のシステムとして作る必要がある。さらにはそれを運用し、継続的に改善する必要がある。関連する分野や技術は深く広い。ゆえにFA設備技術勉強会の過去の発表テーマも、「モータ選定 丑の巻」「外観検査装置の光学設計」などと多岐にわたる。
勉強会の参加者は、2019年11月の第1回では45名。同年12月に開催された第2回では参加31名だったが、2021年1月の第3回からオンライン化したことで193名と大幅に増加した。以後、3ヶ月に1回ほどのペースで勉強会を行っている。休日に行われる無料イベントだが、ここ数回は400名近い登録、200名近いオンライン同時接続を誇る、熱意の高い一大イベントに成長した。
深センからも参加、基調講演も
ここ数回、基調講演は深センのスタートアップが行っている。筆者もスタートアップとの交渉や発表時の通訳などでサポートしてきた。これまで当媒体の記事でも紹介した深センのM5StackやElephant Roboticsもそれぞれ基調講演を行った。
こうした深センのスタートアップは、いずれも社員数50名程度の小さな会社で、1000に満たない極めて小さなロットの製造数を人海戦術で回している。小ロット、多品種、手作業、さらに矢継ぎ早な新製品と、FA設備技術勉強会で対象にしているような大ロット製造業の工場とはかなり異なり、DIY感がある。
こうした企業は、品質や生産効率こそ日本の製造業に及ばないものの、製品企画と製造が一体化した深センスタートアップのプロダクト開発手法から、日本の製造業が学ぶべき部分も多い。
かつて日本の製造業では、量産時のコスト最適化に重きが置かれてきた。むろんそれも大事だが、いま日本の製造業が直面する課題はそこではない。「何を作るべきか」「どうやって世界で売れる新製品を生み出すか」が課題となっている。実際にFA設備勉強会に参加している日本の意欲的なエンジニアは、M5Stack、myCobotといった深センの製品を自分で使っていることも多く、どちらの講演でも非常に活発な質疑応答になった。
深センの企業側から見ると、FA設備技術勉強会のようなハイレベルな勉強会が、休日に自発的に行われていることが珍しいようだ。質問のレベルが高い事も含めて、日本のエンジニアのレベルの高さに驚いていた。Elephant Roboticsは会社の公式アカウントから感謝のツイートと、エンジニアたちへのリプライを送っている。
日本はいまだ「生産技術大国」であると各国から評価されている。中国も多くの工場に「4S(整理,整頓,清掃,しつけ)」などの標語が日本語のまま貼ってあるほどだ。
その一方、日本の製造業はこれまでと異なる方向へ一層の進化を求められている。これまで日本では手順を固定化し、判断できる人を少数に限る、つまり系列などの限られた人々のグループを作って密な連携をする方法で効率を改善してきた。
ところが、ここ数年の世界の製造業のトレンドである「インダストリー4.0」では、工場ごとに閉じていた生産ラインをIoTによってクラウドと連携させ、サプライチェーン全体をインターネットの一部とする。フレキシブルでオープンな連携を目指す「インダストリー4.0」は、これまでの日本のやり方と少し違う流派ともいえる。「手当たり次第データを取って分析してみよう」という考え方も、コンピュータのリソースが豊富になって以降のものだ。
日本の大手製造業もようやく、こうしたオープンな手法に馴染もうとし始めた。それに先んじて、FA設備技術勉強会の参加者たちは、M5Stackなどの手軽なIoT開発ボードを使って自分たちの生産ラインのDXに手を付けている。
中国にとっても「インダストリー4.0」は大きなテーマだ。系列などがあまり存在せず、日本とは産業構造が違う中国でも、製造業が進化を求められていることは同じだ。これまで武器になっていた、人件費の安さはもう武器とはいえない。「安かろう悪かろう」から転換を求められている。
それだけに、日本のエンジニアとの意見交換は価値がある。これまで参加した企業は、社長やCTOなど幹部が直接エンジニアたちと話している。企業広報が目的の参加ではない。
このFA設備技術勉強会は、2020年に設立された「一般社団法人次世代ロボットエンジニア支援機構Scramble」(以下、Scramble)の主催となっている。
2021年5月、団体設立1年を記念してこれまでを振り返る動画
Scrambleは、現在はさまざまな企業で働くロボットコンテストOBたちが、「再びチームを組んでロボコンに出るため」に2017年に立ち上げた集団だ。その後、自分たちのみならず、若手や子どもたちのロボコン出場の支援活動も行うようになり2020年に一般社団法人となった。
モノを作るプロセスにもロボットが多く関わっている。製造業は今もロボットにとって最大の顧客だ。「製造の強い日本=ロボット大国日本」は直結するテーマだし、多くのロボットコンテストOBがメイド・イン・ジャパンを支えている。
ロボットは、座学だけではなく、実際に動かしてみての調整や現場感が必要とされる、複数の技術を統合した高度な分野だ。その分野のエンジニアが、それぞれの普段の仕事の境界を越えて、若手の育成やオープンイノベーション活動をしている意味は大きい。
2020年の日本の労働者5973万人のうち、1003万人(16.8%)が製造業に従事している。これは産業クラスタ別で最大だ。卸売・小売業の982万人や医療・福祉の832万人よりも多く、サービス業(405万人)の倍以上にあたる。(資料:総務省「労働力調査」及び独立行政法人労働政策研究・研究機構のサイトを参照 )
このように、今も製造業は多くの人手を必要としている。フル・オートメーションで作られるのは、一部の大量生産品に過ぎない。しかし労働人口の減少が著しい日本では今後人海戦術は通用しない。次世代のエンジニアを育成し、オートメーションを進化させ続けることは日本の産業界にとってもっとも重要な課題だ。
国も企業も、今後必要とされる人材の育成を急いでいる。しかし、上からの施策を待つのではなく、エンジニアの自発的な活動も必要だ。FA設備技術勉強会などのような勉強会で、国境や言語の壁を超えて共通の目的のために知識をシェアしあうのは、まさにオープンイノベーションで、これがエンジニア同士の自発的な動きであることには大きな意味がある。
筆者も製造業の経験がないところからハードウェアの仕事を始めた。FA設備技術勉強会でさまざまな製造エンジニアの知見に触れられるオープンイノベーションは非常にありがたい。
FA設備技術勉強会は、次回2022年3月5日に行われる。すでに発表枠は埋まり、300名の参加枠も半分以上埋まっている。興味がある人は誰でも参加歓迎の勉強会なので、ハードウェアに少しでも関わっている人たちはぜひ参加すべきだ。