都市圏における通勤電車の混雑は積年の課題だ。コロナ禍以降、在宅勤務の普及によりかなり緩和したものの、人との距離が近い通勤電車内はストレスが大きい。もし通勤電車の号車ごとの混雑状況をリアルタイムで把握できるようになれば、混んでいる号車を避けて乗車するなど、利便性は大きく高まるはずだ。
この3月、株式会社サイバーコア(本社・岩手県盛岡市)と東京地下鉄株式会社(本社・東京都台東区、以下「東京メトロ」)とは、列車混雑状況のリアルタイム提供を目指し、デプスカメラ(Depth camera 奥行き情報を取得する深度センサー内蔵カメラ)と人工知能(AI)を用いた「列車混雑計測システム」を開発し、同システムに関する特許を共同出願したと発表した。このシステムは、2019年度より東西線東陽町駅で、2020年度からは丸ノ内線新宿駅において実証実験を行ってきた。
これまで東京メトロでは、車両の重さや改札利用者数から時間帯ごとの混雑状況を推定し提供してきたものの、複数路線で相互直通運転を行っている同社の路線では、リアルタイムで混雑状況を提供することは難しかった。
このカメラは通常のカメラの機能に加え、奥行き情報を検知する事ができるもので、重なり合う乗客の映像から混雑の状態を取得することができる。また、個人情報となる顔や服装などの画像は一切取得しない。このカメラが捉えた映像をそのまま伝送すると容量が大きくなるため、送信前にさらに軽量化し、それをクラウドに上げる。データはクラウド上でAIにより解析され、駅を発車してから十数秒で列車内の混雑状況を号車ごとに算出できる。本システムは鉄道業界では初めての試みということだ。
開発に関わったサイバーコアは、岩手大学発のベンチャー企業だ。画像認識やAIのシステム開発を手がけており、2018年、人工知能の国際カンファレンスCVPR主催の、画像認識のAI技術を競う国際コンペティション「iMaterialist」では、2,261チームエントリーの中2位(準優勝)という好成績を上げている。
今回、サイバーコア代表取締役阿部英志氏に、同社の持つ強みについて聞くことができた。
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阿部氏は岩手大学で30余年にわたり、画像処理や画像認識の研究に関わってきている。岩手大学に、リモートセンシングの研究で文部科学省から特別予算が下りたのは1975年のこと。ほかの大学よりもかなり早くから画像解析の研究に取り組んでいる。スタート当初は航空機から撮影した画像を使い、三陸海岸沿岸の海水の観測・解析などを行っていた。その後、コンピュータでの解析、衛星画像の活用など先進的な取り組みを続けてきた。2007年、サイバーコア(当時の社名はユニテック)が設立され、阿部氏は2012年に岩手大学を退職したタイミングで同社代表に就任した。
サイバーコアの持つ強みは、阿部氏によるとビジネスへの実装力だ。優れたAI技術をもつ企業は多いものの、「現実のビジネスでは『前処理』『AI技術』『組み込み』の3つができないと話になりません。大企業でもこの3つそれぞれを別々の組織が対応することが多く、コストも予算もかさみがちになるが、サイバーコアはその3つをワンストップで提供できる」と話した。
「前処理」の例としては、今回のデプスカメラでの撮影イメージを最終的にテキストデータ化しAIで解析できるように処理したことを挙げる。また「組み込み」部分では、1秒間に60枚の画像を低性能エッジデバイス(現場)で処理するなど、実装時に起こりうる課題をクリアできる経験と能力を上げた。
さらに話を聞くと、本当の意味で同社の一番の強みは、自社の抱えるエンジニアたちとのこと。ベトナムにもオフィスを構えており、現地で博士、修士取得のトップレベルのエンジニアを採用している。前出のiMaterialistコンペではベトナム人のエンジニアたちが大活躍したという。今回の「列車混雑計測システム」に関してもベトナムと岩手、そして東京のメンバーが相互に連携を取りながら開発すすめたが、何の問題もなかったと胸を張る。
この「列車混雑計測システム」には、さっそく他の鉄道事業者からも引き合いが来ているようだ。コロナ禍による生活様式の変容によって、各鉄道事業者はその経営計画を見直さざるを得ない状況になっている。正確な列車の混雑状況の情報把握は大きな課題だが、これまでは目視で行われてきたことが多いという。このシステムの導入と解析により、混雑状況の情報がより精緻に把握されれば、列車の運行計画の精度も上がり、最適化が進むと期待される。
また、サイバーコアの画像認識とAI解析技術は自動車の自動運転界隈からの引き合いも多いと阿部氏は話す。名前は出せないが自動運転レベル4(高度運転自動化)の研究開発に加わっているとのことだ。
岩手、そしてベトナムで腕利きエンジニアを束ねるサイバーコア。「昨今のAIブームで創業した企業とは違います。数十年間、学術およびビジネスの現場でAI技術の実装を積み重ねて来た経験を知っていただきたい」と阿部氏は誇らしげに話を締めくくった。