2018年後半から、宇宙ビジネス関連の新しいサービスの開始が続いている。
2018年11月には、米国のGPSと補完し合うことで、高精度測位が可能となる「みちびき(準天頂衛星システム、日本版GPS)」がサービスをスタート。2019年2月には、これまで官公庁利用が中心であった衛星データを民間にも解放する衛星データプラットフォーム「Tellus」(テルース)が運用を開始した。
この2つのサービスが始まったことで、宇宙ビジネスの活性化が期待されるが、具体的にどのような活用法があり、どういったビジネスが生み出されようとしているのだろう。
2019年3月25日に東京・日本橋ホールで開催された「S-NET 宇宙利用シンポジウム 〜誰もが使える衛星データでこれまでにない価値を〜」(※)で、宇宙利用の事例を取材した。
※ S-NET(スペース・ニューエコノミー創造ネットワーク)は、内閣府宇宙開発戦略推進事務局が2016年3月に立ち上げた企業・個人・団体を対象としたネットワーキング活動。
シンポジウムでは、「みちびき」による高精度測位サービスや、「Tellus」などが提供する衛星データのさまざまな活用事例が紹介された。そのなかでも参加者の大きな関心を集めていたのが、シンポジウム冒頭に行われた「みちびきを活用した位置情報サービスの可能性」と題されたパネルディスカッションだ。
現在提供されている測位サービスは、その多くがアメリカのGPS衛星からの測位信号(電波)をもとに位置情報が提供されている。ところがGPSの場合、ビルなどに電波が遮られたときには誤差が数メートルに及ぶなど、位置情報を正確に得られない場合がある。一方「みちびき」は、日本が運用する4機の人工衛星とGPSが補完し合うことで、安定的かつ、センチメーター級測位(誤差数cm)やサブメーター級測位(誤差1m以下)といった非常に高精度な測位が可能になる。
パネルディスカッションでは、「みちびき」のビジネス活用について、さまざまな業界から集まったパネリストが議論を交わした。
物流情報プラットフォームを開発するスタートアップ株式会社Hacobu(東京都港区)の代表取締役社長CEO佐々木太郎氏は、「マテリアルハンドリングの紛失防止に役立てられる」と述べる。物流会社では、荷物を積むためのコンテナ(容器)やパレット(台)などの「マテリアルハンドリング」機器を多数扱う。これらの位置を「みちびき」の高精度測位で把握することで、紛失を防ぎ、作業を大幅に効率化できる可能性が高いという。
ブロックチェーンの産業実装に取り組むカレンシーポート株式会社(東京都千代田区)代表取締役 CEO杉井靖典氏は、「電子署名に『どこで(位置)』『いつ(時刻)』の情報を加えられる可能性がある」と説明する。
仮想通貨などの取引履歴(トランザクション)を記録するプラットフォームであるブロックチェーンには、取引をした人を特定するための電子署名の仕組みが欠かせない。これまでの基盤では、電子署名における「誰が」を特定することができたが、『どこで(位置)』『いつ(時刻)』の情報を加えるには第三者機関の認定が必要だった。だが「みちびき」のサービスが始まったことで、『どこで』『いつ』の情報を電子署名に容易に加えられる可能性が高まったという。
「電子署名に、位置と時刻の情報が加われば、『スマートコントラクト』(契約の自動執行)を実現できるのではと、大きな期待を抱いています」(杉井氏)
杉井氏は、スマートコントラクトの具体的な例として、ジオフェンス(位置情報と連動し、仮想的にエリアを設定する)と併用し、特定の資格を持った利用者(会員)が入ってくると自動でゲートが開閉したり、車を停めた時間に応じて、自動で課金される自動パーキングのようなシステムなどをあげた。
「ほとんどの商取引は、ユーザーに何らかの権利を与え、それを使ってもらい課金する仕組みですが、『みちびき』のサービスにより、全ての商取引のあり方が変わっていくと思います」(杉井氏)
VRやAR技術を活用したコンテンツを開発するグリー株式会社の原田考多氏は、ARグラスなどのデバイスが普及することで、現実世界と仮想世界の二重化が起こると予想されるが、その仮想世界に広告を置くことでビジネスが発生する可能性が高いと述べる。
「仮想世界の広告は、自分の位置と物の位置がきちんと取れるというのが前提条件です。例えば広告の一環で、好きなアイドルの隣に座れるイベントを実施したときに位置がずれていたら困りますよね。『みちびき』の高精度測位サービスは、そうしたときに重要な役割を果たすと思います」(原田氏)
シンポジウム後半では衛星データプラットフォーム「Tellus」のサービス開始を受け、衛星データを活用した先駆的な取り組みも複数紹介された。その多くが農業や漁業など第一次産業に関連するものだったが、成果が顕著だったのが、100年以上続く老舗魚網会社・日東製網株式会社の細川貴志氏らによる「衛星を利用した定置網業魚向け情報サービス」だ。
定置網漁では、海中に定置網を設置し漁獲する。魚を水揚げするときには船で網を仕掛けた場所まで行くのだが、魚が捕れているかどうかは、網をあげるまでわからない。細川氏らは、こうした状況を改善するべく、衛星データを活用し、陸上(番屋)で漁獲量や来遊魚の種類などを予測できるシステムを構築した。
細川氏らが取り組んだのは、衛星データから網の形状変化をチェックする「網形状診断」、「衛星魚探ブイ」と「魚群来遊予測」という3つの実証事業だ。
「衛星魚探ブイ」とは、定置網内に魚群を探知できるブイを浮かべ、そのデータを衛星経由で陸上のモニターに送り、魚が入網したかをチェックする仕組み。実証実験を行った2箇所の漁場では、60%と87%の確率で当たったという。
「魚群来遊予測」では、過去10年間の水揚げデータと衛星データ(水温や水色などの海洋観測情報)から学習モデルを作り、どういった海洋環境のときにどのような魚が来遊するかを予測した。その結果、2018年の水揚げ実績では、ブリ、マグロ、イカが約60%、サケは90%もの高確率で来遊を予測できたという。
漁業者の反応も良好なようで、細川氏は「今後も実証を重ね事業化したい」と意気込みを述べ、講演を終えた。
* * *
「みちびき」の電波を受ける受信機をどう普及させるのか、「Tellus」で活用できる衛星データをどう拡充するのかなど、新サービス普及に向けた課題も残る。宇宙ビジネスの盛り上がりが一過性のものではなく、うまく軌道に乗れることを期待したい。