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Libra構想 ホワイトペーパーの実現は不可能? 京都大学大学院院・岩下直行教授が講演

 シンプルで国境のないグローバルな通貨と金融インフラ-を目指す-。フェイスブック(FB)の暗号資産Libra(リブラ)は、果たして“世界通貨”となるのか。暗号資産、電子決済に詳しい京都大学公共政策大学院の岩下直行教授は7月8日、東京都内の日本記者クラブで講演し「マネーロンダリング対策などFBが銀行と同等の規制を受けなければ、Libraは社会正義に反する恐れがある。Libraをホワイトペーパーのまま実現するのは無理だろう」との見解を示した。

Libraの構想と課題

 公表されているホワイトペーパーでは、Libraは

  • ブロックチェーン技術を利用したステーブル・コイン(価格変動がない、あるいは変動幅が小さい安定した通貨。米ドルなどの基軸通貨に価格を連動させるペッグ通貨とも)として設計
  • 独立組織であるLibra Associationが運営
  • 世界通貨として数十億人もの人々の金融基盤となることを目的とする
日本記者クラブで講演する岩下教授
日本記者クラブで講演する岩下教授

 などとしている。

 岩下教授は講演の前提として、暗号資産や電子通貨について自身は「親和性を持っており、暗号資産交換業への規制を手伝う立場にもある」と話した。その上で、①Libraは本当に価格変動しないのか ②規制監督を受けないLibraは責任の所在が不明であり信頼されるだろうか ③現行の通貨・為替制度を壊してまで世界通貨を導入する合理性必然性はあるか、事実上の世界通貨となっている米ドルに加えてLibraが必要とされるか。さらに、最も危惧される問題として ④脱税やマネーロンダリングに利用される恐れがある-とLibraの問題点・課題を挙げた。

規制されれば既存通貨システムに影響なし

 岩下教授は、このうち①の疑念についてブロックチェーン推進協会(BCCC)が実施した仮想通貨「ZEN」の例を挙げた。ZENはBCCCが常に1Zenを1円で買いを入れることで、1Zen≒1円とその価値が安定する前提で2017年に社会実験を行った。しかし実際には価値は安定せず、ZENの相場は1ZENが10,000円となってしまったこともある。Libraにも同様の懸念があり「マーケットは期待によって変動する。ステーブルコインとは言え、価格形成が合理的になされるかは分からない」と指摘した。

 また、最も深刻な課題であるとするマネーロンダリング対策については、国際送金の際に銀行が行うような厳格な本人確認などが必要で「それには大変なコストがかかる。仮にLibraを実現するのであれば、銀行と同等の規制を受けなければならないが、そうなるとLibraを自由に発展させることは難しい。FBも規制を嫌がるだろう」との見方を示した。

 マネーロンダリング対策などについては講演の後、ムニューシン米財務長官が「深刻な懸念がある。銀行と同じよう(規制対象として)扱う」と述べたほか、FBが関係当局の承認が得られるまで発行を始めない方針を明らかにしたなどと伝えられている。

 こうしたことから、岩下教授は「(SNSとしての)FBに付随して決済ツールができるとしてもアップル・ペイ、グーグル・ペイと同じく、ドル円といった既存の通貨システムに影響はない」とみる。

金融包摂の理想と現実

 Libraはホワイトペーパーで「もっと多くの人が金融サービスや安価な資本を利用できるようにする必要がある」とうたっている。未整備なインフラといった問題で銀行口座も持てない人々が、インターネットとスマートフォン、ブロックチェーンにより金融サービスの恩恵に浴すことができるよう「金融包摂」を進めるとの考えだ。

 岩下教授によれば、インドでは2013~2017年にデビットカードの発行枚数が4億枚から9億枚に急増。音声QRを使ったグーグル・ペイのインド版も普及しており、インド各地で数千万人のユーザーがいるという。

「インドでの金融包摂をグーグルが担っていることに注目したい。日本でもアップル・ペイなどが普及しており、GAFAが決済分野に進出することは珍しいことではない。しかしFBは決裁分野で遅れていた」と岩下教授は指摘する。その上で、「南米、アフリカでは金融包摂の恩恵はまだ行き渡っていない。Libraが解決しようとしているのはこの国々ではないか」。また「GAFAと呼ばれる巨大プラットフォーマーの中で、FBが決裁分野で遅れをとっている」ことも、Libra構想の背景にあるとみる。

 最後に岩下教授は「(FB創業者のザッカーバーグ氏は)事業家として、世の中をより良くしたいという真摯な気持ちを持っているのだろう。Libraを世界規模で展開し、金融包摂の行き渡らない悲惨な国々に安定した通貨決済システムを提供することで、社会課題を解決できるのではないか、という事業的なチャレンジは感じる。しかし、これは性善説に基づいている。深刻なのは、Libraは“お金”の問題だということであり、社会正義に反する使われ方をするリスクが高いということ。そこを深刻に考えていないのではないか」と語った。

岩下教授の講演は、YouTube日本記者クラブチャンネルで配信している。

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北海道新聞で記者を経て現在、東京支社メディア委員。デジタル分野のリサーチ、企画などを担当。共著書・編著に「頭脳対決!棋士vs.コンピュータ」(新潮文庫)、「AIの世紀 カンブリア爆発 ―人間と人工知能の進化と共生」(さくら舎)など。@TTets