米国時間の2017年11月4日と5日、ビットコイン(Bitcoin)のエンジニアとアカデミアが一堂に会する国際会議Scaling Bitcoin 2017が米国カリフォルニア州にあるスタンフォード大学で行われた。今回の会議では筆者がアドバイザーを務めるデジタルガレージのR&DラボであるDG Labからも1件発表を行い、DG Labとして、これまで以上にビットコインのコミュニティへの貢献を行うことができたのではないかと思う。
ビジネス、金銭的利害、そして政治的な思惑を排除して純粋に技術の議論をエンジニアと学術研究者が行う会議として300人以上の参加者を集めて行われるこの会議は、世界的に見て、ブロックチェーンの技術の本物の先端を議論する最大の会議のひとつである。例えば、Segregated Witness(SegWit)と呼ばれる技術は、第2回目に行われた香港会議での提案がプログラム委員会によりacceptされ、その発表内容を開発者コミュニティが取り入れてビットコインの仕様に実装された。
Scaling Bitcoin 2017の最後に、次回2018年の開催地が東京になることが発表された。時期は今年と同じく秋頃が予定されており、慶應義塾大学SFC研究所と東京大学生産技術研究所が中心となって設立されたBASE(Blockchain Academic Synergized Environment)アライアンスがアカデミックホスト、DG Labがローカルの運営組織となって行われる予定である。ブロックチェーンが非常に注目を集め、活発な活動が行われている日本において、Scaling Bitcoinが開催されることは、非常に光栄であることと同時に、日本で活動する人たちが世界的に活躍する可能性を大きく広げるという意味で、非常に貴重な機会になるのは間違いない。
■Scaling Bitcoinが生まれた理由と意義
Scaling Bitcoinは、2015年の9月にその第1回が、カナダのモントリオールで開催された。Scaling Bitcoinという会議が生まれた大きな理由は、会議名にScalingという単語が入っていることでわかるように、ビットコインに存在するスケーラビリティの問題の解決が急務となったからだ。スケーラビリティの問題を解決するアプローチのうちのいくつかは、ビットコインが本来持っている非中央集権という思想を毀損するものである。また、技術仕様の修正内容によってはビットコインのフィアット通貨に対する交換レートが変化するために、技術的優位性とは関係のない金銭的利害という文脈で技術的議論の対立が起こってしまい、問題解決に必要な健全な技術的議論が阻害されつつあった。そのため、ビジネスや金銭的利害を別にして、純粋にエンジニアリングと技術の議論を行い、その議論にアカデミアからの貢献を含めることで、より健全で信頼性の高い技術開発を促進する必要が出てきた。Scaling Bitcoinは、そのような背景のもと、ビットコインのエンジニアと研究者が一堂に会して議論する場として始まった。
Scaling Bitcoinの大きな哲学として、ディベートをしたり、何かの結論を出したりする場所ではないというものがある。非中央集権であることを旨とするビットコインにおいては、技術仕様はコミュニティでの合意(ラフコンセンサス)で行われ、またディベートがさまざまな利害とバイアスでなされることを防ぐためだ。Scaling BitcoinのWebページには、以下のような記述がある。
This may be considered as similar in intent and process to the NIST-SHA3 design process where performance and security were in a trade-off for a security critical application.
(日本語訳)この会議では、セキュリティが重要なアプリケーションにおいて、性能とセキュリティがトレードオフになる、NIST(アメリカ国立標準技術研究所)によるSHA3(標準ハッシュ関数)のデザインプロセスと同じような意図とプロセスを考慮することになるだろう。
NIST-SHA3コンペティションのプロセスとその経過の概要、そしてコンペティションの考え方のビットコインの開発プロセスへの応用への提案について、筆者が第1回のScaling Bitcoinで講演した。SHA3のプロセスとの大きな違いは、ハッシュ関数の標準を決める際にはNISTのような中央集権的機関が存在したが、ビットコインではそのような組織が存在しないことである。
SHA3の際には、エンジニアと研究者が7年の時間をかけて、新しいハッシュ関数に求められる要求仕様を策定し、世界中からハッシュ関数の候補を募集した。応募があった64の候補の中から、厳密なセキュリティ評価とソフトウエア/ハードウエア両面での性能評価を経て、透明性の高いコンペティションを行った。このプロセスそのものは、中央集権的な機関が存在しないビットコインの技術開発でも有効である。Scaling Bitcoinは、このように健全で透明性の高い技術議論を行う場として、非常に貴重である。
■今こそ求められる中立性
一方で、冒頭に書いたように、ビットコインやブロックチェーンには、データ自体が現実のお金に変えられるため、ビジネスや金銭的利害の影響を受ける懸念が常にある。Scaling Bitcoinにとってもそれは他人事ではない。現実に、未成熟なプロジェクトや、ICOプロジェクトの評判を上げるために、Scaling Bitcoinを利用しようとする圧力がないとも言えないし、スポンサーにそうした企業が混じることで、もともとScaling Bitcoinが目指していた場の形成が台無しになる可能性をはらんでいる。特に、現在Bitcoinのフィアット通貨に対するレートは高騰し、ICOプロジェクトに信じられない金額が投じられることは少なくない。そのような中であっても、Scaling Bitcoinでは、ビットコインのフィアット通貨に対する交換レートの話は議論の対象外で、金銭的利害に基づいた議論はご法度である。もうひとつ付け加えるとすると、ビットコインの出自からして、政府や中央集権的意図に基づいた議論も歓迎されない。その意味で、金銭的な利害が日々増していくブロックチェーンの世界において、中立性を保つことは必須であり、大きな挑戦である。
冒頭に紹介したようにBASEアライアンスがアカデミックホストになることは非常に大きな意味がある。BASEアライアンスは、特定の金銭的利害とは独立に、中立なアカデミアによるブロックチェーンの研究を推進する大学アライアンスとして設立され、Scaling Bitcoinを東京で開催することが決定されるにあたっては、BASEアライアンスが持つ中立性が大きなポイントになっている。その意味で、BASEアライアンスを中心としてScaling Bitcoinの金銭や政治などさまざまな観点における中立性を、日本で保つことが大きな責任となる。
Scaling Bitcoinのホームページには、想定される参加者として以下の3つのグループが書かれている。
- 関連する技術領域で特長を持つエンジニア
- 関連する領域で研究を行なっているアカデミア
- 技術記事を執筆するジャーナリスト
必ずしもこれらに限定されるわけではないが、Scaling Bitcoinを通じて日本のビットコインとブロックチェーンの裾野を広げる必要があるとともに、冷静で、健全で中立な技術の議論の場にする必要がある。
■非中央集権のコミュニティに求められるもの
前述のように、NISTのような中央集権的な組織が標準を決める場合には、技術の標準が決まるプロセスとガバナンスには一定の形があるが、非中央集権的なコミュニティが技術仕様を決める場合には、そのプロセスとガバナンスを健全に保つには非常に難しい。インターネットの技術はIETF(Internet Engineering Task Force)で決められ、ラフコンセンサスというプロセスで技術仕様が決められていくが、IETFのガバナンスのスタイルが成熟するためには非常に長い時間を必要とし、またその健全性を保つためには不断の努力が必要である。ビットコインとブロックチェーンに、IETFのスタイルが当てはまるかどうかはわからないが、少なくとも何らかのスタイルをこれから作り上げなければいけないのは確かだ。東京で開催されるScaling Bitcoinが、その成熟に貢献できることが求められる。
今のところ、ビットコインのコミュニティはまだ脆弱だ。Scaling Bitcoinには、その最初から厳格なCode of Conductと呼ばれる行動のしきたりが定められている(https://scalingbitcoin.org/code-of-conduct)。特にプライバシーに関する配慮が強くなされており、会場にいる人の写真やビデオは撮影できず、発言はチャタムハウスルール(誰が発言したかは秘匿するルール)が適用される。また、宣伝やプロモーションに相当する行動も厳禁である。将来的に、よりよいルールが醸成されることが望まれるが、非中央集権的にブロックチェーンのコミュニティのあり方を構築する大きなステップとして、Scaling Bitcoin 2018 Tokyoが貢献できればと思う。