Open Innovation Platform
FOLLOW US

「生物多様性」とは?「ネイチャーポジティブ」とは?企業・スタートアップのかかわりを探る

イベントの様子、左から道家さん、藤田さん、鎌田さん

イベントの様子、左から道家さん、藤田さん、鎌田さん

 11月9日に「『ネイチャーポジティブ』とは?企業が果たすべき役割(主催:公益財団法人日本自然保護協会 以下、NACS-J)」と題したセミナーが大手町の3×3Lab Futureで開催された。近い将来、「気候変動」に続いて「生物多様性」への対応を迫られることになる、企業担当者に向けたセミナーだが、すでに経済活動をしている既存企業だけでなく、起業したてのスタートアップにも大いに関係がある話題だ。

気候変動と生物多様性2つのCOP

 セミナーの内容を紹介する前に、基本事項の整理を。まずは2つの“コップ(COP)”についてだ。COPとは、「締約国会議(Conference of the Parties)」のことで、一般によく知られているCOPは、地球温暖化対策の国際ルールを話し合う「国連気候変動枠組み条約締約国会議」だ。直近では2022年11月にエジプトで開催されたCOP27。ここでの合意などに基づき国や企業は、温室効果ガス排出抑制に取り組んでいる。

 もうひとつの「COP」は「国連生物多様性条約」の締結国会議。こちらは2022年12月にカナダ・モントリオールで開催されたCOP15が直近の会議で、そこで生物多様性の損失を止め、回復を目指すことが合意された。

 気候変動の方が「27」であるのに対して生物多様性は「15」。この2つの条約は1992年に同時にスタートしており「双子の条約」と言われているが、世間への浸透は気候変動への対応が先行しており、生物多様性の方はその後を追いかける形になっている。よって、すでに脱炭素に取り組む企業は多いが、生物多様性についてはまだこれからだ。

そもそも生物多様性とは?

 2つのCOPは、どちらのテーマも人類の存続に関わる喫緊の課題だ。温室効果ガスの影響は、年々暑くなる夏で身をもって実感している。だが、「生物多様性」についてはどうだろう。それが損なわれている実感があるだろうか。そもそも「生物多様性」とは何だろう。

 生物多様性には3つのレベルがある。一番わかりやすいのは「クマがいて、キツネがいて、シカもいる」という『種のレベルの多様性』。動物だけでなく、魚、鳥、植物に微生物や細菌まで、地球上には様々な生物がいる。より大きなレベルでは『生態系の多様性』がある。里山、森林、砂漠、湿原、河川、干潟、サンゴ礁などだ。さらに目には見えない小さなレベルでは『遺伝子の多様性』がある。同じ種でも遺伝子が異なることで色や模様、生態などに違いがある。

 私たちの暮らしや経済活動は、自然から恩恵を受けている。大地や海洋、大気など自然資本なしには人類は存続できない。食料や医薬品の原料の多くは自然由来のものであり、受粉や発酵、二酸化炭素の吸収などでも生態系の恩恵を受けている。さらに自然災害からの保護、レクリエーションのための空間なども多様な生態系があってこそ。温室効果ガスと一切無縁の企業は存在しないのと同様に、自然資本やそのフロー資産である生態系サービスの恩恵無しにビジネスが可能な企業は無い。

ネイチャーポジティブとは

 セミナーでの話に戻ろう。最初の登壇者は、公益財団法人日本自然保護協会(NACS-J)の道家哲平さん。道家さんは国際自然保護連合日本委員会(IUCN-J)の事務局長として生物多様性条約のこれまでのプロセスに深く関与してきた。

 COP15で合意、採択された「昆明-モントリオール生物多様性世界枠組み」が2030年の世界目標として掲げているのが「ネイチャーポジティブ(Nature Positive)」だ。その内容は私たち人類の使命は、生物多様性の毀損を止めるだけでなく、それを回復させる行動をとることであるとしている。では具体的なアクションはどういったことになるのだろうか。

 道家さんはまず、「ネイチャーポジティブ」を理解するため、“ネイチャーネガティブ“な現状を説明した。生物多様性の「科学的評価」などを行うIPBES(Institute for Global Environmental Strategies)の報告によると、森林や湿地は減少し続けており、どのレベルにおいても生態系の多様さは失われている。また、森林伐採などで失われるのは地上部の生物だけでなく、土の中で共生していた微生物なども同様で、目に見える何十倍もの種類の生物が消滅してしまうのだという。報告によると現在推計100万種に絶滅の恐れがあり、ネイチャーネガティブな状態がこのまま続くと、自然資源に依存する経済活動(全世界GDPで44兆ドル規模)が危機にさらされる。

 こうした危機的な状況になるまで、自然を損なってきたのは、人類がこれまで「自然環境“以外”の公益を追求」したためだ。このネガティブな状況を変えるには、社会・経済システムの変革と、自然が失われることの危機的な状況への想像力を養う必要がある。

ネイチャーポジティブとは(出典:環境省)
ネイチャーポジティブとは(出典:環境省)

 ネイチャーポジティブは、人類史上に参考となる先例がない仕事だ。COP15では2030年の世界目標を実現するための具体的な23のアクションを定めている。このように行動目標は言語化され方向性が定まった。今後は政策や規則の整備、技術革新など目標達成に必要な制度やツールをそろえなくてはならない。そのために人はすでに動き出している。この動きを持続的にサポートするために、より大きな資金を獲得しその流れを維持する必要がある。

TNFDの存在と「機会」

 2人目の講演者の日経ESGシニアエディター兼東北大学グリーン未来創造機構/大学院生命科学研究科教授の藤田香さんは、どんな企業も生物多様性に依存しており、ネイチャーポジティブ実現に向けて企業に求められることは多いと話す。生物多様性を守り、回復させるために企業は何をすべきなのだろうか。

 その取組を紹介する前に、再び基本事項の説明をひとつ。「TNFD」という略称をご存知だろうか。Taskforce on Nature-related Financial Disclosuresの略称で、日本語では「自然関連財務情報開示タスクフォース」。気候変動に関する情報の開示を企業に求める国際組織として「TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)」があるが、それと類似の役割の組織・枠組みだ。TNFDは自然に関しての企業のリスクと機会を評価し、その開示のためのフレームワークを構築する。ここにはすでに世界から1100以上の企業・組織が参画しており、開示枠組みの正式版の第一版は、2023年9月に公表されている。

 藤田さんによると、COP15のポイントの一つは、「ネイチャーポジティブに資金が流れる仕組み作りと、企業が自らの情報開示することを促した」ことだ。その仕掛けの要所にあるのがTNFDで、企業がこの枠組みに従って開示する情報は、金融機関の投融資判断の物差しとなる。つまり企業にとって、ネイチャーポジティブな活動とその情報開示は自社への投資に結びつく。結果、ネイチャーポジティブな活動を支える資金の流れもできることになる。

TNFD開示提案(TNFD 2023  : CC BY 4.0) 
TNFD開示提案(TNFD 2023 : CC BY 4.0) 

 気候変動分野での指標は「温室効果ガス排出量」であり、これは定量的に測定可能であるがゆえに、わかりやすい目標設定と管理、情報開示ができた。ところが“多様”な生物、生態系を扱う生物多様性の指標は、そう簡単ではない。例えば、自然へのインパクトは地域によっても異なる。同じ“森”でも日本とヨーロッパ、アマゾンの森は生物多様性の面から見るとそれぞれ大きく異なる。保全・回復を行うにあたっても地域ごとに異なった社会事情にも配慮しなければならない。さらに藤田さんによるとネイチャーポジティブは「カーボンニュートラル」「サーキュラーエコノミー」とも深い関連があり、加えて人への配慮も必要なので「ウェルビーイング」などとも統合的な取り組みを行う必要があるという。

 また企業が把握すべき範囲は広く、自社で所有又は利用する自然だけでなくサプライチェーン全体への目配り必要だ。生物多様性の調査、保全、情報開示さらに自社・サプライチェーンのリスク管理と企業の担当者としては、想定されるその作業負荷に今から目がくらむ思いだろう。

 しかし、新たな取組は新たな機会との遭遇にもつながる。「機会」というのはわかりやすいものでいえば、自社が保有する技術やサービスをネイチャーポジティブのために活用するということもあるが、藤田さんが例としてあげたのは、熊本の半導体製造工場と同地の豊かな水資源の例だ。豊かな水資源があったことでそこに多くの水を必要とする半導体製造の巨大企業がやってきた。この場合、地域住民は意識していないかもしれないが、「機会」はすでに進出企業に与えられている。その「機会」を企業は自ら掘り起こし、それが持続可能であるようなストーリーを描き、そのための活動していく必要がある。そして、それらがうまく回れば企業や製品の評判にもつながることになる。情報開示資料を整えて終わるのではなく、ネイチャーポジティブな活動には新たな企業評価につながる要素もあるということだ。

スタートアップとネイチャーポジティブ

「スタートアップにとってのネイチャーポジティブ」はどうなのだろうか。この日最後に登場した鎌田恭幸さんは、スタートアップ支援のファンド「創発の莟(つぼみ)」を運用する鎌倉投信株式会社の代表取締役社長だ。同社ではこのファンドを通じて「これからの社会を創発するスタートアップ」への投資を行なっている。

 鎌田さんによれば、金融の世界では大手のプレイヤーが「生物多様性フットプリント指標を投資先評価に使ったり(BNPバリパ)」「10億ドル規模の自然資本インパクトファンドの運用を開始(HSBC)」をしている。ただ現在の金融業界にはジレンマもある。ESG投資に関してダブルスタンダートとなっており、運用益確保のために環境保全にプラスの投資と同時にマイナスの投資も継続されている。リスクへの対応を先送りにし、利益を優先してしまう。これをどうするかというのが課題だと鎌田さんは述べた。

 また、企業側にも見直すべき点がある。それは「大量生産・消費を前提に自然資本、生態系サービスを無償で使える時代は終わった。地球環境・生態系を維持・向上させるという制約下で企業活動しながら、拡大するという方向へ(自社のビジネスを)持っていける企業が生き残る」(鎌田さん)というのが投資家の視点から見たネイチャーポジティブの時代の企業の生存条件だ。

* * *

 この数年で先行した気候変動対策とスタートアップの関係を筆者が見るに、対応を迫られる大企業の課題解決にスタートアップが協力するという流れがあったように思う。つまり、まず“困っている大企業”があり、そこにスタートアップが寄り添い課題解決に協力するスタイルだ。ツールの提供、代替品の提案、コンサルティングなどスタートアップは情報感度の良さと、商品化を素早さで既存の企業をサポートしてきた。これを前例とするなら、生物多様性にも同じ流れが来ることが予想される。

 またスタートアップ投資の面でも、ある時点から「脱炭素」「カーボンニュートラル」は、投資家を振り向かせる大きなチャームポイントになった。「生物多様性」や「ネイチャーポジティブ」も近い将来そうなるかもしれない。

 もちろん、ただ看板を掛ければいいということではない。前述のように自然資本は、無償で利用できるような状態ではなく、毀損し崩壊一歩手前だ。これから企業活動を行うスタートアップは、スタート時点からあらゆる点で自らもネイチャーポジティブであることが求められる。前世代より難しい課題を負ったともいえるが、見方を変えれば前例のない生物多様性の保全・回復活動は、スタートアップのために用意された新たなフィールドだ。チャンスが来たと捉えてもいいのではないだろうか。

Written by
朝日新聞社にてデジタルメディア全般を手掛ける。「kotobank.jp」の創設。「asahi.com(現朝日新聞デジタル)」編集長を経て、朝日新聞出版にて「dot.(現AERAdot.)」を立ち上げ、統括。現在は「DG Lab Haus」編集長。