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 2018年のブロックチェーンを振り返って 〜大人への階段を昇る時〜

ビットコインとブロックチェーン(イメージ図)

ビットコインとブロックチェーン(イメージ図)

CryptoSummerからCryptoWinterへ

 このところ、”CryptoWinter(暗号資産の冬)”という言葉がささやかれている。それは、ビットコインをはじめとした暗号資産の価格の単純な下落というだけでなく、この領域に参加している多くの人が薄々感じていたバブルが弾けて、ビジネスの対象としての「冬」を感じているからだろう。

「日本におけるテクノロジのハイプ・サイクル:2018年」ガートナージャパン株式会社2018年10月11日のプレスリリースより

「日本におけるテクノロジのハイプ・サイクル:2018年」ガートナージャパン株式会社2018年10月11日のプレスリリースより(図をクリックで拡大)

 2017年の秋から暗号資産の価格は高騰した。Coindeskによると、ビットコインのドルへの交換レートが一番高かったのは、1BTC=17394.97USD(2017年12月11日)。2018年元日の交換レートは1BTC=15,317.38USDだったが、それが12月25日現在では3740.17USDである。年初から見ても4分の1程度となっている。

 ガートナー社が発表しているハイプ・サイクル(hype cycle、ハイプ曲線:図1参照)は、ある意味わかりやすい仮説に基づいて、技術が注目を集め、一度熱狂が沈静化し、本質的な部分が持続的なビジネスを産む過程をモデル化している。こうしたハイプ・サイクルが万能であるとは思わないが、暗号資産に現実におきた事象は、このハイプサイクルを見事になぞったと言えるのではないだろうか。

取引所におけるインシデントと社会的反応

 暗号資産のレートが低下した理由は複数あるが、きっかけの1つは、いわゆる取引所のセキュリティインシデントだろう。1月にコインチェックで暗号資産の流出が発生し、9月にはZaifでも同様のインシデントが発生した。特に日本においては、仮想通貨交換業が登録制になっていたため、規制当局の責任も含めて議論の対象となった。日本において仮想通貨は、新たなイノベーションの種のひとつとして、強く規制されるのではなくむしろ自主規制も 活用した育成の視点で見られていた。ところが2013年のMt.Gox事件の後、資金決済法改正により登録制と自主規制を活用するという枠組みは設定されたものの、自主規制の座組みがうまく出来上がらないうちに、さらなるインシデントが発生することになり、社会的な目が厳しくなることになった。

 これらの事件直後に、停滞していた認定自主規制団体の設立の動きが加速し、団体が設立され活動を開始している。また、金融庁において新たな規制を検討する研究会が設立され、法律改正に向けた暗号資産やICOなどの規制のあり方についての議論も進んだ。金融庁は、仮想通貨交換業へのヒアリングや調査の結果を中間的なまとめとして公開したが、それによると技術面だけでなく、運用やガバナンスの面で“大人”になりきれていない部分も散見され、多額のお金を扱う業態としての未熟な面が露呈した。

 暗号資産とフィアット通貨との交換レートだけに着目した「投機」にのみに熱狂していた部分があるとすれば、そこには批判の目が向けられるのは当然であると言える。むしろ、金融庁がそれでも新たな業者の登録に向けて作業を続け、イノベーションを重視していることは、ブロックチェーンの芽を摘まないという意味で歓迎すべきことだと筆者は考える。おそらく現状の規制の論点は、ブロックチェーンのイノベーションの芽を詰むものではない。

 コインチェックのインシデントの後に、日本における情報セキュリティのエキスパートとブロックチェーンビジネスの有志が集まり、仮想通貨交換取引所のセキュリティのためのプラクティスをISO/IEC 27002の国際標準に沿う形で取りまとめ、ISO TC307の技術文書IETFのインターネットドラフトとして貢献する動きが出てきたのは、一方でさまざまな過去の知見がブロックチェーンの成熟に向けて活用される非常に明るい動きだ。

エコシステムのプレーヤーの変化

 コインチェックがマネックスグループの傘下に入ったことに代表されるように、スタートアップが主導していたブロックチェーンの動きに、より経験を持ったより大きな資本が参入してくるようになったのも、2018年の大きな傾向だと言える。それは前述したように、多額の顧客資金を扱うに見合う厳格な運用やガバナンスが必要であることが明らかになったからである。これまで少し様子見の状態だった従来的な企業にとって、暗号資産やブロックチェーンに関わるビジネスに参入するチャンスが見えたのだろう。

 2018年の終盤になって、CryptoWinterが明確に見える状況になり、ブロックチェーンのスタートアップがクローズするケースが見られるようになっている。その理由は色々あると思われるが、中にはエンジニアへの給与がETHなどの暗号資産で払われることをビジネスモデルにしたケースもあると考えられ、暗号資産の交換レートの上昇をレバレッジしていたビジネスモデルが破綻したとも言える。その意味で、一時期もてはやされていたICOによるエコシステムが、それ自身が証券であるかという規制の論点の他に、持続的なビジネスモデルとして再考を迫られているとも言える。

 ステーブルコインも、2018年の後半になって注目を浴びるようになっている。これも、多分に規制が強まったことに関連している。ステーブルコインを持続的に運用することが可能か、ということについて十分な保証はないが、やはり大きな資本を持った金融機関がバックに必要であり、技術的、法的に見ても、既存のプリペイドの電子マネーとの違いが見つけにくくなる。いずれにせよ、以上の例は、スタートアップが単独で大きなビジネスを描きにくくなっているという状況を示しているし、規制当局と対話可能な能力と体力を持った企業でないと、持続的なエコシステムを描きにくくなっており、結果としてプレーヤーは交代していくことを意味している。

可能性を広げる新たな技術的挑戦の増加

 一方で、決して急速な進歩ではないが、ブロックチェーンの足回りの技術は着実な進歩を遂げている。安全性の証明や検証を加えながら、ブロックチェーンを利用した情報処理を安心して行うビジネスの種類を増やす試みは、アカデミア、エンジニアコミュニティともに活発になっている。BitcoinにおけるSimplicityや、Ethereumのスクリプティング言語であるSolidityに形式検証を組み合わせる研究などはその例だ。

 ブロックチェーンにおいては安全性を確保する技術と同時に、セキュリティインシデントが発生した時のリカバリも同時に大事になる。日本で今年発生した2度の大きなインシデントが残した教訓は大きいが、JDDが行ったMonacoinの追跡など、この種類の技術開発が進んでいるのも大きな動きだろう。

 10月から11月にかけて、EthereumはDevconと呼ばれるデベロッパ向けの大規模イベントを開催した。その場ではEthereumの将来の可能性を広げる多くのプロジェクトが発表された。イベント自体もショーアップされたもので、個人的な印象で恐縮だが、Javaの開発者会議JavaOneの1998年頃にも思えた。その時にJavaについて発表されたプロジェクトの多くは今は使われていないことを考えると、今回のDevconで発表されたことが全てうまくいくわけではないだろうが、プラットフォームとして成長している姿は見て取れた。

 現在、そして将来にわたってブロックチェーンに必要なのは、真にセキュリティ確保の経験があり、ブロックチェーンの理論的背景を理解しており、あらたな数学的体系を生み出すことができる人材だ。ブロックチェーンの場合は、わずかな脆弱性であっても巨額な資金が流出する。ノードや取引所は、国際的レベルで常にサイバー攻撃に晒されている。中途半端なエンジニアリングが意味をなさないことを教訓にする必要がある。2018年10月に行われたDev++のように人材を育成していく試みが徐々に増えており、今後もこの流れが広がることが望まれる。

  一方で、仮想通貨のファンジビリティや匿名性確保のための技術に関する提案も増える中で、金融活動に対する既存の法に基づく秩序の維持が困難になる可能性も指摘されている。そうした「法に基づく秩序」と「数学・暗号に基づく秩序」のバランスを確保する挑戦は、技術と規制が立ち向かわなければならない新たな領域として意識される必要があるだろう。

パブリックブロックチェーンの進化は本格化する

 冒頭に触れたハイプ・サイクルには、2つの見方があると筆者は考えている。1つは、ハイプ(誇大な広告、評判)そのものへの着目であるが、もう1つは幻滅期の後の緩やかに上昇していくカーブである。実際に真摯に技術の現状と向き合っていると、現実のカーブはハイプのコブがなく、緩やかなカーブを最初から描いている方が実感に合っている。指数関数的と呼ばれる急激な上昇と急激な下降に惑わされて誤った投機をするのではなく、底流に流れる緩やかな上昇への投資こそが重要だと言える。

 2018年の末には面白いサインが2つ出てきた。1つは、来年2月に行われる国際会議Financial Cryptography 2019での40本の発表の半数がブロックチェーンをテーマとしたものであることだ。これは特異ともいうべき状況で、ブロックチェーンに関わる基礎研究が国際的には盛んになり、また成果が出始めていることを示すものだ。もう1つは、インターネットの起源となったARPANETを始めたDARPA(アメリカ国防高等研究計画局)が、Applications and Barriers to Consensus Protocols (ABC)というタイトルで情報募集を行い、2019年2月に2日間のワークショップを開催するということだ。これは、パブリックブロックチェーンのような許可のない合意アルゴリズム全般について、中長期の研究テーマを議論する場で、将来的にDARPAがパブリックブロックチェーン技術の底上げに大きな研究予算を投じる可能性もある。これは、単に金融というアプリケーションを超え、社会インフラとしてのパブリックブロックチェーンの進化が本格化する明確なサインであり、アメリカが学術界を含め、リーダーシップを取っていく可能性を示すものだろう。

 ブロックチェーンはハイプを経て、大人への階段を登る段階に入ったと言える。これは、CryptoWinterとなっても、基盤的な活動への投資が途切れず、むしろ本格化しているところからも見て取れる。CryptoWinterの今だからこそ必要なのは、これまで述べたような、エンジニア、ビジネス、規制当局の動きに注意を払い、本質的なブロックチェーン技術の進化に貢献する方法を真剣に考えることではないだろうか。仮に交換所であっても、分散しながら合意をしていくタイプの新しい情報処理の仕組みに重要な役割を果たす。ここが頭の使いどころと言えるだろう。

松尾真一郎 Written by

Georgetown University, Research Professor
MITメディアラボ 所長リエゾン
BSafe.network共同設立者
DG Lab アドバイザー

 シリコンバレーを拠点に活動する、暗号技術と情報セキュリティ分野の研究者。ブロックチェーンをアカデミアの視点から成熟させる活動をしている。Pindar Wong氏ともに、ブロックチェーンの学術研究を行う大学による国際研究ネットワークBSafe.networkの構築を行っている。
Georgetown大学でResearch Professorとしてブロックチェーンに関する研究活動をするとともに、MITメディアラボでは金融暗号分野の所長リエゾンとして活動。また、慶應義塾大学SFC研究所ブロックチェーンラボ、東京大学生産技術研究所を中心に、中立なブロックチェーン学術アライアンスであるBASEアライアンスを設立。日米を中心に、国際的に中立で信頼のできる学術コミュニティをリードしている。
また、Scaling Bitcoinのプログラム委員、アドバイザリー委員 IEEE, ACM, W3Cなどのブロックチェーンカンファレンスのプログラム委員を務める。