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中国テック 新型コロナ対応で本当にすごいのはここだ

深セン市のほとんど乗客がいない地下鉄(筆者取材時に撮影)

深セン市のほとんど乗客がいない地下鉄(筆者取材時に撮影)

「新型コロナウイルスと中国テックについて、なにか書いてください」という依頼があったのは、もう1カ月以上も前になる。中国のテック企業に注目が集まる近年の流れからいっても、この非常事態に対応する技術が次々とあらわれるに違いなく、それを拾えばなにか記事が書けるはずということなのだろう。

 日本でもニュースになっていたが、湖北省武漢市では仮設病院「火神山医院」「雷神山医院」がわずか10日間という超短期で建設された。他にも5Gや人工知能などを使って新型コロナウイルスと戦う例が大小数多く連日のように報道されている。

 依頼があってから1カ月。原稿を書けずにずるずると引き延ばしてしまったのは第一に筆者の怠惰からであるが、それと同時にもうひとつの問題があった。中国の報道で日々取りあげられている「肺炎と戦う中国新技術」の報道がどこまで本物なのか、見分けるのが難しかったためである。

 “プレスリリース芸”という言葉がある。なにかすごいことをやりましたよというプレスリリースを打って耳目を集めるが、実はまったく内容を伴っていないというものだ。日本でも見かけるが、中国はなにせ「白髪三千丈」(*唐代の詩人、李白の詩の一節。誇張された表現の例)のお国柄だけに、プレスリリース芸も壮大だ。

 一例をあげると、2016年には「巴鉄」なる中国の新発明が日本でも話題になった。道路の上を跨ぎ、覆いかぶさるような形をした電車で、乗用車はその下の道路を普通どおりに走行できるという仕組みで、年内にもこの夢の交通システムの試験運用が始まる……と報じられたわけだが、実際には300メートルぐらいの試験路線を作っただけで終わり。翌年には違法な出資集めだったとして関係者は逮捕されている。

 巴鉄ほど壮大なホラ話は中国でもなかなかないが、軽く盛ったプレスリリースは多い。しかも新型コロナウイルスに関連する製品やサービスのニュースは注目を集めやすいので、自社の露出を増やすビッグチャンスなのだ。かくしてさまざまな企業が必死になってアピールをする。

 最近では日本に「進んだ中国のテックを日本に紹介する」ことを生業としているライターも多くなり、こうしたリリースがそのまま紹介されることもある。だが、本当に使われているのか、実用性があるのかをきちんと調べている人はあまりいないのではないか。

 メディアの側も問題で、ともかく“すごい技術”を求めている。あるテレビ局関係者に、中国ではデジタル技術を活用して濃厚接触者の追跡を行っていると説明したところ、「携帯のGPS情報を取得して全国民の移動履歴を把握しているので、すべて政府に筒抜けなのだ」と早合点して興奮していたが、「いや、紙に名前を書かせるかわりに、QRコードとスマホでデジタル記録に変えるとかですね」と説明するとがっかりというような具合だ。

 こう書くと、「やはり中国のテックははったり」と思われるかもしれないが、それは違う。名作小説『星の王子さま』には「大切なものは、目にみえない」という一節があるが、テックも同じで「本当にすごいものは、目立たない」ことが多い。それを見分けるのがなかなか大変なのだが、このひと月の間に中国の現地取材を経て、「こいつは本物」という事例を紹介したい。

■新設病院を5Gエリアに

 わずか10日間で建設された仮設病院だが、その仮設病院をカバーする5Gネットワークの基地局建設もこれもまたわずか3日でできあがったという。仮設病院に5Gは必要なのか、いったい何に使われるのかという点が気になるが、答えは「有線ネットワークの代わりに5Gを使った」だけという。

 新設の病院に有線のインターネット回線を引き込み、張り巡らせるのには手間がかかる。それと比べれば、基地局を建てて要所要所にCPE(Customer Premises Equipment、宅内通信機器)を設置するほうが手っ取り早いというわけだ。将来的には有線ネット回線をすべて無線で代替するのが一般的になるとも言われているが、ここで先取りした形だ。

 病院ではテレビ電話を使った問診などで医療スタッフが感染者との接触をなるべく避けるシステムなども導入されたが、それらも5Gならではの高速や低遅延を必要とするものではない。有線回線とWi-Fiでも同じことができるのだが、そこにあえて5G基地局を使うことで建設期間を短縮したという“すごさ”がある。

■約6億人近くがリモートでも大丈夫

 中国調査企業アイアイメディアリサーチの報告書によると、2月3日には中国全土で約3億人が在宅勤務を行ったという。メッセージアプリのウィーチャットを使い、チャットで連絡するだけというやり方もあれば、ウェブ会議を使って従業員全体の朝会を行うところもあった。

 いきなり膨大なネットトラフィックが生まれたわけだが、たいした混乱もなく乗り切れたようだ。

化粧をしなくてもビデオ会議に出席できるAR美顔機能を追加したアリババグループのDingtalk
化粧をしなくてもビデオ会議に出席できるAR美顔機能を追加したアリババグループのDingtalk

 近年はアリババグループのDingTalk、テンセントのウィーチャットワーク、バイトダンスの飛書、ファーウェイのWelinkなどのグループウェア的なアプリが勢力を伸ばしていたが、今回の非常事態でそれぞれ一気にダウンロード数を伸ばした。中でも現在業界トップとみられるDingTalkは2月上旬にはアップルのアプリストアランキングでウィーチャットを上回る順位という快挙を成し遂げた。アリババもこれをチャンスとみて、機能追加を続けている。在宅勤務者向けに化粧をしなくてもビデオ会議に出席できるAR美顔機能を緊急追加したほか、2月25日にはバージョン5.0へのメジャーアップデートを実施している。

 リモートワークと同時にオンライン教育のニーズも生まれている。小学校から大学までが一気にオンライン授業に切り替わったのだが、生徒・学生の総数は約2億7000万人。これだけの数が一気にオンラインで授業を受けてたいして混乱がないというのは驚きだ。授業で使われているツールはリモートワークとほぼ同じだ。自治体によっては独自にオンライン教育システムを作り上げたところもある。

 リモートワークとオンライン教育で、一挙に6億人近い人々がリアル中心からネット中心に移行したわけだが、それをさほどの混乱なくさばくところに中国の実力が発揮されている。

■自分の居場所をQRコードで

 感染病の抑え込みにはともかく記録することが重要だ。発症者と接触した人物のリストを作り、その中から発症者がでないか監視していく。コントロール不能になった湖北省では感染ルートを追い切れてないとみられるが、それ以外の地域では中国は愚直な記録で把握に努めている。

QRコードからの注文画面。名前と電話番号の記入が必須に
QRコードからの注文画面。名前と電話番号の記入が必須に

 筆者が2月中旬に広東省深セン市を訪問した際には、ホテルやショッピングモールなどさまざまな場所で、名前やID、電話番号を紙のリストに書くよう求められた。これは感染者がいた場所に他に誰がいたのかをすぐに把握できるようにする仕組みだ。これが当初の紙への記録から徐々にQRコードとスマホを使った記録に置き換えられつつある。

 場所ごとに固有のQRコードを貼りだし、市民はそれをスマホで読み込む。これで誰が、いつ、この場所にいたのかという記録ができる。手書きよりもよっぽど早いし、記録を利用する当局にとってもデータの処理が容易だ。

 このQRコード式の登記システムはさまざまな場所で活用されるようになっている。広東省広州市在住する知人の話によると、飲食店でのQRコード注文システムにも実名制が導入されたのだとか。その店で発症者が出たら、同じ時間にいた客をすぐに把握できる。筆者が深セン市の地下鉄で見かけたのは車両内に張り出されたQRコード。乗客全員がスキャンする義務がある。誰が、いつ、どの車両に乗っていたかの記録が残されるので、濃厚接触者の追跡がすぐに可能となる。

 どのレストランでご飯を食べたのか、地下鉄のどの車両に乗っていたのかまですべてを政府に報告するという、すさまじい監視社会ぶりだが、その甲斐あってか中国は抑え込みに成功しつつある。3月4日時点での新規感染者数は139人、うち湖北省以外の感染者数は5人にまで減少している。

 仮設病院へ惜しげもなく5Gによる高速ネットワーク敷設する。大規模なリモートワークとオンライン教育を大きな混乱なく実施する。さらには、QRコードを使った濃厚接触者追跡。いずれもわかりやすく、一見“すごい”ものではないかもしれないが、どれも確かな実効性を持っている。

高口康太 Written by
ジャーナリスト、翻訳家、千葉大学客員准教授。 1976年生まれ。二度の中国留学を経て、中国専門のジャーナリストに。『ニューズウィーク日本版』『週刊東洋経済』など各誌に多数の記事を寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)。