人口爆発に伴って生じる食糧増産という難題について、デジタル技術の果たす役割は何か?誰もがノスタルジーを込めて語る「食」と、最新のデジタル技術の接点は? オンライン・マガジンのNEO.LIFE創設者でWIREDの共同設立者でもあるジェーン・メトカルフェ(Jane Metcalfe)氏が、DNA技術の発展や膨大なデータをスマートフォンで扱えるようになった現代を「新バイオロジー革命」と定義づけ、科学者と技術者に呼びかた。
11月3、4の両日、DG717(米国サンフランシスコ)で「THE NEW CONTEXT CONFERENCE 2017 SAN FRANCISCO(主催:株式会社デジタルガレージ、株式会社カカクコム、株式会社クレディセゾン)が行われ、「持続可能な技術」をテーマにした2日目の基調講演でメトカルフェ氏が語った内容は以下の通り。
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この25年間で語られている技術革新における「新しいコンテクスト」とは、「デジタルイノベーション」とりわけデジタル技術が、世界をどう変えていくのかという点に集中している。デジタル革命がどんどん進んでいく間に、その流れは生物学の分野にも流れ込んできた。こうしたデジタル革命によって、「新バイオロジー革命」があちこちで起こっているが、気づかないことすらあるかもしない。
この会場内に、日々の活動レベルを記録している人はどれだけいるだろうか?アメリカ人の5人に1人は自分の活動レベルを記録している。もうちょっと踏み込んで、卵子を凍結しているもいるかもしれない。では凍結胚は? DNAシークエンシングを行うならば、最も自己の生存に適した胚を選ぶ人が多いのではないだろうか。精神疾患やアルツハイマーに対抗しうるような。こうしたことは、「自然でない」選択であり、ホモ・サピエンスは新しい技術によって、将来の種族にわたるインパクトを与えている。──これが「新しいコンテクスト」である。
1953年にDNAが発見され、2000年に入りDNA解読ができるようになり、2017年の現在はDNAを編集できるようになっている。その間、2007年のiPhoneの登場によって、こうした発展は個人レベルのことになった。膨大なデータをやりとりする代わりに、個人レベルで見て、結びつけて、行動に影響を及ぼし、そして変化をもたらすことができるのだ。
いわば、新バイオロジー革命の時代に突入したというわけだ。新バイオロジー革命とは、「ホモ・サピエンスが自身の進化に関するコントロール能力を手に入れ、人間であることはいかなることかについて再定義につながる考え方や技術を発明すること」である。良いニュースとしては、新バイオロジー革命は、食べられるということ。「テクノロジー」そのものはおいしくないのですが。
人類の最初の「農業革命」として紀元前11500年ごろ、新石器時代人が農耕を始めた。土地と人の生産性が劇的に向上したのは、18世紀中葉のイギリスにおける農業革命。20世紀には機械化、ハイブリッド種子、殺虫剤やGMO(遺伝子組み換え)食品などに代表される、「緑の革命」が起こり、飢えと闘う上で大きな意味を持った。ノーベル平和賞受賞者で農学者のノーマン・ボーローグは、この分野における英雄だ。メキシコ、ついでインドとパキスタンで穀物の収穫量を増やして自給も可能となり、何十億もの人々を飢餓状態から救ったのである。同じ頃、遺伝子工学を用いた初めての実験が行われた。人類と地球に与えるインパクトについての懸念を示す声が上がり、大きな議論を巻き起こした。
この時期にはまた、大きな意味を持つ出来事が2つあった。
ひとつは、1975年のアシロマ会議。科学者や政策立案者などが一堂に会し、将来にわたる遺伝子工学の発展のために、透明性のある世界的な協力体制を打ち立てることにしたのである。対話を行いつつ遺伝子工学を発展させることが同意された。
ふたつ目は、この5年後、米国の最高裁がゼネラル・エレクトリック(GE)社に対し、油はねを分解する細菌に関する特許を認めたこと。つまり、これによって、遺伝子を商業目的で使用して金銭的報酬が得られる機会が解き放たれたことになる。1994年には初めての遺伝子組み換えトマトが、その後Btコーンが生み出された。遺伝子組み換えトマトはもう市場には出回っていないが、今や米国産トウモロコシの90%がBt毒素を備えている。
しかし、こうした技術革新にも関わらず、将来を見据えるとまだまだ課題がある。2050年までには人口は95〜100億人に増えると予想され、現在より40%増つまり食糧も今より40%多く必要とされる。貧困から脱け出して所得が上がると、人々はたんぱく源によりお金を使うようになる。肉の消費量は74%増えるとされている。
一方で、栄養失調との闘いは続いている。悲しいことに、栄養失調は2014年から再び微増に転じている。干ばつなどの気候変動や紛争などが原因だ。国家間だけでなく、地域間など125の紛争が、食糧を確保する上で大きな影響を及ぼしている。同時に、肥満や糖尿病の問題は途上国でも起きていて、いわばグロテスクな矛盾、パラドックスともいえる。
戦争や貧困、天候など変えることは容易ではないが、技術を用いて対応が可能なものもある。温室効果ガス、食物の廃棄、土地と水、化学肥料の使用、野生種の枯渇などである。
では、解決方法は? 今後、世界で起きる飢餓に対して対応するのは食料援助ではない、ということは、まずここで皆さんの同意を得られるだろう。
解決方法は、GMO(遺伝子組換え)食品だ。GMO食品に関しては、大規模なイノベーションが進行している。ハワイではレインボーパパイヤがすっかり枯れてしまったが、GMOによる解決方法によって収穫を取り戻した。「茶色くならないリンゴ」は、食糧廃棄を減らすことに貢献した最初の食物と言える。
細胞農業の分野では、研究室で培養した幹細胞を使用することで、水と土地の使用と温室効果ガスの排出をそれぞれ90%減らした。ノヴォニュートリエンツ(NovoNutrients)社は、産業排出ガスを活用して細胞を発酵させ、魚の餌や魚油を生み出している。こうした合成的な手法によって、地球上の魚類の蓄えに対するプレッシャーを軽減させることができる。
また、精密農業(プレシジョン・ファーミング)も可能になる。「ブルー・リバー・テクノロジー」(Blue River Technology)社は、畑に農薬を一斉に撒き散らすのではなく、農薬や殺虫剤が必要な場所を突き止めて局地的に散布する。施肥も同様だ。これによって90%の化学肥料を減らせるという。
技術と生物学をつなぎ合わせることが、この先の問題を解決していくための方途だと私は考える。しかし食べものは、子供時代のノスタルジックな思い出を伴うものである。見渡す限りの畑で収穫作業を行う農夫、手を泥だらけにして得る収穫物…。しかしこれらは、遠い過去についてのぼんやりした、ユートピア的な観点でしかないのだ。
農地に出て耕し、家畜を育てようとする若い世代がいるのは素晴らしいし、母親たちが子どもにオーガニック食品を食べさせたいと思う気持ちもわかる。この「美しい」ライフスタイルが続くことを望んでいるが、同時にこのことが、2050年までの食糧需要を満たす上で食糧増産を図るための道ではないこともまた、理解している。
「遺伝子組み換えでない」と表示されている商品をたくさん目にしているため、食品のカテゴリーごとにGMO食品かそうでないかを選べると思っている人がいるかもしれないが、これは事実ではない。GMOのトマト、オレンジやヨーグルトは市場では手に入らない。個人的に「傑作」だと思うのは、このラベル──塩のパッケージに「遺伝子組み換えでない」と書いてある。塩はミネラルだから、遺伝子を持たないのに!
皆さんのそうした「無知」に対してマーケティングを行うことはまた、経済的動機になりうる。ゼン・ハニーカット(Zen Honeycut)という女性がいる。彼女は母親たちによる団体を作り、“健康食品”やサプリメントを売っている。つまりGMO食品を恐れる人たちに対する、経済的動機があるのだ。オーガニック食品関連企業からも巨額の資金提供を受けている。彼女のインタビューをご覧頂きたい。食品と、科学に対する彼女の見方をよく示している。
(インタビュー映像)「母親たちのいうことや、SNSへの投稿だって、医者よりもFDA(米国食品医薬品局)よりも私は信じますよ。だってそれ(母親たちの言うこと)が現実なんですから。科学的研究もいらないし、それを私に説明する専門家すら必要ありません」
良いニュースもある。アメリカ人の3分の1は、週に数回は科学ニュースを積極的に探しているそうだ。政治家や弁護士、ジャーナリストは世間の信頼を失いつつあるが、4分の3のアメリカ人は科学者を信頼しているそうだ。つまり、科学者が人々に益するために日々研究に取り組んでいると、信じてくれているのだ。これこそが、さらに我々が極めるべき点だ。しかし、科学者はまた、21世紀のスタイルでコミュニケーションする方法を学ぶ必要がある。SNSの叫んでいるような見出しから生みだされるバイラルな、聞こえの良い短いフレーズと闘わなければならない。
我々はあえて自分たちの考えを変えるべきであり、他の人の考えを変えようとすべきなのだ。自分の考えを変えないということは、学ぶこともなければ成長することもできないということだ。
ここで、ルイーズ・フレスコの言葉を引用したい。
「食物は、究極的には我々の伝統であり、聖なる存在である。栄養やカロリーのことではない。分かち合うことであり、正直さであり、そしてアイデンティティなのである」
我々がすべきことは、いかにしてこうした技術や情報をつなぎ合わせて意味を持たせられるのかを理解することだ。我々は、新バイオロジー革命の真っただ中に生きているのだから。
(2017年11月4日 DG717・サンフランシスコにて講演 翻訳・編集 株式会社ポッセ・ニッポン)