株式会社デジタルガレージが2018年5月にスタートさせたバイオ・ヘルスケア領域のシードアクセラレータープログラム「Open Network Lab BioHealth」(以下Onlab Bio)のデモデイが2019年1月16日に開催され、大学や企業で研究に取り組んできた国内外56社/団体の応募者の中から、採択された4チームが、その成果を国内外の投資家、事業会社に向けて披露した。
トップバッターは株式会社Mealthy(メルシー)鈴木勝之氏による「法人向けバーチャル栄養アシスタント」。同社は生活習慣病予防のための食習慣改善サポートをSaaSとして法人に提供している。鈴木氏は「日常の食事だけで病気をなくすことをめざしています」と述べ、最初のターゲットは糖尿病予防とした。Mealthyの「法人向けバーチャル栄養アシスタント」は、全国の管理栄養士とAIアシスタントとの融合でソリューションを構成する。エンドユーザー側はスマートフォンがあればいつでもプロのサポートを受けられるという。「これを法人に対して適正価格で提供することが私たちの価値です」と鈴木氏は続けた。
従来の保健指導では栄養士のアドバイスは月に一回がせいぜいであったが、利用者がスマートフォンで食事写真を投稿すると、専任の栄養士がユーザーの特性を考えながら、毎食ごとにアドバイスを行える。それを支える機能はAIによる食事の画像解析精度だ。その機能は栄養士のアドバイス作成の業務支援として活用され、写真が投稿されると、栄養士にアドバイスをレコメンド(推奨)する。栄養士はそれを参考にアドバイスを入力できることで、作業時間を5分の1に圧縮できるという。
現在、同サービスは600健保にリーチ可能で、2019年度には20健保の加入を目指す。「栄養指導市場は1.2兆円規模、そのうちの“重症化予防”の市場2千億円のトップをとります」(鈴木氏)その後医療領域に広げて行き、保険適用をめざすという。鈴木氏は「われわれのサービスをエンドユーザーが3割負担で利用できる未来を実現していきます」と会場に力強く宣言した。
続いてユナイテッド・イミュニティ株式会社原田直純氏が登壇。「既存のがん免疫療法抵抗性の『Cold Tumor』(コールド・テューマー:冷たいがん)を克服するT細胞活性化技術を発表する。同社は大学発のがん免疫療法の創薬ベンチャーだ。原田氏はがんの新しい治療法として期待を集めているのが、ノーベル賞を受賞した免疫チェックポイント阻害薬に代表される「免疫療法」だと述べた。本来、人間の体の免疫細胞、とくに『T細胞』という細胞は、がん細胞を見つけて殺すものだが、「免疫チェックポイント」というブレーキが働くと、T細胞はがん細胞を攻撃できなくなる。それを「免疫チェックポイント阻害薬(以下、「阻害薬」)」で解除するとT細胞は本来の攻撃力を取り戻せるとのことだ。
「この阻害薬は、一部のがんでめざましい成績を上げています。ところがその一方、多くのがんが阻害薬に抵抗性を持つことがわかっています」(原田氏)その“抵抗性のあるがん”が通称Cold Tumorと呼ばれるものだ。このCold Tumorの周辺にはT細胞がなく阻害薬が効きにくい。それに対して周辺にT細胞が豊富にあり阻害薬が効きやすいのがHot Tumorという。このCold Tumorにどう対処するかが、医療界での大きな課題となっていると原田氏は述べた。「当社はこのCold Tumorを克服するために立ち上がりました」(原田氏)
ユナイテッド・イミュニティは、三重大学と京都大学の医工連携研究から生まれたT細胞活性化技術「T-ignite」の実用化を通じてCold tumorの克服に挑む。研究により、免疫細胞の一種である細胞の「抗原提示」という働きが悪いことが原因ではないかということがわかってきたという。
「T-ignite」は、マクロファージ細胞の抗原提示機能を引き出し、T細胞を活性化することで、Cold TumorをHot Tumorに変えることができると原田氏は説明し、マウスによる動物実験の結果で有用性を会場に示した。「前臨床から臨床早期は当社が開発を行い、適切な時期に大手と提携、その対価として一製品あたり数億から数十億円の収入を得て、それを次のR&Dに投下するというサイクルを回していきたい」とのプランを示した。「これからのがん治療はCold Tumorという難しいがんをいかに攻略するかが鍵です。多くのがんを治せる時代を一日も早く達成したい」と結んだ。
続いて、Adversity Project代表の梅津円氏が登壇「Domolens(ドモレンズ) 吃音症を改善するトレーニングVR」を発表した。Adversity Projectは、日本に120万人、世界に7600万人の患者がいると言われる吃音症を改善するVRプロダクトの開発と研究を行なっている。人口の約1%とされる吃音者は、心理的ストレスやうまく話せない事への不安感から、成人の吃音者の40%が社交不安障害を併発するという。梅津氏自身も吃音に苦しみ、自身の経験がこのビジネスにつながっている。
梅津氏自身は接客のアルバイトを通じて、吃音を改善できた。「近年、認知行動療法などの心理的アプローチが吃音改善に効果的だと言われています」と述べ、「つまり吃音改善に必要なのは、吃音の症状が出る環境であること。そして失敗が許されて、自分のペースで何度でも練習を繰り返せることであること」だと説明した。
それをもとに開発したのが、「Domolens」だ。これは認知行動療法にもとづくもので、吃音者が場面や難易度を選択する。そしてVRの映像を見ながら練習し、振り返る。そのステップを繰り返すことで吃音改善をめざす。「どんなにどもってもバカにされない失敗が許される環境で、何度でも自分のペースで繰り返すことができるというのが効果的なんです」と梅津氏は強調する。
マネタイズについては、吃音者個人へのアプリ提供と月額課金並びにVR機材のリース、法人にはプログラムを展開したいということだ。
最後に株式会社ERISA(エリサ)、野津良幸氏が登壇。同社は認知症の治療薬開発を支援するコンパニオン診断“プログラム”の事業化を進めている。
野津氏によると、数多くの企業が認知症の治療薬開発を進めてきたが、過去9年でアメリカでは99.6%の治験が失敗し、開発費の損失は数兆円に上る。その失敗の過半は治験薬に有効性が見られないことであった。野津氏は認知症の進行過程を図示し、「製薬会社が治験の対象としているのが認知症の前段階と言われる軽度認知障害(MCI)で、3年以内に認知症に移行する確率は約3割しかありません。つまり残りの7割は認知症に進行しません」(野津氏)
ERISAは脳のMRI画像をAIに機械学習させることによって、この認知症に進行しない7割を画像で判別することに成功した。これにより、「過去の治験薬の再検証」(眠っていた将来の新規治験薬の発掘)「認知症の治験実施時の治験者のスクリーニングへの利用」(認知症リスクが高い患者のみへの治験薬投与が可能)そして「コンパニオン診断“プログラム”」(製造販売:MCIの患者のうち認知症リスクの高い患者のみ選別して投与可能)などの事業が可能になるという。
野津氏は「将来、すべての人がわれわれの検査を受けることで、健康寿命を延ばし、介護・医療費の削減により、よりよい社会を作ることに貢献していきます。認知症のない世界を実現したい」と結んだ。
* * *
そして審査の結果、各Awardの発表は次の通りとなった。
まずオーディエンス賞は「Domolens 吃音症を改善するトレーニングVR」が受賞。さらにパートナー賞は株式会社Mealthyの「法人向けバーチャル栄養アシスタント」が受賞した。
そしてベストチーム賞はユナイテッド・イミュニティの「既存のがん免疫療法抵抗性の『Cold Tumor』を克服するT細胞活性化技術」が受賞。デジタルガレージ代表取締役の林郁より「非常にタイムリーであること、マーケットが大きいこと、海外に出て行くタイミングとしていいことが評価されました」という講評があり、これに対して受賞した原田氏は「この4.5月で、皆様のアドバイスにより、プロジェクトが最適化され、ベストなプランになりつつあると思います。新しい治療法の実用化を一日も早く目指します」とプログラムの効用と今後の目標を述べた。