中国で「運転席が無人」の自動運転タクシー(Robotaxi)が走り始めた。中国で自動運転タクシーの営業運行が始まったのは2019年からだが、これまでは法律の規定で、「安全員」と呼ばれる乗務員が必ず「運転席」に座っていなければならなかった。
しかし今年4月、全国で初めて「運転席」が無人のタクシーの営業運行が北京市で許可され、物珍しさも手伝って市民の人気を呼んだ。「助手席」には安全員が同乗しているものの、利用者にとっては「自動運転」のイメージに大きく近づいた。広東省広州市では6月、安全員が全く乗務しない「完全無人」タクシーのテスト運行(現時点では無乗客)も始まっている。中国のRobotaxiは急速に進化しつつある。
現状のRobotaxiは、名称こそ「タクシー」と呼ばれてはいるが、その使い方はタクシーとは大きく異なる。あらかじめ選定された候補の中から乗車地と降車地を選んで利用する、いわば「乗用車を使った個別対応のコミュニティバス」的な乗り物である。「完全自動運転」と称するには、まだ距離がある。
しかし、このRobotaxiには大きな意味がある。人が運転するタクシーに取って代わることは無理だが、運賃は安価で、バスよりも便利かつ快適な新しい都市のモビリティサービスとして成長していく可能性がある。中国のRobotaxiは「タクシーの無人化」という方向から見るのではなく、従来にない新たな都市内交通機関の誕生に向けたステップと捉えるのが正しい判断だろう。
北京市の亦庄経済開発区は、市の中心・天安門広場から南東へ15kmほど。この10年ほどで本格的に建設が進んだ比較的新しい開発区だ。今回、自動運転の許可区域となったのは同開発区内の約60平方kmで、おおむね7~8km四方ほどの区域になる。
ここでRobotaxiの営業を始めたのは、タクシー配車アプリ大手「ON TIME(如祺出行)」(広東省広州市)および「Apollo Go (蘿蔔快跑)」(北京市)の2社。「ON TIME」は、トヨタ自動車やGMなどが出資した自動運転スタートアップ企業「Pony.ai(小馬智行)」(広州市)と協力し、同社の開発した自動運転システムを搭載したレクサスのSUVを走らせている。また「Apollo Go」は中国最大の検索サイト(アプリ)「Baidu(百度)」のグループ企業で、同社の開発した自動運転システム「Apollo」を搭載した中国国産の4車種を使用している。
両社の自動運転システムは異なるが、アプリの基本的な使い方はほぼ同じだ。自動運転の許可区域内には、主なオフィスビルや地下鉄駅の出口、ショッピングモール、学校、病院など多数の利用者が想定される乗降地点が数十か所、候補地としてあらかじめリストアップされている。
利用者はスマートフォンアプリから、地図上で自分が乗車する地点と目的地の両方を選んで、車を呼ぶ。混み具合にもよるが、通常は10~15分程度でやってくる。あらかじめリストアップされた候補地以外の場所で呼ぶことも、車を降りることもできない。選択肢は多いものの、つまりは「ステーションtoステーション」のサービスである。この点でRobotaxiは現行のタクシーサービスとは大きく異なっている。
運転席が無人で走行するRobotaxiの動画は「絵になる」ので、利用者がさまざまな動画をSNSにアップロードし、論評を加えている。それらを見ていると、自動運転のレベルに対する評価は非常に高い。
例えば、前の車が左折(日本の右折のように対向車線を横切って曲がる)しようとセンターライン寄りで減速、停止したとする。それを手前から敏感に察知し、進路を変更し、横を通過していく。動作は非常にスムーズで、遅滞がない。人間と違って脇見や居眠り運転の可能性はないから、かえって安心感があるとの声もある。とはいえ、やはり「安全第一」で、かなり早い段階から大きめな回避動作をとるので、やや「かったるい」感じは否めない。せっかちな人には今ひとつ、向かないかもしれない。
乗車時には、車が停止したら自動的にロックが外れ、ドアが開くタイプと、ドアの脇のプッシュボタンで暗証番号を押してドアを開ける場合とがある。同乗の安全員は建前上、車内にいるだけで、ドア開けなどのサービスはしない。乗車してドアを閉め、顔認証システムなどで予約した本人であることを確認、座席前のディスプレイのスタートボタンを押すと、ドアがロックされ、周囲の安全を確認したうえで自動的に発進する。
あとは基本的に座っているだけだ。もちろん信号が赤になれば、それを感知して停止線で停まるし、信号のない交差点や曲がり角では一時停止し、安全を確認してゆっくりと曲がる。目的地に近づくと「目的地に近づきました。降りる準備をしてください」との音声が流れ、車はするすると道路の端に寄り、しかるべき位置で停まって、ドアのロックが外れる。乗降地は基本的に道路脇に一定のスペースがあり、停車や乗り降りに便利な場所が選ばれている。
代金はアリペイ(支付宝)やウィチャットペイ(微信支付)などで自動的に支払われる点は、従来の配車アプリと同じである。運賃は5~6km程度の距離の場合、25~30元(1元は約20円)が普通だが、現在、政府が補助金を支給しているので、正規運賃の9割引きで利用できる。これだとほぼバス並みの値段なので、利用希望者が多く、コロナの感染状況緩和後、配車の待ち時間が長くなっているという。
このほか中国ではWeRide(文遠知行、広州市)、Momenta(江蘇省蘇州市)、DeepRoute.ai(元戎啓行、広東省深圳市)などの有力スタートアップが自動運転のシステムを開発しており、それぞれ各地の配車アプリ企業および自動車メーカーと組んで、Robotaxiのサービスを提供している。ちなみにMomentaは前述のPony.aiと並んでトヨタ自動車が一部出資する企業だ。上海市で配車アプリ「享道Robotaxi」とのパートナーシップでサービスを展開している。各社は技術力の高さをアピールしているが、ユーザーの視点で見る限り、ここでも各社のサービスや利用方法は、前述した北京での2社と大きな違いはない。
前述のように、中国各地で実施されているRobotaxiのサービスは、「タクシー」(中国語で「出租車」)と呼ばれてはいるが、現状のところ、
という2つの点で、厳密にはタクシーとは呼べない。むしろイメージとしては、一定の経路を走る地域のコミュティバスが小型化し、個別対応で随時、利用できるようになったものという感じに近い。
こうした運行形態は、運転が完全に自動化し、目的地を設定すれば、黙っていても、どこへでも連れて行ってくれる――という完全自動運転のイメージとは距離があるが、公共交通機関の自動運転という使命から考えて、これが最善の運行形態というべきだろう。
現在の自動運転システムは、技術的に対応しきれない事態をカバーするため、自動運転車の運行可能設計領域(ODD /Operational Design Domain)をあらかじめ設定し、走行環境や運用方法を一定の範囲内に留めることで、事故発生の可能性を引き下げるという手法が取られている。Robotaxiの営業範囲が限定されているのはここに理由がある。
また自動運転車が ODD の範囲外に出た場合や、故障により自動運転継続が困難とシステムが判断した場合、車両を自動的に安全な場所に停止させるMRM(Minimal Risk Maneuver)を設定することが法的に求められている。自ら車を運転できる人が乗車していれば、予想外の事態に対応することも可能だが、タクシーの場合、乗客は車の運転ができるとは限らない。運転を完全に無人化した場合、システムの力だけで車を安全で他者の通行に支障がない場所に停車させ、乗客を退避させられることが必要だ。
例えば、見知らぬ狭い路地に入り込んで、対向車との行き違いができず、身動きが取れなくなるといった事態が発生しても、乗客は対応ができない。車両はその状態で放置されたままになりかねないため、こうした状況が起きないようにしなければならない。
そのように考えると、自動運転タクシーの場合、走行可能な道を事前に特定しておく必要がある。「想定された道以外は走らない」ことで、現在の自動運転の安全性、快適性は担保されている。そのことが「タクシー」との名称ではあるものの、乗降地をある程度、事前に特定しておかなければならない理由である。
しかし、考えてみると、人がタクシーを利用する場合、乗降場所は前述のような人が多く集まるところ、もしくはその周辺で対応できるだろう。将来的にRobotaxiの台数が増えれば、乗降が可能な地点を増やすこともできる。どうしてもドア・ツー・ドアで行きたいとか、乗降の介助を頼みたいなどという場合は、有人のタクシーを呼ぶ。そういう対応になると思われる。
この先、商業施設やレストラン、大型マンション、公共施設などは自動運転の車がスムーズに発着でき、安全・快適に乗降ができる設計にすることが常識になっていくだろう。道路の構造そのものも変わっていくはずだ。そうなれば、自動運転タクシーの利用はさらに便利で快適になる。
中国のRobotaxiは、こうした新しい「社会とクルマの関係」の構築に向けての模索のひとつである。現状のRobotaxiはガソリン車も含まれるが、当然そこには車の電動化、インテリジェント化が大きくかかわってくる。このような全体的なグランドデザインの描き方において、中国の政治・行政と企業は緊密な連携をとっており、強い実行力がある。
最大の課題はコストだ。自動運転で乗務員の人件費は不要になるとしても、現状ではRobotaxi向けの車両の価格が高く、またシステム全体を監視する施設や要員のコストもかさむなど、既存のタクシーより低い価格でRobotaxiを提供できるメドは立っていない。潤沢な補助金が出るうちはいいが、将来的には従来のタクシーより低い運賃にならないと、利用者にとって自動運転に大きな魅力はない。普及の拡大で、どこまで運賃を下げられるかが新たなモビリティ拡大のカギになりそうだ。