果物の内情(病害の有無、種の数、糖度など)は、商品価値を大きく左右するものだが、これを外見だけで見抜くのは難しい。そこで、多くの選果場では果物を傷つけずに検査するために、熟練の作業者が一つひとつの果物を手に取り、障害の有無などを見極めている。
しかし熟練者の判断基準は、“全体のバランス”といったあいまいなもので、具体的に「どこをどう見ているのか」を説明するのが難しく、ゆえに技術を次世代に伝えることが難しい。今、熟練の検査員は高齢化し、人材不足や技術継承が喫緊の課題となっている。
そこで、こうした作業をAI(人工知能)で代替する試みが始まっている。岡山大学大学院環境生命科学研究科(農)准教授の赤木剛士氏らが開発した「柿の内部障害を見抜くAI」もそのひとつだ。
赤木氏らが開発したAIがおもしろいのは、柿の内部障害を見抜くだけでなく、AIが何を見て判断したのか、その「判断理由」を可視化できることだ。これにより、人がAIから果実選びのコツを学べるようになっている。
「柿の内部障害を見抜くAI」とはどのような技術なのか。また実用化に向けた動きは出ているのか、赤木氏に話を伺った。
熟練者の判定精度をAIが上回る
まず「柿の内部障害を見抜くAI」が、どのような技術なのかを聞いた。
赤木氏らが開発したのは、柿の果実内に起こる「へたすき」という障害の有無や障害レベルを判定するAIだ。「へたすき」は、柿のへたの下部に大きな裂傷が入る障害で、商品価値を損なうだけでなく、他の障害が発生する要因にもなる。その有無を外見から判断するのは難しく、柿のへたを取り除くことで確認できるが、へたを取り除いてしまうと柿の商品価値がなくなってしまう。
そこで赤木氏らは、熟練者が判定した柿果実の写真3000枚をAIに深層学習させ、「へたすき」が起きているときの画像モデルを探索させた。これにより、柿のへたが無い側(果頂部側)の写真1枚を見せるだけで、「へたすき」の有無や障害レベルを85%以上の精度で判定できるAIを開発することに成功した。赤木氏によると、「熟練者の判定精度は約70%」であるため、AIの判定精度はそれを上回っている。
「この結果には正直我々も驚きました。熟練者の判定精度よりは下だと思っていたのが、AIがそれを上回ってしまったのですから」(赤木氏)
しかもAIが写真1枚にかける判定時間は0.1秒を切っており、「作業時間を大幅に短縮できる可能性がある」と赤木氏は胸を張る。
「例えばシーズン中の岐阜県の選果場では、大量の柿が流れてくるベルトコンベアに20人から30人もの熟練者がついて、なんとかさばいている状態です。これが、(『柿の内部障害を見抜くAI』が実用化されれば)柿の写真1枚で判定できるようになり、作業時間の短縮や熟練者の負担を減らせるのではと期待しています」(赤木氏)
「AIから人が学ぶ」仕組みも
「柿の内部障害を見抜くAI」のもうひとつの特徴が、「AIが何を見て判断したのか」を可視化でき、そこから人が果物選びのコツを学べることだ。
その具体的な流れはこうだ。まずAIに「へたすき」の有無や障害レベルを判定させる。続いてAIに判定理由を示すよう指示すると、画像の中で重点的に見た(チェックした)領域が赤く色づけられ表示される。
人はAIが色づけした領域を丹念に調べていくことで、「へたすき」のある柿の特徴が徐々につかめるようになる。
「プロ(熟練者)が判断材料にしているあいまいで言葉に出せないような基準を、AIならば、理由づけして、全てひもづけして見せてくれるのではないかと。そういう期待感が強くあります」(赤木氏)
実際にこの方法で、「へたすき」が発生する柿を見ていくと、その果頂部には微細な“色むら”があることがわかってきた。
赤木氏は、「AIから人が学べる」仕組みを構築することが、「今回の技術を開発した一番のモチベーションになっていた」という。
「特に意識しているのは、AIとのインタラクションです。例えば将棋の藤井聡太さんは、AIを相手に将棋の勉強をしています。それと同じで、人がAIから教えてもらうことがあっても良いと思うのです。AIの予測(分析)技術を社会実装するだけじゃなく、そこからフィードバックして人が学んでいく。それが蓄積していくことで、人工的なプロ(AI)に学んで我々自身がプロ(熟練者)になっていけると。そういう仕組みが、AI活用が遅れている農学の世界でもどんどん広まっていけばいいなと考えています」(赤木氏)
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赤木氏によると、岐阜県農業技術センターが「柿の内部障害を見抜くAI」を社会実装しようと動き始めている。そのほかにも、スマートグラスに本技術を搭載したり、スマートフォンのカメラを活用したりして、より手軽に柿の内部障害を判定するシステムを作る試みも進んでいるとのことだ。
さらに「『へたすき』以外の障害や、柿以外の果物への転用も進んでいる」と赤木氏は自信をにじませる。
「つい先日、論文が通ったのですが、柿の『種の数』や『早期の果実軟化』を見抜ける技術も開発しました。また柿以外にも、桃やブドウへの転用も進んでいます」(赤木氏)
農業や農学研究の分野におけるAI活用が、今後さらに拡大するだろう。新しい用途が広がり農業の課題解決につながることを期待したい。