電子工作部品の開発・売買を仕事にしている筆者のまわりでは、ここ数ヶ月「部品がない」という話題でもちきりだ。部品不足はマイコンチップから始まり、いまや抵抗やコネクタなどほとんどの部品に及んでいる。かつてはいつでも数十円で手に入り、それ故に多くの電化製品で使われていたSTマイクロエレクトロニクスのマイコンが、今は1年以上の納期を提示されることも珍しくない。元の価格の何倍もの値段を提示しても、部品そのものが入手できないのだ。
「部材の値段が上がり、製品の価格を上げる必要がある。また、いくつかの部材は市場で見つからず、製品の製造を止めるか、代替品への設計変更が必要になる」という連絡が深圳のM5Stackから入り、対策の検討を始めたのは2020年の後半のことだ。
以前、当媒体でも紹介した「ハードウェアのリーンスタートアップ」を実現する深センのM5Stackはスタートアップながら自社で製造ラインを持ち、量産を自分たちでコントロールしている。在庫手配から、製造、販売までの間隔も短いため、市況の影響を真っ先に受けてしまう。
それから1ヶ月あまり後、深圳の他のスタートアップからも同様の連絡が入るようになり、2021年になると上海や台湾のパートナーから、そして世界各地から部材不足の声が聞こえてくるようになった。
欧米メーカーの人気マイコンについては特に品不足が顕著だ。人気がありつつも、いつでも調達することができたARMマイコンのSTM32シリーズも、今や1年以上の納期を提示されるのがあたりまえだ。
さらにコネクタ等の部材についても欠品が目立つようになり、どういう部材なら安定的に入手できるのか不透明な状態になっている。
半導体のみならず、コネクタなどにも及んだ今回の部品不足は複合的な原因によるものだ。2020年初頭の新型コロナウイルス拡大以降、世界中の港湾や空港のパフォーマンスが悪化した。半導体そのものは小さいので、航空輸送がほとんどだが、材料や製造機械などは船便も多い。半導体はグローバルな巨大サプライチェーンを必要とする産業なので、一部の問題が玉突き的に大きくなることがあり得る。パナマ運河の事故や世界的なコンテナ不足など、2020年以降の国際運輸には、コロナ以外にもさまざまな問題が発生した。
また、供給元の工場にも問題が起きている。世界のデジタル化は進んでいるため、最新スマホ用のマイコンチップだけでなく、IoTを支える安価なチップも売れ行きは拡大中だ。半導体工場はどこも限界いっぱいまで稼働している。各国で工場の事故や火災が頻発しているのは、稼働が増えていることも関係している。そして、こうした事故がさらなる供給減につながる。
さらに、米中貿易摩擦によりファーウェイ傘下の半導体製造会社ハイシリコンが苦境に立たされたため、台湾のメデイアテック(MediaTek)などに需要がシフトしていることも問題を悪化させている。大規模な製造装置で大量に製造される半導体は、短期で需要の増加に応えることができない。結果、大企業の需要が優先される形で、スタートアップ向けに市場で販売されるマイコンチップの供給が絞られることになる。
つまり、サプライチェーン・製造・市場のそれぞれに品不足を招いた原因があり、それらが同時期に重なってしまったことが、この問題の短期での解決を難しくしている。
アップルなどの巨大企業は、メーカーと直接数百万単位での取引をしているため、スタートアップに比べると影響は限定的だ。一方で多くのスタートアップは、どうにも解決策を見いだせずに苦しんでいる。深センの小規模製造業の倉庫には、一部の部品が届かないため製造を中断した製品が山積みになっているという。これはキャッシュフローを悪化させる。
いくつかのスタートアップは、これまで不人気だったため現在も調達可能な互換チップ(多くは中国製)に設計を切り替えはじめた。そのため互換チップの価格も数倍に上昇、さらには設計変更のコスト負担も加わるが、納期数年と言われる人気チップを待ち続けるよりは現実的な選択肢だ。とはいえスタートアップには資金も時間も余裕がなく、この手間と費用もまた、キャッシュフローを悪化の要因となる。
半導体を始めとする部品不足はこのあと短く見積もっても年内いっぱいは続く。悲観的な予想だと来年末以降まで続くと思われるこの状況は、深圳のスタートアップを取り巻くエコシステムを変えてしまうかもしれない。(後編に続く)