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俳句の詩情や「カワイイ」 感性、表現でAIが人間を超える日

NoMapsではAI一茶くんのデモも展示された

NoMapsではAI一茶くんのデモも展示された

 俳句の「味わい」や詩情、またファッションの世界などで使われる「カワイイ」や「ガーリー」といった表現や感覚。これらは主観的で、勝ち負けや優劣の判断とは異なる評価基準だ。将棋や囲碁、論理的演算の分野で人間を凌駕する人工知能(AI)は、絶対評価のない人間の感性や感情を学び、流行や価値観をリードすることができるだろうか。

俳句やファッション分野のAIを研究開発している北海道大学の川村教授

俳句やファッション分野のAIを研究開発している北海道大学の川村教授

 北海道大学の川村秀憲教授は、俳句を詠むAI「一茶くん」の開発や、アパレルメーカーとの共同研究で感性を科学的に理解しようとしている。10月に札幌で行われたITなどの複合イベント「NoMaps」のカンファレンスで、「真空社」所属の俳人大塚凱氏と、ピンキー&ダイアン、キャロウェイアパレルなどを展開するアパレル企業TSIホールディングスの渡井裕司マーケティング室長、川村教授の3氏が「ディープラーニングの先~AIが説明能力を持つ時代~」をテーマに語り合った。見据えるのは、感性の分野でもAIが人間の発想を超え、理由を説明し、人間と協調する新しい社会の仕組みだ。

私とは何か 人間はなぜ俳句を詠むのか

 以下は、一茶くんが大塚氏の句を教師データにして詠んだ句だ。

シンバルの朝は枯野のやうに鳴る

万華鏡のやうに投げてゆく椿

空蝉はいつか崩れて長い音

秋風に取り残されていく港

 大塚氏はこれらの作品を「誰もAIが創ったとは思わない。自分のどの句が基になっているのか分からないところも興味深い。『枯野―』の句は、枯野という風景を比喩に使い、シンバルの音の広がりが伝わってくるところが面白い。ひとつの句の中で飛躍が生まれていて、こういう発想はなかった」と評価した。

 そもそも、人間はなぜ俳句を詠むのか。大塚氏はその意義を「近代文学の『私とはなんだろう』という問いへの応え」と語る。

 膨大なデータによって学習し、ほぼ最適な解を提示するAIだが、なぜその解を提示するのか、演算過程はブラックボックスだ。では人間は、なぜその句を詠んだのか、明確に説明できるだろうか。大塚氏は「AIが深いところでどんな処理をしているか分からないよう、人間も深いところで何をしているのか説明できない。これが文学の一大テーマ」と指摘する。その上で「俳句AIによって、ポエジー(情緒、詩情)や、なぜこの句に惹かれるのかを科学できると、俳句が分かりやすくなってくる」とも。さらに、良い俳句の良さを説明できるAIができれば「近代文学としても次のステージが広がる。俳句入門、技術を磨く方法も可視化されるのかなと思う」と期待を寄せた。

俳人の大塚凱氏(左)とTSIホールディングスの渡井氏

俳人の大塚凱氏(左)とTSIホールディングスの渡井氏

 俳句の世界で「啄木忌」は春の季語。石川啄木の忌日である4月13日にちなんでいる。この季語を含む句を理解し共感するには、啄木が不遇の中で死んだこと、その無念さ、それによって呼び起こされる感情を理解している必要がある。川村教授は「AIは俳句を創ることはできたが、俳句を理解するには人間の感情や生活そのものを扱わないとならない。AIと俳句の関わりはまだまだ奥深い」という。さらに「伝えたいことがあり、言葉があり、制限のある文字数の中に言葉を詰め込めて、相手の頭の中で思いが再現されるプロセスが、俳句では大事なのだと思う。言葉に情報を込めることは、まさに情報科学的だ」と応えた。

 また大塚氏は「句集を読んで、ある作風やある作家に出会うと、自分も詠みたくなり、自分のリズムや言葉がその作家に寄っていくことがある。実は、人間も教師データを入れ替えている。人間は、それまで詠んだもの、あらゆるものの総体によってアウトプットしていると考えると、AIとそう変わらないのかなと思う」とも。AIがポエジーの指標やデータを客観的に出せるようになった時「『私とは何か』が分かっていく一つの拠り所になるのではないかと感じている」と語った。

「カワイイ」を科学する

 俳句と同じく感性や主観が問われるファッションの世界。そこでしばしば使われる「カワイイ」「トロミ感」といった表現をAIは理解できるだろうか。

「ファッション系の女性誌を読んでも、服に興味がないと何が書かれているのか全然分からない。会社の女性に『OLの30日コーデ』のような特集を『みんな理解しているの』と聞くと、みな『簡単にわかる』と。彼女たちの中では明確に違いがあり簡単に判別している。この判断している根拠が数字、特徴量として分かれば、ブランドのアイデンティティを際立たせられるのではないか」。

 渡井氏は共同研究を始めた理由をこう語る。また、「服は機能が先に立つことが多い。これまで、情緒や着たいと思う服とは何か、科学的に解明されることはなかった。ファッション分野でのAI利用は、これまでの服屋の歴史に対するひとつの解になるかもしれない」との期待をよせる。

 川村教授は「カワイイかどうかは、人によってブレのある極めて主観的な判断。しかし、共通項もあるから話が通じ、ひとつの特徴量として扱うことができる。主観の集まりでできているファッションの世界を客観的に扱うことができようになる取り組み」と研究の意義を語る。現在、服の画像から「カワイイ」「ガーリー」といった評価を数値化するAIができつつあるという。

 TSIホールディングスでは近く、このAIを社内で実用化する。渡井氏は「買い手にとっても、可愛いと思える服が増える。それがいよいよローンチに近づいている。カワイイを科学し好みを深く掘っていくことで新しいニーズが生まれ、服以外の分野でも市場が広がる。人間にできないことがAIにできれば、よりよく暮らし生きることに役立っていける。感性の分野、センス、クリエイティビティの仕事にもAIが溶け込んで使われていくのではないか」と語った。

俳句、ファッションのAIの先にあるものは

 人間が驚くような感性をAIが表現し、そう表現する理由を説明する時代は来るのだろうか。前述したよう、俳句では人間の作品かAIのそれかの判断はできなくなっている。その点で、俳句は「チューリングテスト」に合格していると言えるかもしれない。

 川村教授は「人の価値観を真似ることができる、ということは分かってきた。しかしAIは、人が良いというものしか良いと言えない。ここからさらにファッションも俳句も、人の発想を超えるところまで広げていきたい。いま、AIがその基礎を学び始めている状況で、人とAIが協調、調和する大きなシステムにつながる」と展望した。

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北海道新聞で記者を経て現在、東京支社メディア委員。デジタル分野のリサーチ、企画などを担当。共著書・編著に「頭脳対決!棋士vs.コンピュータ」(新潮文庫)、「AIの世紀 カンブリア爆発 ―人間と人工知能の進化と共生」(さくら舎)など。@TTets