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逆風の中のファーウェイ、AIエコシステム構築を目指す

輪番会長 徐直軍(エリック・シュー)氏(中央)「ファーウェイコネクト2018」

輪番会長 徐直軍(エリック・シュー)氏(中央)「ファーウェイコネクト2018」

「AI(人工知能)関連のめぼしい技術はもうだいたい出そろいました。今後、AIバブルははじけ、AIベンチャー向けの投資も細っていくとみられています」今年(2018年)の秋、北京市のAIベンチャー関係者から話を聞いていた時のこと、上述の言葉が飛びだしてきた。

 この発言はなにも彼一人の意見ではない。最近、中国で盛んに噂されるのが「人工智能的寒冬」(AIの冬)だ。この数年、AIに対する期待が大きく高まり、膨大なリスクマネーがAIベンチャーに注ぎ込まれてきたが、その時代はすでに過ぎ去った。AIベンチャーのほとんどは期待されたような利益をあげられないことが明確になり、評価額も急速に下落している。

「日本におけるテクノロジのハイプ・サイクル:2018年」ガートナージャパン株式会社2018年10月11日のプレスリリースより

「日本におけるテクノロジのハイプ・サイクル:2018年」ガートナージャパン株式会社2018年10月11日のプレスリリースより

 「AIの冬」には大きく2つの理由がある。ひとつはハイプ・サイクルだ。これは米調査企業ガートナーの造語だが、新しい技術が登場してから社会に定着するまでの過程を説明している。新技術の登場直後は過剰に期待が高まり現実的な効用を超えた評価を受ける。この期待が頂点を超えると、一気に失望に変わり、今度は価値を下回る評価しか得られなくなり、報道にも取りあげられなくなる。そして、熱狂も失望もない中で新技術は着実に成熟、普及して社会に広がっていく。新しい技術はいずれもこうした過程をたどるというわけだ。

 ガートナーは毎年、最新版のハイプサイクルを発表しているが(図1)、最新版ではディープラーニングや仮想アシスタント、自律走行などのAI関連技術は過剰な期待の只中にあると記されている。まもなく失望がやってくるというわけだ。

 元グーグル副総裁にして、ベンチャーキャピタル「創新工廠」の創業者である李開腹は「ほら吹きのAI企業は冬にはみな死ぬだろう。本物の企業は長く生き残る」と発言している。AIバブルによって誕生した、無数のベンチャーの多くは破綻するとの予測だ。では生き残る“本物”とはなんだろうか。

 それが第二の理由につながる。AIが社会を一変させるとの期待がバブルとなったわけだが、現時点で稼げるAIは顔認識・画像認識、音声認識・自然言語処理が大多数を占めている。まもなくビジネスに結びつきそうな技術としては自動運転車もあるが、AIが起こした事故の責任を誰が負うのか、法律をどう変えるのかといった難題が待ち構えているだけに、いつ稼げる技術になるかは未知数だ。

 この問題について、記事「人工知能の進化が経済成長をもたらす日」(『ニューズウィーク日本版』2018年12月18日号)が示唆的だった。蒸気機関、電気、情報技術という第1次から第3次の産業革命では、一般的な企業が新しいテクノロジーを使いこなし、生産性の向上として国の統計に現れるまで最低でも25年がかかったという。

 今すぐ稼げるAI技術はきわめて限定的であり、こつこつ研究を積み重ねた果てに果実を得るにはまだ相当の時間がかかる。この現状が理解されてきたからこその「AIの冬」というわけだ。

AIバブルがはじけ、体力を持った企業が追い上げる

「ソフトウェアとAIの違いはなにかわかりますか? ソフトウェアはプログラミングで作るんだけど、AIはパワーポイントで作るんだよ!」

 これは、あるファーウェイの社員に教えてもらったジョークだ。AIを使った大ボラ・スピーチをかませばベンチャー投資を受けられる。AIベンチャーなんてそんなところばっかりだよという皮肉である。だが、前述のとおりバブルがはじけつつある今、スライドとスピーチだけで稼ぐのは難しくなっており、稼げる技術で先行した企業と長期の基礎研究に耐えうる体力を持った企業以外は淘汰されていく可能性が高い。

2018年10月「ファーウェイコネクト2018」

2018年10月「ファーウェイコネクト2018」

 後者の注目株が通信の巨人ファーウェイだ。本格的なAIシフトを打ち出したのは2017年と遅かったが、その後猛烈な勢いで追い上げている。創業者の任正非は2017年秋のカナダ・ウォータールー大学の講演で、次のように話している。

「私たち大企業はのろまだが、落ち着いて変化を待ち、新たな転換が生じたらすぐに追いつく。…中略…AIでも遅れたが、今では管理の省力化と製品競争力の向上に力を入れている。エンジニア部では数千人を集めて必死に追いかけている」

 AIのトレンドを見極め、勝負すべきポイントだと確信してのAIシフトというわけだ。ファーウェイのAIシフトはまず社内向けの取り組みとして行われた。任正非は2017年秋のモントリオール大学の講演で次のように話している。

「AIについて2つの方向で努力を続けている。第一に我々の管理業務における重複労働の自動化だ。管理コストを引き下げると同時に、同じ作業の繰り返しを避けることで、疲労がもたらす低レベルのミスを避けることができる。

 第二に不確定な問題におけるファジー認識とスマート処理だ。ファーウェイは全世界30億人に通信を提供している。ネットワーク施設の総量は1兆ドルに達する。(大量の施設があるだけに)故障は年にのべ100万回に達するが、雪崩のように突然起きるのではなく、なにかしらの予兆があるはずだ。ただ人類の学習能力、記憶能力は(すべての予兆を把握できるほどの)容量はない。大量の専門家がいて初めて察知できることだが、残念なことに専門家の数は少ない。しかもネットワークはどんどん複雑になり、専門家の能力を超えつつある。そこで、AIの強力な反応能力があれば、故障が起きる前に予測、予防することができると信じている。そして80~90%の故障は自動修復できると期待している。人間が解決しなくてはならない故障は極少数で、しかもAIがどのような方法で対処すべきかを教えてくれる」

 まずはAIによる社内業務の改善から手がけたというわけだ。事務作業の自動化、故障の予測・予防というもっとも地味なところから手がけるあたりが、製造業出身のファーウェイらしさと言えそうだ。

「ファーウェイのAIポートフォリオ」を発表

 そして2018年10月のイベント「ファーウェイコネクト2018」では対外向けサービスの「ファーウェイのAIポートフォリオ」が発表された。スローガンは「フルスタック、オールシーン」だ。これはAIに関するあらゆる場面でファーウェイが一社で築いたプラットフォーム・サービスを提供することを意味している。

 「フルスタック」とはAIチップセット「Ascend」、ニューラルネットワーク向けコンピュートアーキテクチャー「CANN」、トレーニング・推論フレームワークの「MindSpore」、フルパイプラインイネーブルメントの「ModelArts」と事前統合ソリューション、これらすべてをファーウェイが提供することを意味する。特に現在“稼げる”AIの代表格である画像認識についてはアプリケーション開発プラットフォームHiLensを用意し、導入ハードルを引き下げた。

 特化型AIをサービスとして提供する「AIaaS」(AI as a service)を提供している企業は他にもあるが、基本的には複数企業のサービスを組み合わせて作ったソリューションだ。一方、ファーウェイはAIチップから始まる一切合切を自社のみで提供しようというわけだ。

 そして「オールシーン」とは「コンシューマーデバイス、パブリッククラウド、プライベートクラウド、エッジコンピューティング、IoTデバイス」など、計算能力も大きさもまったく違うあらゆるシーンで稼働するAIサービスを提供することを意味している。ディープラーニングではAIを鍛える“トレーニング”とそれを実際に活用する“推論”で分かれている。前者に使うAIチップではNVIDIAが圧倒的なシェアを握り、後者では多くの企業が製品を作っているが、ファーウェイはトレーニング用、推論用のチップセットを共通のフレームワークで製造することによって、開発ハードルを下げることを目的としている。

 こうみると、ファーウェイがAIビジネスを独り占めしてしまうかのように見えるが、一方で手を出さない分野もある。それは「上不碰应用,下不碰数据」(上はアプリケーションに触れず、下はデータに触れず)というスローガンに集約されている。AIを活用するための土台はすべてファーウェイが用意するが、その上で走るアプリケーションはクライアントかサードパーティーが作ることが原則だ。ファーウェイは今後3年間で100万のパートナー企業、開発者を集めるAIエコシステムの構築を目指しているが、そうしたパートナーの食い扶持には手を出さないという宣言だ。

 そして「下」では顧客が保有するデータにも手を触れないと強調している。情報流出への疑念からファーウェイは先進各国の5G通信設備入札から排除されているが、1990年代から国際展開を続けてきたファーウェイは中国企業の中でももっとも「赤い疑惑」の逆風にさらされてきた企業であり、顧客の情報安全に配慮していることをアピールしてきた企業だ。それはたんなる宣伝だけではなく、重要なデータはクライアント企業自らが管理するプライベートクラウドに収納するよう促し、ファーウェイも手を触れられない構造にするなど、システム的に情報安全を保障できる仕組みを提案してきた。

 日本と中国は日本海を隔てただけの隣国だが、こうした情報の伝達は驚くほど遅い。NVIDIAやグーグルなどのAI巨頭にケンカを売る、ファーウェイの野心的な構想も日本ではほとんど知られていない。日本では「中国のAI恐るべし」との報道が続くなかで、中国では「AIの冬」が取り沙汰されている。そして日本で「AIの冬」が注目される頃には、中国は“本物”のAIを求めたハイレベルの研究が進んでいるわけだ。

 日中間の情報の障壁を薄くし、中国のテクノロジー、AI、ビジネスの現状をいかに正確に把握するかは日本にとって大きな課題だ。

高口康太 Written by
ジャーナリスト、翻訳家。 1976年生まれ。二度の中国留学を経て、中国専門のジャーナリストに。『ニューズウィーク日本版』『週刊東洋経済』など各誌に多数の記事を寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)。