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デジタルセラピューティクス(DTx)の衝撃を日本にも

この日登壇したDG宇佐美(左)DTA Megan Coder氏(中央)キュア・アップ宮田氏(右)

この日登壇したDG宇佐美(左)DTA Megan Coder氏(中央)キュア・アップ宮田氏(右)

 デジタル機器やIoTの導入は、医療や健康管理の分野でも着々と進んでいる。そうしたなかでも近年注目を集めつつあるのがDTx(Digital Therapeutics デジタル療法)と呼ばれる取り組みだ。DTxではスマホのアプリやIoTディバイスなどを、高血圧や糖尿病、精神神経疾患などへの治療介入に活用する。2010年に米国のWellDoc社が「Bluestar」という2型糖尿病患者向けの治療補助アプリで米国のFDA(Food and Drug Administration アメリカ食品医薬局)の認証を得たことで注目を集めるようになった。

 こうした新たな試みは、スタートアップ企業が中心的な役割を担っている。ヘルステックの分野は米国ではこの数年、ベンチャー投資において最も有望な投資分野のひとつとみなされ、研究開発に必要な多額の資金調達も可能となり、エコシステムが整いつつある。

 DTxで先行する米国の事例と、日本での取り組みについて「デジタルセラピューティクス(DTx)の衝撃」と題されたセミナーが、4月11日に東京・中央区のJBA(一般社団法人バイオインダストリー協会)で開催された。

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デジタルガレージの宇佐美はDTxの概況を説明
デジタルガレージの宇佐美はDTxの概況を説明

 この市場の動向に詳しい株式会社デジタルガレージの宇佐美克明によると、米国でのこの分野における資金調達の規模は日本よりはるかに大きく、2013年創業のPEAR THERAPEUTICS社はすでに約1.4億ドルもの資金を集めている。同社は覚醒剤やコカイン、アルコールなどの物質使用障害患者を治療するためのアプリでFDAの認可を得ている。また、2011年創業のAkili Interactive(本社:米マサチューセッツ州ボストン)はこれまで約1.2億ドルの資金調達に成功している。

 日本の製薬企業もこうした米国企業への投資を進めており、今年3月には塩野義製薬が、Akili社の小児ADHD(注意欠陥/多動性障害)等を対象としたデジタル治療用アプリ の日本・台湾における独占的開発・販売権を得る契約を締結したと発表した。同社のアプリは、スマホやタブレットのゲームをプレイすることで、認知機能において重要な役割を果たすといわれる脳の前頭前野を活性化するように設計されている。現在、米国においては小児 ADHD のデジタル治療用アプリとして FDA へ承認申請中だ。

 一方で日本のスタートアップもグローバル展開を視野に入れつつDTxに取り組み始めている。

 2014年7月に設立された株式会社キュア・アップは、この日のセミナーでCOOの宮田尚氏が、同社の禁煙治療のアプリの取り組みになどについて話をした。

キュア・アップCOOの宮田尚氏
キュア・アップCOOの宮田尚氏

 読者の中にも経験がある方もいると思うが、禁煙の取り組みは持続させることが難しい。禁煙治療を開始した人が1年後も禁煙を継続できる割合は、なんとたったの30%。実に7割の人が、禁煙に失敗しており、治療に要した時間とお金が無駄になっている。こうした状況がアプリを併用することによって改善できるという。通院による治療では、毎日病院に通うわけにはいかず、来院と来院の間隔が空いてしまう。その間は禁煙への支援やアドバイスを受けることができないが、手元にあるアプリはこの空白の期間のフォローが可能となる。禁煙の治療では、医薬品とアプリを併用しながら治療効果を高める。この場合治療用アプリは、患者の行動変容を促す役割を果たす。

 ところで、このように行動変容促す治療用アプリには、グローバル展開をするにあたっての課題があるという。国や地域が異なれば、食や生活環境等の行動様式が異なる。高血圧治療において日本では「塩分を控えるために、お味噌汁・漬物の塩分コントロールを」というアドバイスが有効だが、食習慣が異なる他の国では事情が変わる。禁煙においても米国では室内は基本禁煙だが、日本では建物内に喫煙室があり再喫煙へのハードルが低い、といったようなことである。

 この禁煙アプリは、まずは国内でのサービスを行うため、現在日本国内で始めてとなる治療用アプリの治験を実施中だ。

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 この日のセミナーで最後に登壇したMegan Coder氏は米国Digital Therapeutics Alliance(以下、DTA)のExecutive Directorだ。DTxの取り組みで先行する米国ではDTAのような業界をリードする非営利の業界団体が存在する。

DTAのMegan Coder氏
DTAのMegan Coder氏

 デジタル機器を活用し、治療を行うという試みは、関連する業界の利害得失、治療効果の有用性など、既存の医薬品・医療機器業界や規制官庁ばかりでなく、使用側である医師・患者自身にも戸惑いが多い。こうした諸問題を解決するにはデジタル治療に参入する企業をも含めたステークホルダーがそろって参加し議論する場が必要になる。

 DTAはこれら諸課題に取り組み、精力的にFDAへ提言を行い、デジタル治療のスケーラビリティを図っている。

 DTxは医療の諸問題を解決してくれる有望な産業のひとつになるに違いない。今後、日本のスタートアップの参入も続くだろう。しかし、エコシステム構築には資金の他にも、行政や医学会、患者側の理解などなにかと準備が必要なものがあるようだ。日本でも早期に環境が整うことを期待したい。

Written by
朝日新聞社にてデジタルメディア全般を手掛ける。「kotobank.jp」の創設。「asahi.com(現朝日新聞デジタル)」編集長を経て、朝日新聞出版にて「dot.(現AERAdot.)」を立ち上げ、統括。現在は「DG Lab Haus」編集長。