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「DTx先進国」の取り組みとCOVID-19パンデミックの影響は

DTxイメージ図(Photo by Mykenzie Johnson on Unsplash)

DTxイメージ図(Photo by Mykenzie Johnson on Unsplash)

 本稿に先立つ記事では、デジタルセラピューティクス(DTx)の活用が広がっている米国の例と、日本で初めて医療機器として承認されたDTxであるCureAppのニコチン依存症治療アプリについて紹介した。今後は日本においてもDTxの開発や利用が広がっていくことが期待されるが、そのための素地として何が求められているのだろうか。

 最近のDTx先進各国の取り組みを見ていくと、新型コロナウイルスの流行下で、社会におけるDTxの役割をそれぞれの形で深化させていることがわかる。

「ハードでなくソフト」の医療機器――国際的な概念「SaMD」

 まず、医療やヘルスケアとデジタル技術が融合し、DTxへと発展した道筋を知る上で、国際的な議論の流れを紹介したい。DTxを含む医療機器については、国際医療機器規制当局フォーラム(International Medical Device Regulators Forum: IMDRF)が医療機器の国際的な整合性を図っている。日本のほかEU、米、露、中、韓などの医療機器の規制当局が参加し、WHOが公式オブザーバーの任意の活動であり、ここで決められたことは各国・地域における医療機器の承認や流通に影響する。

 従って、IMDRFの取り決めは事実上、国際的に通用する医療機器についての考え方だと理解できる。日本からは、厚生労働省管轄で医薬品や医療機器の審査を行う独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)が参加している。

 IMDRFでは2014年、医療においてソフトウェアの果たす役割が増えていることを背景に、従来から広く使われている医療機器の一部の役割を担うソフトウェアと、ソフトウェア単体としての医療機器を明確に区別した。

 特に後者を「ハードウェア医療機器の一部としてではなく、医療目的で用いられる医療機器としてのソフトウェア」とし、名称をSoftware as a Medical Device(「プログラム医療機器」あるいは「ソフトウェア医療機器」などと翻訳 以下、SaMD)と定義したほか、医療目的としてのリスク評価など品質管理についても指針を示している。DTxは、こうした国際的な取り組みを基礎としたSaMDの原則に従って発展してきている。

 例えば、米国に代表されるようにDTxの開発や利用が進んでいる国には、DTxへの取り組みについて政府が何らかの枠組みを示し、国としての姿勢や方針を明らかにしているケースが多い。DTxを開発する個々のベンチャー企業が活発であることももちろん重要だが、その背景として国が医療政策においてDTxをどのように捉えているかを示すことはさらに重要である。新型コロナウイルスの流行下では、こうした姿勢がより顕著になってきている。

パンデミックによりDTxの存在感が増す? 「DTx先進国」での取り組み

 以前の記事でも触れたとおり、米国ではFDAが新型コロナウイルスの流行を受け、今年4月にガイドラインを発表している。そこでは「公衆衛生の緊急事態に直面している医療機関への負担を減らすことにもなる」として、認知行動療法に用いられるDTxなどについて、深刻な影響を引き起こさないと判断できる限りにおいて、所定の審査を経ずに市場に出て良いとする判断を示している。

 この判断は、DTx関係者からも驚きと歓迎をもって受け入れられたが、この判断の前段には、FDAの「Pre-Cert(Digital Health Software Precertification (Pre-Cert) Program」という制度がある。

 「事前の、あらかじめ」を意味する「pre」と「証明」を意味する「cert(certification)」の組み合わせの意味するところは、デバイスそのものではなく、アプリなどソフトの製造企業の能力に焦点を当てることで、審査にかかる時間を短縮する点だ。開発能力やテスト能力など一定の条件を満たしている企業を「Pre-Cert(プレサート)」することで、その企業が開発・製造し、かつ低リスクであると判断された製品は、FDAによる通常の医療機器の審査プロセスを経ずに市場に出ることを許される。

 この制度は、「従来のハードウエアを中心とした医療機器の審査方法は、速いスピードで進むソフトウエア製品の開発にはそぐわない」(FDAの行動計画より)という事情を踏まえている。薬物依存治療などのDTxを手掛けるPear Therapeuticsのほか、ジョンソン・エンド・ジョンソン、サムスンなど9社がプレサート試行プログラムに選定されている。現在は、「Pre-Cert version 1.0 Working Model」がパブコメ募集中である。

 プレサートの仕組みがあったことは、コロナウイルス流行下でより踏み込んだ判断をする上での素地になったといえるだろう。

 またドイツでは、昨年末にデジタル化とイノベーションを進める法律(ドイツ語の略語でDVG)が成立。施行時期は、コロナウイルスの流行と偶然にも重なった。一定の条件を満たしている低リスクのDTxに対し、1年間の保険適用期間を経たのちに有効性が証明されれば、引き続き保険適用の道が開かれる。また、DVGのもと遠隔診療もさらに拡大され、コロナ流行下で活用されている。

産業としてのデジタル医療を加速――イスラエル

イスラエル輸出国際協力機構「COVID-19 Pandemic Response – EMS, Home-based, Community, Pre-Hospital, ER, ICU, General Hospital and Long Term Care Facilities」のスクリーンショット
イスラエル輸出国際協力機構「COVID-19 Pandemic Response – EMS, Home-based, Community, Pre-Hospital, ER, ICU, General Hospital and Long Term Care Facilities」のスクリーンショット

 DTxをめぐる米・独の取り組みは主に保健行政を中心とした動きだが、イスラエルでは同国経済産業省管轄のイスラエル輸出国際協力機構(The Israel Export and International Cooperation Institute)が存在感を放っている。同国は、医療機器の国際的な枠組みであるIMDRF参加国ではないものの、パンデミックという危機を背景に、DTx含むデジタル医療を推進する姿勢を示しているのだ。


 同機構のAdiv Baruch理事長は、パンデミックのために輸出入を含めた動きがまひしていることから、「我々はさらにスピードを上げてデジタル領域にシフトしていく準備ができており、実際に動いている」と今年3月、エルサレムポスト紙の取材に対し答えている。特に、デジタル医療においては、家庭での健康管理を含め医療データを集めるシステムは「世界でも進んでいる」と自信を見せている。

 同機構はまた、「COVID-19 Pandemic Response – EMS, Home-based, Community, Pre-Hospital, ER, ICU, General Hospital and Long Term Care Facilities」と題する資料を作成し、デジタル医療分野の企業と製品を紹介してインターネット上で公開しており、DTx関連企業もその中に含まれている。

 このほか、患者が殺到してパンク状態にある医療機関向けに「バーチャルアシスタント」として、AIが患者の問い合わせに対応しながら重症化のリスクを予測し患者の選別を支援するシステムもあった。

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株式会社ポッセ・ニッポン代表取締役。元読売新聞社会部記者。国連機関やNGOなどを経て現職。文章×サイエンスの組み合わせが、大きな関心ごとの一つ。note「理系と文系がつながるサイエンス」https://note.com/posse_nippon