2023年11月16日、日本橋三井ホール(東京都中央区)にて、宇宙ビジネスのアイデアコンテスト「S-Booster2023(主催:内閣府宇宙開発戦略推進事務局)」の最終選抜会が開催された。
S-Boosterは、国内およびアジア・オセアニア地域のスタートアップや企業、個人などがビジネスアイデアの事業化を目指すコンテストで、今年で6回目となる。最終選抜会では、一次選抜、二次選抜を通過した14チームが、2ヶ月間、専門家によるメンタリングを受け、ブラッシュアップしたビジネスアイデアを5分間のピッチで披露した。
2023年は、民間企業によるロケットや衛星の打ち上げが増加したことに加え、月面探査を目指す各国のプロジェクトが着実に歩みを進めた年だった。そうした背景もあり、今回のS-Boosterでは、宇宙での長期間滞在を実現するための、“宇宙でのQuality of life(生活の質)の向上”を目指すビジネスアイデアが提案された。
そのひとつが、Team LCDLの岡崎重樹氏による、「水を使わない宇宙洗濯機 ―宇宙の最適な資源循環を目指して―」と題したピッチだ。
岡崎氏によると、2040年には月面に約1000人が滞在することが予測されている。こうした人々の食料や衣服などを全て地球から輸送すると、100兆円もの費用がかかるという。月面滞在を持続可能なものとするには、「水や食料生産、衣服など(生活に必要なものは)全て月面で循環させる必要がある」。
こうした課題がある中で岡崎氏が提唱したのが、衣服の循環を実現するための「水を使わない宇宙洗濯機」の開発だ。
「このプログダクトは2つのものから構成されています。ひとつが宇宙洗濯機。もうひとつが、光触媒を織り込んだ衣類です」(岡崎氏)
光触媒とは、二酸化チタンを主な成分とするコーティング剤で、太陽や蛍光灯などの光が当たると、そこで活性酸素が作られ、汚れが分解される。岡崎氏は、この光触媒が汚れを分解する能力を最大化する装置として、水を使わない宇宙洗濯機の開発を進める。
「光触媒を織り込んだ衣類。これはすでに地上で使われている技術です。しかし、地上では普及しませんでした。なぜなら、地上では、水を使った洗濯の方が、コスト面でも取り扱いにおいても優れているからです。しかし、宇宙空間、月面になると、この状況は変わります。月面では水がとても貴重です。水は燃料や飲料水など、他の使い道があります。また低重力環境では、水の取り扱いが難しいという一面もあります。つまり月面では、この宇宙洗濯機と光触媒を織り込んだ衣類の方が、コストや取り扱いやすさにおいて、(水を使った洗濯よりも)優れていると言えるのです」(岡崎氏)
なお国内繊維メーカーの日清紡テキスタイル株式会社(本社:東京都中央区)に協力を仰ぎ、皮脂を模擬した素材で汚れの分解性能を確認したところ、「技術的には汚れを十分分解できることがわかった」とのことだ。
宇宙洗濯機に関しては、「クローズな領域として、現在特許出願の準備を進めており、特許出願後、OEM(委託生産)で生産を開始する」。一方、光触媒を織り込んだ衣類については、「オープンな領域で、さまざまな企業の方にご参加いただき、市場の活性化を目指す」という。
最後に岡崎氏は、宇宙洗濯機を導入した場合の輸送費の削減状況予測(3日分の下着の上下を輸送したケースを想定)を提示。2030年で1020億円、2035年では5100億円、2040年では2.6兆円もの削減になるとして、「これにより生み出される価値やマーケットの全てを我々が取りに行きます」とアピールした。
もう一点、“宇宙でのQOL(Quality of life)向上”を訴え、会場を沸かせていたのが、牛乳石鹸供進社株式会社の江越亮一氏の、「コップ一杯の水で爽快な湯あがりを提供する『YUAGARI』」と題したピッチだ。
江越氏が提供しようとしているのは、宇宙における「心地良い清潔感」だ。単に体の汚れを落とすだけなく、「お風呂上がりの“ほっこり”とした感じを、清潔とともに届ける」ことを目指しているという。
宇宙ステーションなど水の使用が制限された状況では、風呂やシャワーを使うことができない。髪の洗浄は、濡れたタオルで拭いたり、ドライシャンプーで洗うことになる。これが長く続くと「お風呂に入ることができないため、フケやかゆみの原因となる菌が発生する」ことも少なくないとのこと。
「こうした状況を宇宙飛行士からヒアリングした際に、これこそ私たちが取り組むべき課題だと感じました」(江越氏)
そこで、創業114年の牛乳石鹸供進社の石鹸開発の技術を用いて、開発を開始したのが、コップ一杯の水で湯あがりの爽快感を提供するという「YUAGARI」だ。
「(YUAGARIとは)一言で言うと、洗浄料プラス、温水ミストブラシということになります。ブランの先端から、洗浄料と温かいミストを直接頭皮に届けます。使い方としては、まずは洗浄料とミストで髪や頭皮の汚れを浮き出します。その後、ブラシでときながら、洗い流し、最後はタオルで拭きとるというものです」(江越氏)
現在、江越氏らは、宇宙関連企業やイベントに参加してヒアリングを行うとともに、「携帯性」「簡素化」「省水」を主な課題ととらえて改善を進め、来年中の製品化を目指しているという。
またこのプロダクトは、宇宙空間での利用だけでなく、地上においても、介護や入院などで入浴できない人の利用や、災害時の利用、水不足の国での展開なども考えられるため、「市場性、社会発展性は大きく、宇宙と地上、双方に市場規模を拡大していける」とのことだ。
「いつでもどこでも『心地よい湯あがり』を提供する。その一歩として、『YUAGARI』で、宇宙において『湯あがり』の心地よさを提供します。応援よろしくお願いします」(江越氏)
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今回、最優秀賞を受賞したのは、小惑星資源探査およびプラネタリーディフェンス(小惑星衝突から地球を守る)ためのインフラビジネスを提唱した「ASTROMINE」(冒頭写真)だった。
本稿で紹介した2つの取組みは、残念ながら最優秀賞とはならなかった。しかし、今後、宇宙開発が進み、地球外での長期滞在が当たり前の時代になってくれば、当然、そこで普通に暮らせる工夫が求められるだろう。ロケットや、惑星探索機を作ることだけが宇宙産業ではない。人類が宇宙へ進出するためには、幅広い産業の協力と創意工夫が必要とされる。日本の宇宙ビジネスも、そういった段階に差し掛かってきた。