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JR九州が巡視業務の支援システムを導入 鉄道業界が抱える共通課題とは

列車先頭に取り付けられたステレオカメラ(黄色枠箇所) (画像提供:JR九州)

列車先頭に取り付けられたステレオカメラ(黄色枠箇所) (画像提供:JR九州)

 少子高齢化や人口減少がさまざまな分野に影響を与えている。鉄道分野においても、運転士や保守作業員など鉄道係員の確保や育成が難しい状況が生まれ、業務の省力化や効率化が喫緊の課題となっている。

 運転業務については、JR東日本が常磐線(各駅停車)における自動列車運転装置の導入を2020年度末に予定しているほか、JR九州が香椎線(西戸崎駅〜香椎駅間)において自動運転列車装置の走行試験を行うなど、「ドライバーレス運転」を見据えた試みが進められている。

 今回紹介したいのは、列車の安全運行を支える保守点検業務においての省力化・効率化への取り組みと、それを実現する技術だ。2020年4月、JR九州は列車運行に支障する恐れのある物体を自動察知する「列車巡視支援システム」を国内で初めて導入した。

「列車巡視支援システム」は、公益財団法人鉄道総合技術研究所(東京都国分寺市、以下「鉄道総研」)が開発した「線路周辺画像解析エンジン」を活用し、人が目視で行っていた巡視作業をサポートするものだ。

 この「列車巡視支援システム」がどのような仕組みとなっているのか。また今後どういった展開が考えられるのか。本システムの設計や構築を担ったNEC(日本電気株式会社:東京都港区)社会公共ビジネスユニット第二都市インフラソリューション事業部の有山幸孝氏と林政裕氏に話を聞いた。

人が行っている検査業務を画像解析で支援

支障物の検出イメージ(画像提供:JR九州)
支障物の検出イメージ(画像提供:JR九州)

 列車走行を邪魔する可能性のある障害物が線路周辺にある場合は、それを取り除く必要がある。こうした障害物の有無を確認するため、保守係員が運転室に同乗し、目視で線路や線路周辺の様子をチェックするのが巡視作業だ。「列車巡視支援システム」は、この巡視作業を効率化・省力化する。

 「列車巡視支援システム」の流れはこうだ。まず列車の先頭に取り付けたステレオカメラで、列車走行時の映像を撮影する。

「列車巡視支援システム」の構成イメージ (画像提供:NEC)
「列車巡視支援システム」の構成イメージ (画像提供:NEC)

 これを、無線ネットワークで地上側の機器室に送信。ここで鉄道総研が開発した「線路周辺画像解析エンジン」で走行時の映像を解析し、列車走行を支障する恐れのある物体を検出する。

 保守係員は、各事務所などに設置された表示端末から解析結果を閲覧し、対応すべき支障物があれば現地に向かい撤去作業などを行う。

「列車巡視支援システムとは、これまでは営業列車に係員が添乗して目視で行われていた点検作業を一部自動化することで、省力化を目指すものです。このシステムにより、保守係員の負担を軽減しようと考えています」(有山氏)

林政裕氏
林政裕氏

「こういったシステムを実用化するにあたり誤解されがちなのが、人を減らすための技術と捉えられがちなこと。このシステムはそうではなく、将来確実に人が減っていくなかで、労働力を補うことを目的とするものです」(林氏)

 ちなみに鉄道総研が開発した「線路周辺画像解析エンジン」には、空間内の物体の有無を判別する「列車走行に支障する恐れのある物体の検出機能」のほか、異なる時期に撮影した2つの映像から相違箇所を検出する「差分検出機能」、列車沿線の構造物や人、自動車などを認識し、抽出する「列車沿線の物体・地形認識機能」、走行経路を推定してGPSなどの位置情報を補足する「自己位置推定機能」の4つの機能が用意されている。

 今回の「列車巡視支援システム」には「列車走行に支障する恐れのある物体の検出機能」のみ搭載された。NECとしては、今後他の3つの機能も盛り込み、「システム自体をさらに発展させたい」思いもあるとのことだ。

“鉄道存続”の鍵を握る先端技術

「列車巡視支援システム」導入の背景や経緯はどうなっているのだろう。

 有山氏によると、これまで鉄道事業は労働集約型で、労働力に依存する割合が大きい傾向にあった。とくに鉄道インフラの維持、メンテナンスには多くの人手がかけられているという。

 そのなかで冒頭に述べたように、少子高齢化問題が深刻化。さらに設備の老朽化が進むなかで、いかに保守検査業務の省力化・効率化を図るかが喫緊の課題となった。しかも鉄道事業の性格上、安全性の担保も強く求められる。

有山幸孝氏
有山幸孝氏

 こうした相反する要素を両立させるには、「画像解析などの新しい技術や、それを実際の現場に導入するためのシステム設計・構築が欠かせない」と有山氏は持論を述べる。それがひとつのシステムとしていち早く結実したのが今回の「列車巡視支援システム」とのことだ。

「鉄道総研様が開発された『解析エンジン』を実用化するには、ユーザーである鉄道事業者様の用途に合わせたカスタマイズや、さまざまな機器、技術のインテグレーションが必要です。そうした部分をNECが担わせてもらいました」(有山氏)

 JR九州では、列車巡視支援システムを導入したことで、巡視業務の省力化・効率化に加え、点検頻度が上がることによる品質向上にもつながると期待を寄せている。

 有山氏は、少子高齢化や労働力不足といった課題を鉄道事業者が共通で抱えているなかで、業務の「システム化はさらに加速していく」と推測する。さらに、こうした状況にある鉄道業界を支えるためにも、「(列車巡視支援システムの)横展開をぜひ進めてきたい」と今後の展開への意気込みを力強く語った。

 社会を支えるインフラである鉄道。先端技術の導入が、その存続の鍵を握っているようだ。

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有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。