オープンソースソフトウェアの適用分野が拡大し、その有用性が広く認められるにしたがって「プロダクトを構成するソフトウェアをどう開発するか」は、企業戦略そのものになりつつある。
かつて、ソフトウェアの開発は、企業が自分たちだけで開発する、あるいは特定の企業に開発委託をするといったようにクローズドな環境で進めるのが当たり前だった。ところが近年、それをオープンソースとして公開するという選択も珍しくなくなりつつある。
自社のソフトウェアをより魅力的にし、開発速度を上げるためには、社内のエンジニアだけではなく、オープンソース・ソフトウェアとして社外のリソースを活用する必要がある。こうすることで、企業の開発力は大きくジャンプアップする。
そのためには、企業や組織全体がオープンソースと向き合う必要がある。企業とは異なるカルチャーを有するオープンソースコミュニティとどのように付き合うのか、知的財産やコンプライアンスの課題にはどう対処するのか。技術部門だけでなく、会社全体で外部の人間を巻き込むためのブランドやコミュニティ作りが必要となり、こうした方面での戦略が必要となる。
欧米のテック企業では、企業内にOpen Source Program Office (OSPO)を置いている。OSPOではオープンソースの利用が円滑に進むようにさまざまな業務を行う。こうしたOSPO業務を行う担当者のコミュニティとして、欧州にはOSPO Zone、アメリカにはTODO Groupというワーキンググループがある。
中国にもOSPOが存在する。以前当媒体の記事「オープンソース手法をキャッチアップする中国~DiDiの例から」で中国ライドシェア大手DiDiが、社内で包括的にオープンソース戦略を統括する部署を作っていることについて紹介したが、同様の部署「オープンソース戦略室」を備える企業や組織はますます増えている。
さらに、欧米のOSPO ZoneやTODO Groupの役割を担うべく、中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」(KaiYuanShe)では、組織全体のオープンソース戦略を考えるワーキンググループ、「ONES Group」を立ち上げている。
ONES Group では、3月13日に最初のオンライン会合が開かれ、筆者も開源社唯一の国際メンバーとしてそこに参加した。
開源社で開始されたONES Groupは、「Openness」「Networking」「Equality」「Sharing」の頭文字を取った名前で、組織や企業の全体的なオープンソース戦略をシェアして磨き上げていくことが目的のグループだ。
メンバーは、アリババやテンセントなどのビックテックでオープンソース戦略室を率いる面々、政府や自治体のオープンソース推進者、大学の研究者などで構成されている。
ONES Groupのミーティング議題や懸念事項、会議での発表資料などはすべてGitHub上で公開されて進んでいく。GitHubのIssue(論点)機能に上がっているものを見ると「グループのロゴを作ろう」「次回会議のAgenda決め」みたいな直近の具体的な目標から、「最終的にまとめて書籍にして出版」のような大規模なものまで並んで全公開されている。
筆者も「日本や東南アジアと連携しよう」などのIssueを立てている。
普通ならコンサルティング会社が行うようなプロジェクトが、オープンにボランタリーに行われているのはいかにもオープンソース・コミュニティらしい。
オープンソースについて、コードを書く、ソフトウェアを開発するといった範囲を超えて、より広い範囲の戦略が必要になったのは、オープンソースの手法が適用される範囲がますます広がり、関わる人が増えたことによる。
ONES Groupのサイトにある全体図では、組織全体のデジタル戦略を立てることがこのワーキンググループの範囲だと説明されている。図の下から説明すると、以下のようになる。
5.の「組織全体のデジタル戦略」はデジタル・トランスフォーメーション(DX)戦略そのものだ。DXは自社内だけにとどまるのでなく、デジタルにするからこそ可能なオープンイノベーションを実現するところまでいかなければ不十分だ。
ONES GroupのGitHubでは「オープンソース・コミュニティ運営」がDX戦略の重要テーマとして説明されている。ここにあるのはブランドの管理や製品企画までを含めた総合的な業務だ。
前述したDiDiの記事に登場する同社のオープンソース戦略を統括する王蕴博氏は、一流のエンジニアや開発マネージャーとしての経験を持っているだけでなく、こうしたコミュニティ戦略をまとめて実行する能力を備えている。彼の仕事はコードを書くことだけではない。エンジニアに開発のみならず、組織やコミュニティの育成、マネジメントの能力も求められる。
こうした傾向は、2021年6月に中国オープンソース・ソフトウェア推進連盟(China OSS Promotion Union:COPU)が行った「オープンソース優秀人物」の表彰にも現れている。表彰された12名は全員「オープンソースのコミュニティを作り、大きくした人たち」だ。テンセント、ファーウェイ、シャオミ、DiDiなどのオープンソース部門統括や、PingCAP(ピンキャップ)、Zilliz(ジリズ)のように自前のソフトウェアを鍵にスタートアップを創業したエンジニア、そして開源社や解放原子開源基金会などのようにオープンソース・コミュニティを大きくしたことを功績と認められ表彰されている。
そもそも、グーグルやフェイスブックをはじめとした多くのテック企業を起業したのは、エンジニアやクリエイターだ。ソフトウェア開発の手法が、あらゆる組織マネジメントに適用されつつある証しが、このONES Groupやオープンソース優秀人材の選び方に現れている。
ビジネスの勝ち負けは、ますます技術力勝負になっている。米中のビックテックは、どのようにして自社のプロダクトをアップデートし、価値を最大化するかに必死だ。プロダクトをクラウドによるSaaSで提供するのがあたりまえになり、大規模なソフトウェアは最初からクラウドによる分散化を想定して開発される、クラウドネイティブが一般化している。ゆえにビックテックが数億人を対象に開発するソフトウェアも、クラウドネイティブのソフトばかりになる。
クラウドの従量課金で提供されるソフトウェアは、オープンソースにも収益の道を開いた。ゆえにオープンソースのソフトウェアを旗印かかげて起業するスタートアップが出てきた。(「中国の投資ファンドYUNQI PARTNERSも注目する オープンソース・ソフトウェアへの投資」)
オープンソース開発の手法が、ソフトウェアの開発を超えて、組織や企業の戦略全体において重要になりつつある。中国での動きはその世界のトレンドの反映にすぎない。この分野にどうコミットしていくかは、日本の将来を左右すると言えそうだ。