インターネットが登場して、そのイノベーションの洗礼を最初に受けた業界のひとつがマスメディア業界だ。予想を超える変化の波に飲み込まれ、これまでメディアビジネスを成り立たせてきた広告や販売の収入を失いつつある。さらにSNSなどメディア周辺の環境変化から、その存在意義までが問い直されている。新聞、出版、テレビなどのメディア企業をこれまで支えてきたビジネスモデルは、どこでつまずいたのだろうか。そして今、どんな課題を背負っており、それをどのような手段で解決しようとしているのだろうか。
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まず、メディアを支える大きな柱の1本であった「広告」の変遷と、それに伴う課題から考えてみたい。
インターネット上にあるホームページに「広告」を掲示する試みが始まったのは、今を遡ること25年ほど前である。ネット広告が始まってから四半世紀が経過した。インターネットブラウザの「Netscape Navigator」が登場し、ホームページが一般の人にも知られ始めたネット黎明期に「インターネットに広告を出すこと自体が、御社が先駆的な企業であるというイメージ作りに役立つ」とのセールストークで、営業をしたことを思い出す。
最初期には、広告を出す企業側も自社サイトを持たないため、広告からのリンクなどはないことも。もちろんインプレッションやコンバージョンの報告などは必要がなかった。値付けも「1週間あるいは1ヶ月間いくら」。新聞や雑誌の広告の延長線上にあるビジネスで、理解するのは容易だった。
周知のごとく、その後の成長は著しく、2019年にはインターネット広告費は2兆円を超え、ついにテレビメディア広告費を上回った。そして急成長の副産物として、さまざまな問題が発生した。
問題の源は、広告を表示し、その実績をカウントする部分がシステム化されていることだ。さらに、そのシステムを開発し運用しているのは広告を掲載するメディアではない。配信を専門とする企業が提供するシステムは、年を追うごとに高度かつ複雑化し、メディアや広告主はその仕組が十分に理解できなくなった。
広告技術が進化した結果、一定の制約はあるもののプログラムが最適と判断する広告と媒体を組み合わせて自動的に広告を表示するので、広告主もメディアも「自社の広告がどこの媒体に出ているのか」「自分たちが運営する媒体にどんな広告が表示されているのか」を完全に把握することができなくなった。
こうした仕組みが現れた初期には、メディアでは紙の広告同様、広告の事前審査が必須であったために、“自動配信”の導入を認めてなかった。しかしインターネット広告の過半がこういった仕組みを通して配信されると、やむなく徐々に導入が進んだ。もちろん、表示が認められないような企業の広告は予めブロックするなどの予防措置はとられているが、予防的にブロックする分野や企業が増えると当然売上は減ってしまう。
そして、怪しげな広告も受け入れることを拒まないなら、年々増加する巨大なインターネット広告費の恩恵にあずかることができる。「コンテンツを制作し、それを多くの人に届けるために広告収入を得る」というのが従来のメディアビジネスだった。しかし、近年は「広告収入を得るためにコンテンツを制作する」企業があらわれ、本末転倒となってしまった。そして“コンテンツの質の低下”が広告単価の低下につながり、その低下を数で補うためのコンテンツの粗製乱造に一層の拍車がかかるようになった。
■課題を認識。対策へ
広告主側も、インターネットの初期には成果が数字で見えるインターネット広告の面白さと新規性に気をとられてしまい、広告を掲載する媒体を選別するところまで気が回る企業は少なかった。しばらく時間が経つと、いくつかの広告主が問題に気づき始めた。自社の広告を、ネット上の好ましくないサイトで目にすることがしばしば起こるようになったのだ。
さらに、報告される実績についても、それが実態とは乖離しているといった感触が強くなった。しかし、配信も実績管理も外部にまかせているため、自身では検証することが出来ない。印刷物には第三者機関が調査・公表する公称部数というものが存在しており、広告に携わるものはその数値に納得した上で取引を行っていたが、ネットでは広告管理システムが出してくる数字をそのまま信じるしかなかった。
広告を出す側(アドバタイザー)は、この状況に強い危機感を募らせた。2019年11月には日本アドバタイザーズ協会(JAA)が「デジタル広告の課題に対するアドバタイザー宣言」という形で、問題の是正をするための取り組みを「メディア」「プラットフォーマー」「テクノロジー企業」「エージェンシー」などの関係者に呼びかけた。その内容は
- アドフラウド(※botによるクリックなどの広告詐欺)への断固たる対応
- 厳格なブランドセーフティの担保
- 高いビューアビリティ(※広告の視認可能な状態)の確保
- 第三者によるメディアの検証と測定の推奨
- サプライチェーンの透明化
- ウォールドガーデン(※データの囲い込み)への対応
- データの透明性の向上
- ユーザーエクスペリエンスの向上
(※は編集部追記)
と8項目に及んでいる。ネット広告業界ならではの表現が多いが、要望の内容は「ブランドの毀損防止」「検証可能で実態に即した実績数値の流通」「流通過程や料金、データ取得などでの透明性の確保」といったことに要約される。
■日本および海外での取り組み
米国では2017年ごろからこうした問題が大きく取り上げられるようになり、P&Gやユニリーバといった世界最大級の広告予算をもつ企業が、ネット広告予算を大幅に削減することで業界に警鐘を鳴らした。
日本でも上述したJAAの宣言に呼応する形で、メディア側にも各社連携をとり正常化を働きかけようという動きがあらわれた。今年6月には、ニュースや記事、動画・音声コンテンツなどを自ら制作し提供をする一次コンテンツメディア28社が、共同広告プラットフォーム事業等を展開し、合同でコンテンツ価値の訴求と広告価値の追求を目的とする「コンテンツメディアコンソーシアム」を創設した。このコンソーシアムには日本の主要全国紙など新聞社、大手出版社とテレビ局などが参加している。
広告、コンテンツのクオリティの低下と経済的な機会損失という、メディア、広告主共通の課題は日本以外の国でも同様だ。特にプライバシーの面からも対GAFAの意識が強い欧州では、広告ビジネスで複数のメディアが共同して主導権を取り戻そうという動きが活発だ。
2015年4月にイギリスで設立された「PANGAEA ALLIANCE」は、グローバル展開する英字メディアによるデジタル広告プラットフォームだ。「ガーディアン」「ロイター」「CNNインターナショナル」など8媒体が参加するこのアライアンスは、全世界で2億UU以上のリーチを持っている。
フランスでは2大全国紙「フィガロ」と「ル・モンド」主体となった「Skyline Direct marketplace」が2017年9月に設立されている。こちらは現在、フランスの16媒体が参加しており、フランスのインターネット人口の74%にリーチが可能だ。さらに2019年にはドイツで「Ad Alliance」が成立した。これはドイツの4大メディア企業によるセールスアライアンスで、「Bild」「ビジネスインサイダー」など100媒体以上が参加しておりドイツで最大の広告販売勢力となっている。
日本のおける「コンテンツメディアコンソーシアム」も欧州各国の取り組みと、その目的や手法は共通する部分が多い。よって先行する各国の例を参考にし、運営体制を整えつつある。ところでこうしたアライアンスに参加するメディア各社の現状や思惑はどのようなものなのか。参加へのモチベーションや今後の戦略、そしてその成算などをように考えているのだろうか。
※コンテンツメディアコンソーシアムは株式会社デジタルガレージの子会社である株式会社BI.Garageにメディア28社が出資する形で事業展開されています