Open Innovation Platform
FOLLOW US

最適配置の検証で見えてきた「EV走行中ワイヤレス給電」のリアリティ

ワイヤレス給電システムの最適配置について説明する東京大学 生産技術研究所 人間・社会系部門准教授/複雑社会システム研究センター センター長の本間裕大氏

ワイヤレス給電システムの最適配置について説明する東京大学 生産技術研究所 人間・社会系部門准教授/複雑社会システム研究センター センター長の本間裕大氏

 温室効果ガスの排出量削減の流れを受け、日本でも低炭素モビリティへの移行が求められている。その柱となるのが電気自動車(EV)だが、連続航続距離が短いことへの不安や充電スタンドでの待ち時間の長さなどへの危惧が先立ち、普及が進んでいない。

 こうした課題の解決策として注目を集めているのが、当媒体でも紹介した「走行中ワイヤレス給電システム(以下、WPTS:Wireless Power Transfer System)」だ。これは、道路の下に送電コイルを埋設し、その上を、受電コイルを搭載したEVを通過させることで、走行中のクルマに給電するもので、実現すればバッテリー容量を最小化しつつ走行距離を伸ばせるほか、給電の待ち時間解消にも寄与する。(参照記事『EVへの「走行中ワイヤレス給電」と「太陽光発電」は相性が良いのはナゼ?』

 しかし、このWPTSは実用に際して、「何百キロにもわたって送電コイルを敷設する必要があるのでは?」と、その初期投資の大きさを不安視する声も多かった。

 そこで、東京大学 生産技術研究所 人間・社会系部門 准教授の本間裕大氏らの研究グループが、高速道路上におけるWPTSの最適配置と経済性を検証。新東名・名神および東北自動車道の実際のデータを用いて精緻に検証し、十分に採算性が見込めることを示した。本間氏に、研究内容や具体的な成果、社会実装に向けたインパクトについて聞いた。

高速道路の「約10分の1の長さ」で済む可能性も

 本題に入る前に、本間氏の専門領域について触れておきたい。本間氏が専門とするのは「オペレーションズ・リサーチ(以下、OR)」だ。これは、さまざまな計画に際して、最も効率的になるよう決定する科学的手法で、数学や統計学などの数理モデルを用いて、最適な答えを見出すために使われる。官民問わず、さまざまな組織における意思決定を支援するための数学的技術と言える。初期のORは軍事的関心からも研究が進められていたが、現在では、企業の生産管理や金融工学などさまざまな経済的関心を中心に、広く活用されている。

 このORの手法のうち、今回本間氏が用いたのが「数理最適化」というもの。特定の制約条件のもとで、目的とする値が最大化あるいは最小化するような(変数の)最適な値を見つけるアプローチで、今回はどの地点にどのくらいの距離にわたってWPTSを敷設すべきかを検証した。

 分析対象としたのは、新東名・名神高速道路(往復約970km)と東北自動車道(往復約1360km)だ。本間氏は、これらの高速道路において、まずWPTSの敷設長と、移動需要のカバー率の関係を調べていった。具体的には、実際の道路距離、勾配、EVの速度・形状(空気抵抗)、バッテリー容量などのデータを踏まえたうえで、WPTSの敷設長を、50km、100km、200kmと徐々に増やしていきながら、「大阪から名古屋に行きたい」「東京から静岡に行きたい」といったさまざまな移動需要を最大限満たす配置を算出していったという。

 その結果、得られたWPTS最適配置の一例が下図(図1)だ。本間氏によると、EVのバッテリー容量が40kWhの場合、新東名・名神高速道路、東北自動車道ともに、「WPTSを片道わずか約50km(往復約100km)敷設するだけで、移動需要の95%をカバーできる」ことが判明したという。どちらも総延長の10分の1ほどの長さの敷設で済むことになり、WPTS実現のハードルを、特にコストや工期の面から大きく下げる結果と言えるだろう。

WPTSの最適配置の一例(以下全ての図版提供:東京大学 生産技術研究所 本間(裕)研究室)
図1:WPTSの最適配置の一例(図版はすべて本間(裕)研究室提供)

 では、その採算性はどうなのか。本間氏はいくつかのパターンで計算しているが、ここではわかりやすい例として、新東名・名神高速道路の算出結果を紹介しよう。

 まず「車両(利用者)からの収益」については、「ガソリンと同じぐらいの従量課金」を想定したとのこと。具体的には、「kWあたり20~30円の電気代」に「50円の追加収益」をプラスした、つまり「kWあたり70~80円」の電力料金を利用者に払ってもらうことを想定したという。「WPTSの敷設コスト」については、1kmあたり2.5億円、減価償却期間20年(金利3.0%)を想定し、算出したとのことだ。

WPTSの最適配置と採算性。EVバッテリー容量40kWh、EV普及率30%を想定
図2:WPTSの最適配置と採算性。EVバッテリー容量40kWh、EV普及率30%を想定

 図2の計算結果を見ると、EV車両からの収益がWPTS敷設コストを上回っており、年間1.6億円もの収益が得られることがわかる。

「こうした結果からも、収益がWPTSの敷設コストを上回り、きちんと経済性が成り立つ可能性が高いことが言えるのです」(本間氏)

再生可能エネルギーとの親和性も示す

 もう一点、今回の研究で本間氏は、「WPTSは、その配置に高い自由度を持つ」ことも示している。例えば、下図右では、新東名・名神高速道路における「最適解その1」と「その2」は全く違う配置になっているが、WPTSとしての性能は全く同じだという。

WPTSは配置の自由度が高い
図3:WPTSは配置の自由度が高い

「これがなぜ起きるかというと、充電スタンドと違って、WPTSは配置の自由度が高いからです。充電スタンドだと、EVのバッテリー容量が空になる丁度いいタイミングで、一気に充電できる配置にしないといけませんが、WPTSは、少しずつ充電するので、(バッテリー残量が大きく減ってから)充電してもいいし、早めに充電してもいい。どちらでもEVが走れる距離は同じになるのです」

「配置の自由度が高い」ことは、再生可能エネルギーの有効利用にもつながる。

「電力はやはり地産地消の方が楽です。特に再生可能エネルギーは、送電すると大きなロスが発生するので、(発電場所の)近くで消費してほしいのですね。その点、WPTSは配置の自由度が高いので、例えば、風力発電をしている場所の近くに配置することで、電力を有効利用できます。あるいは、太陽光発電であれば、日中車がたくさん通りそうなところに、WPTSと太陽光発電所を配置すれば、電力を効率よく消費してもらうことができます。こうしたことから、WPTSは、再生可能エネルギーとも極めて親和性が高いと言えるのです」(本間氏)

配置の自由度が高いWPTSは、再生可能エネルギーとも親和性が高い
図4:配置の自由度が高いWPTSは、再生可能エネルギーとも親和性が高い

低炭素モビリティ社会への移行を強く後押し

 今回の研究は、WPTSの社会実装にどういった影響を与えるのだろう。「WPTSの敷設長が意外と短くて済む」ことや「スマートエネルギーと親和性が高い」ことに加え、「国が政策を選ぶ際のエビデンスを示せたことも大きい」と本間氏は説明する。

研究の社会的インパクトについて説明する本間氏
研究の社会的インパクトについて説明する本間氏

「国交省や経産省が政策を推進するときには、必ずエビデンスが必要になります。現実に即したデータをたくさん持ち寄り、数理最適化手法によって、あらゆるパターンを網羅したうえで、『絶対にいける』と示した今回の研究結果は、まさにそのエビデンスになります。政策の根拠になるデータを示せたという意味でも、大きな価値のある研究だと考えています」(本間氏)

 ではWPTSの社会実装に向け、今後どういった研究を進めていくのかと尋ねると、本間氏からは、「まず充電スタンドとWPTSのベストミックスを探る研究をしたい」との回答が返ってきた。

「WPTSと充電スタンドの併用を前提とすると、ほとんどの移動はWPTSで給電し、数が少ない長距離の移動は充電スタンドでまかなう、といった未来の低炭素モビリティの姿が描けます。この併用の可能性についても、数理最適化手法を用いてベストミックスを算出し、論文にしていきたいと考えています」(本間氏)

 また、WPTSの最適配置についても「市街地での移動も含めた、全国のあらゆる道路で検証をしていきたい」と述べ、研究推進へ強い意欲を示した。

 本間氏らの研究が進めば、WPTSのEVインフラとしての可能性が、より精緻に見えてくることは間違いないだろう。引き続き、本間氏らの研究に注目していきたい。

Written by
有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。