2022年12月15日、日本橋三井ホール(東京都中央区)にて、S-Booster2022の最終選抜会が開催された。S-Boosterは、国内およびアジア・オセアニア地域のベンチャー企業や個人を対象にした宇宙活用のビジネスアイデアコンテストだ。最終選考会では、一次選抜、二次選抜を乗り越え、専門家によるメンタリングを数月間受けながらプランを練り上げた12チームが、5分間のピッチを行った。
2022年は、有人月面調査「アルテミス計画」が本格始動した他、民間初の月面着陸を目指す宇宙スタートアップispace(東京都中央区)の着陸船を載せたロケットが打ち上げに成功するなど、宇宙開発が大きく進んだ年でもある。そうした中、S-Boosterで発表されるビジネスアイデアも、宇宙開発が進むことで発生する具体的な課題を対象としたものが増えたように感じられた。
トップバッターで登場したMJOLNIR SPACEWORKS(本社・北海道札幌市)の米倉一男氏は、「ハイブリッドロケットエンジンの大量生産」と題したピッチの中で、「ロケットを大量生産できない」という宇宙開発の本質的な課題に切り込んだ。
米倉氏によると、現在小型衛星の打ち上げが増えており、2030年には年間約3300機の需要があるという。しかし、このうち実際に打ち上げられるのはわずか500機前後であり、3000機近くが“打ち上げ待ち”の状態になってしまう。
「もっとたくさん打ち上げロケットを作ればいいではないか」と考えるかもしれないが、液体燃料を使うエンジンは、非常に複雑な構造をしており、大量生産することができない。そこで米倉氏らが提案するのが、「安全」「シンプル」「安価」という3つの特徴を持つ「ハイブリッドロケットエンジン(CAMUI型)」だ。
まず、通常の液体燃料エンジンは、液体燃料として液体水素を使用している。これを液体酸素などの酸化剤と混合し燃焼して推力を得る。液体水素は取り扱いが難しく、静電気が少しでも発生すると爆発してしまい非常に危険だ。それに対しハイブリッドロケットエンジンは、固体燃料(プラスチック)と液体酸素を使う。固体プラスチックに液体酸素を吹き付けて燃焼させるため、「絶対に爆発せず、極めて安全」だという。
さらに、液体エンジンでは「燃料噴射器」という部品が非常に複雑な形状をしているが、ハイブリッドロケットエンジンは極めてシンプルな形をしており、安価に量産できるという。加えて、一般的な燃料タンクは、溶接工程にお金と時間がかかるのに対し、「無溶接でタンクを作る技術を開発したことで、コストを大幅に減らし、大量生産と即納ができるようになる」とその強みをアピールした。
米倉氏らは、このハイブリッドロケットエンジンを使い、2030年時点で“打ち上げ待ち”となる約3000機の小型衛星を全て打ち上げることを目標に掲げる。そのためには、ロケットエンジンが約600機必要となるが、ロケットメーカー6社と協業し、各社100機ずつ作ってもらうことで実現させるという。
「実際にこんなことをしてくれるパートナーが存在するでしょうか? (ところが現実に)我々はすでに3社と話をしており、そのうち1社からは(良い)返事をいただいています。ニーズもある、技術もある、パートナーもある。あとは作るだけです」
米倉氏らは要素試験を終えており、すでに燃料タンクの販売を始めている。2024年には小型観測ロケットの販売を開始し、2028年には小型ロケットで衛星を打ち上げ、「その後は衛星をどんどん打ち上げ売り上げを拡大していく」とのこと。
かつて日本が自動車の大量生産で世界を席巻したように、「次はロケットの大量生産で世界一を目指そう」と訴える米倉氏に、会場から大きな拍手が湧いた。
宇宙開発に欠かせない構造物について、「宇宙溶接」という新しい製造技術を提唱したのが、株式会社Space quarters(本社・東京都渋谷区)の大西正悟氏だ(ピッチタイトルは「宇宙溶接を用いたパネル接合型大型ステーションモジュールの建築」)。
宇宙空間で居住や研究・実験のスペースなどを確保するには、必ず何らかの構造物を作らなければならない。しかし、モジュール(構成部品)を地上で作り、宇宙でドッキングする従来の手法では、モジュールサイズがロケットのサイズに限定されてしまうため、大型の構造物を作るのが難しい。現在開発が進められている折りたたみ式のモジュールも、スペースデブリや小型隕石への耐久性から、居住空間への導入は難しいと言われている。
この課題に対して大西氏は、「地上でモジュールを作るのではなく、材料であるパネルをロケットに積み込んで打ち上げ、宇宙で溶接することで、大型のモジュールやインフラを作り出す」技術を提唱。これであれば、既存の何倍もの容積の構造物を実現できることに加え、完成時の構造物が打ち上げ時の振動やG(加速度)に耐える必要がないため、「これまでとは全く異なる構造物を宇宙で実現できる」とアピールした。
さらに、今後増加が見込まれる宇宙旅行に向けて、ヘルスケアサービスを提唱するチームも現れた。登壇したのは、株式会社Dinow(茨城県水戸市)の高橋健太氏だ(ピッチタイトル「民間宇宙旅行におけるトータルヘルスケアサービス」)。
Dinowは、もともと放射線の被曝で、身体にどのような影響が出るのかを評価する技術を開発する会社だ。高橋氏によると、宇宙は地上に比べ、放射線が多く飛ぶ環境にあり、宇宙空間で2日ほど過ごすだけで、地上で1年間に浴びる放射線量を浴びることになるという。
「これからさまざまな方が旅行に行くようになると考えられる宇宙空間は、放射線のみならず、微少重力や閉鎖環境など大きな健康不安を抱えた環境です。つまり、新しい医学検査が必要になります」(高橋氏)
こうした課題に対してDinowでは、「DNAの損傷評価」という新たな指標を提唱する。これはDNAの損傷度合いを測ることができる独自技術で、同社ホームページの説明によると「放射線被ばくを受けた方のDNA損傷数を計数し、放射線被ばく線量や被ばくによって受けた健康リスクを数値化してレポートとして返却する」。
これまで職業宇宙飛行士にはJAXA(宇宙航空研究開発機構)などが健康医学検査を提供してきたが、高橋氏らはこの「DNAの損傷評価」という新たな指標も用いて、民間宇宙旅行者向けに提供することを目指している。
もともとDinowには放射線の専門家が集まっていたが、そこにJAXAの元フライトサージェント(宇宙医学の専門医)を招くなどし、「DNAの損傷評価」に基づくヘルスケアサービスの実現に努めており、宇宙空間でこのデータを取得できるデバイスもすでに開発済みだという。
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今回、最優秀賞を受賞したのは、「ハイブリッドロケットエンジンの大量生産」を提唱したMJOLNIR SPACEWORKSだ。米倉氏は、「我々のビジネスが成功すれば、もっと簡単に宇宙に行けるようになります。『一週間前に宇宙に行ってきたよ』と気軽に話せる。そんな世界を目指していきます」と意気込みを述べた。
宇宙開発がより活発化するためには、何より宇宙に行くハードルを下げることが大事だろう。宇宙ビジネスの裾野が一気に広がりつつある今、米倉氏らのアイデアが評価されることは合点がいく。