生身の身体とは別の自分、分身ロボット(アバター)が世界を自由に活動する――。全日空(ANA)が、こんなアバター技術開発に本気でコミットする。3月にANAがスポンサーとなるアバター技術開発の世界的賞金レースがローンチ(公開)される。なぜ、航空運輸業を核とするANAがアバターなのか。ANAホールディングスの深堀昂氏(31、デジタル・デザイン・ラボ=DDLab=アバター・プログラム・ディレクター)と梶谷ケビン氏(33、DDLab イノベーション・リサーチャー)は「アバターはこれまでの概念を覆す究極の移動手段。世界中にインパクトを与え、社会課題を解決したい」と語る。
「今回のプロジェクトを始めて、身体拡張という意味でアバターは究極の移動手段であると気がつきました。生身の人間ではない方が、実はできること多いのです」(梶谷氏)。
ANAは2016年、日本企業として初めて米国の非営利財団、XPRIZE財団とパートナー契約を締結。同財団はイノベーションの加速、社会課題の解決を目的に技術開発の賞金レースを実施している。次期賞金レーステーマとして、ANAが提案した「ANA AVATAR XPRIZE」がグランプリを獲得した。
「ANA AVATAR XPRIZE」はVR(仮想現実)やロボティクス、センサーなどの技術を組み合わせ時間や距離、身体能力といった制限に関係なく「移動」できる技術の実用化を目指す。遠隔医療・教育、災害現場での活動支援の可能性が広がり、また新しい形の旅行や体験も誕生するかもしれない。
梶谷氏の言う「究極の移動手段」とはどういうことだろうか。深堀氏が解説する。
「仮に、どこでもドアがあっても、生身の身体で深海や宇宙に行くことは不可能。しかしアバターなら放射能汚染地域でも、高温高熱の過酷な環境でも、どこにでも行くことができます。また、寝たきりの人でも草原を走ることができる。場所や身体の物理的制限がなくなるのです」。さらに「ミジンコサイズのアバターができれば、サイズも変えられますから、スモールライト(ドラえもんの道具 体のサイズを小さくできる)を実現するのと同じです」とも。
すでにVR用のヘッドマウントディスプレイと5G回線、各種センサーなどを使い、人間の体の動きによって遠隔地のロボットを操作、逆にロボットからの視覚、触覚の一部を人間に伝える技術が、実用化一歩手前の状況にある。
「ANA AVATAR XPRIZE」が目指すのは、これを進化させた究極のアバター。生身の身体とは異なる場所に存在し、物理的に物を動かしたり触ったりし、アバターの感覚が人間にフィードバックされるテクノロジーの実現だ。
実は深掘氏らは当初、テーマとしてアバターではなくテレポーテーションを考えていた。一般には究極の移動と考えられる瞬間移動、いわば、どこでもドアだ。
もともとANAは、XPRIZE財団とマーケティングタイアップを行っていた。XPRIZE財団はそれまで賞金レースのテーマを独自に設計していたが、2016年度から外部組織とチームを編成、約半年かけてテーマを設計するビジョネアーズ(VISIONEERS)を実施している。ここにANAもエントリー。ビジョネアーズの初日、深堀氏らはテレポーテーションを提案したところ、「発想がぶっ飛びすぎている」と周囲から失笑されたという。ただ唯一理解を示したのが、XPRIZE創始者のピーター・ディマンティス会長だったという。
「テレポーテーションはピーターに刺さっていたようで、本気になってエキサイトしてくれた」(梶谷氏)。その後、2人はテレポーテーションの技術的可能性について研究者を訪ねて回った。しかし「さすがにあと100年はかかると言われてしまい」(深堀氏)断念。結果的にはこれが、テレポーテーションを超える移動手段、アバターにプロジェクトをシフトさせることにつながった。
DDLabは2016年4月、「破壊的イノベーションを起こす」ことを目的に設置され「片野坂真哉CEOの肝いりでエース級の人材を投入」(広報)した。社内公募によりエンジニアからキャビンアテンダント、物流など、あらゆる分野から集まった35人が所属している。
深掘氏は東海大学航空宇宙学科を卒業後、2008年に入社した「ピュアな飛行機好き」で、パイロットの操作手順等を管理する運航技術やマーケティング室でプロモーションを担当。梶谷氏は米シアトル出身。米ワシントン大学で航空宇宙工学を学び首席で卒業。ボーイングで787の設計をしていた。2009年に来日、2010年に入社した。
アバターが実現すれば「大好きな」飛行機による移動需要が減少するカニバリズム(共食い)になる懸念はないのか。
DDLabで深堀氏らは「そもそも、ANAは何をしてきたのか」を議論したという。その結論は「距離と時間と文化を超えて、人と人をつなげる、距離を短くする」ことだった。梶谷氏は「長距離移動をする場合に飛行機は最も効率的でほぼ唯一の手段であるけれども、世界人口70億人のうち6%にしか提供できていません。長距離移動を6%以外に広げるためには、新しい技術を取り入れないとならないという結論だった」という。
仮にアバターによるビジネス需要の落ち込みが起きたとしても、新しい技術で人と人をつなげる方が、ANAのミッションにかなう。また、どれだけアバターが進化しても「主役はロボットではなく、ロボットの中に意識が入る人間。リアルの世界にデジタルが完全に追いつくことは難しい。アバターでいちご狩りをしたら、次は本当に行ってそのいちごを食べたくなるでしょう」(深堀氏)との確信もある。
「ANA AVATAR XPRIZE」は、2018年3月にアメリカテキサス州で開催される「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)」で正式にローンチ、賞金レースが始まる予定。ANAが数十億円を拠出するスポンサーとなる。
XPRIZE財団は1995年に起業家のピーター・ディアマンティス(Peter Diamandis)氏が設立。現在は2018年3月31日を期限とする月面への民間ロボット探査「Google Lunar X PRIZE」が行われている。「Google Lunar X PRIZE」はグーグルがスポンサーで賞金総額30億円。日本の「HAKUTO」が参加している。ディアマンティス氏は2008年、科学者で発明家のレイ・カーツワイル氏とシンギュラリティ大学も創設している。
深掘氏は「実現にあと10年、20年かかると言われる超高性能アバターの実現を一気に縮めるとともに、『こんな使い方ができますよ』という関連技術、ユースケースとセットにして世の中に出していきたい」、梶谷氏は「世界には現在も、医療や教育にアクセスできない人たちが多くいる。生まれた場所で人生が決まるという現実を超え、世界70億人のマインドをアンロック(解放)し、つながることで、人類の課題解決が加速することを期待している」と語った。
・ANAプレスリリース XPRIZE財団とパートナー契約を締結
・ANA Avatar XPRIZE on NBC 4 News(ANA Global Channel)