アポロが月に着陸した時代から宇宙産業は国家規模の事業だったが、近年はこの分野への民間企業の進出が著しい。月や火星への到達、探索。未知なる宇宙空間の探査など、宇宙をフィールドにした事業分野はさまざまあるが、近年、活況を呈している宇宙ビジネスは、人工衛星を活用したビジネスだ。
人工衛星から送られるデータは、さまざまな作業や情報と組み合わせることで、新たな付加価値やサービスを生み出すことができる。たとえば、青森県で収穫されるブランド米「青天の霹靂(へきれき)」は、米の味を左右するタンパク質含有率を衛星画像から分析し、生産管理を徹底したことで、それまで実現しなかった最高評価の取得に成功した。また米国Orbital Insight社は、小型衛星によって撮影された世界中の石油タンクの画像から石油備蓄量を推測することで、石油の先物投資情報を提供するサービスを実現している。こうした状況を背景に、衛星データを利活用しようとするベンチャー企業など、新たなプレイヤーが次々と登場している。
日本政府も2016年4月に閣議決定された「宇宙基本計画」に基づき、国内の宇宙産業の市場規模を約1.2兆円(2017年時点)から、2030年代早期に倍増することを目標に掲げた「宇宙産業ビジョン2030」を作成。宇宙ビジネスの振興のため、さまざまな支援をはじめている。たとえば、成長段階にある宇宙ベンチャー企業への政府系機関による資金提供や、一般から広くアイデアを募る宇宙ビジネスコンテスト「S-Booster」、さらに宇宙に関わる企業や個人の裾野を広げるためのネットワーキング活動「S-NET」の実施がそれだ。
このように国内の宇宙産業は盛り上がっているものの、課題もある。宇宙産業では、ビジネスアイデアを持つ個人や企業が、初期の資金調達を行える仕組みが整っておらず、ベンチャー企業の新規参入が滞っているというのだ。
こうした状況を打破しようと、日本政府が2018年5月に開設したマッチングサイトが「S-Matching(エス・マッチング)」だ。「S-Matching」が日本の宇宙産業の活性化にどう寄与するのか。その開設に関わった内閣府の長宗豊和氏、経済産業省の國澤朋久氏、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、NEDO)の金子和生氏に話を聞いた。
宇宙ビジネスの「起業家」と「投資家」が出会う場
――まず「S-Matching」を作った理由を教えてください。
長宗豊和氏(以下、長宗):われわれは宇宙ビジネスに関わるベンチャー企業をどんどん支援し伸ばしていきたいと考えています。ところが日本の宇宙ベンチャーを取り巻く環境には問題があります。
一般的にベンチャー企業の成長には4つの段階があると考えられています。まず早期の段階であるシード、次に事業化が進んだアーリーとミドル、そしてベンチャーから脱却していくレイタという段階です。
現在、宇宙ビジネスに関わる既存ベンチャー企業の多くが、アーリーからミドルにいます。この段階にいるベンチャー企業には、政府機関である日本政策投資銀行(DBJ)や産業革新機構(INCJ)などが投資をして支援することが可能です。問題は、この前の段階です。
――というと?
長宗:シード段階にいるベンチャー企業が非常に少ないのです。つまり、次に続くベンチャー企業が生まれていない。これが問題なのです。
実は宇宙に関するビジネスアイデアはあっても、それを事業化するための最初の資金が無いため、アイデア止まりになっている企業や個人が多い。また投資家側も起業家になかなかアプローチできずにいるのです。そこで、われわれが開設したのが、ビジネスアイデアを持つ起業家が(最初の)投資家と出会えるマッチングサイト「S-Matching」です。両者がつながる場を作ることで、ベンチャー企業の誕生を促そうと考えたのです。
開始から約3ヶ月、出だしは好調
――具体的にはどのようなサイトなのでしょう?
金子和生氏(以下、金子):起業家と投資家、どちらも利用できるサイトとなっています。起業家であれば、法人でも個人でも、基本情報と自分が扱うジャンルなどを説明した自己紹介文を記入いただければ登録できます。登録後にはアイデアを投稿し、出資してくれそうな投資家を探してサイト上でコンタクトできます。
投資家もフォームに基本情報を入力することで登録できます(※)。投資家の登録フォームには、関心のある分野や起業家のステージを記入する項目が設けてあります。この情報があることで、起業家が投資家を探す際に、関心事を知ったうえで、コンタクトできるようになっています。また、投資家も起業家が投稿したアイデアを閲覧し、出資したい起業家を探してサイト上でコンタクトすることも可能です。(※ただし投資能力の審査がある)
――マッチングが成立した後、政府が関与していくことはないのでしょうか?
國澤朋久氏(以下、國澤):全ての案件に関与していくことはしませんが、アイデアの中で環境整備や新しい制度を作る必要がある場合などは、われわれが関与していく可能性はあります。
――開設から3ヶ月ほど経った今(2018年8月27日)、利用状況は?
金子:起業家が214件。投資家は54件です。あと「S-Matching」では、投資家が検索する対象の事業アイデアを起業家が投稿する仕組みなのですが、これは現在32件。投稿準備中のアイデアも多数あるようですから、アイデア投稿はどんどん増えていくと思われます。
國澤:登録者やアイデアの投稿数が増えてくれば、たとえば、起業家が複数の投資家の前でプレゼンテーションをするピッチ・イベントなど、リアルなイベントを織り交ぜながら、宇宙ビジネスの創出を支援できればと考えています。
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「S-Matching」のほかに、宇宙ビジネスを推進する動きとしては、「政府衛星データのオープン&フリー化」がある。國澤氏によれば、これまで政府衛星が蓄積してきたデータを民間企業が利用するには、有償なうえ、データが大きすぎて一般のコンピュータで扱うのが難しかった。そんな政府衛星データを、一般の人が原則無償で利用できるプラットフォームを作るという。さらに長宗氏は、測位誤差が数センチにまで減る「準天頂衛星」(いわゆる日本版GPS)のサービスが11月1日に開始されることをあげた。
「S-Matching」の開設により、宇宙ベンチャーに対する政府の支援は、ビジネスアイデアから事業化まで切れ目なく行えるようになった。日本の宇宙産業が大きく育つかどうか、これから数年の動きがカギとなりそうだ。