2020年4月24日、株式会社デジタルガレージが主催するバイオ・ヘルスケア領域のアクセラレータープログラム「Open Network Lab Biohealth」の2期生によるデモデイが開催された。今回は新型コロナウイルス対策のため、オンラインでイベントを実施。3ヶ月間のプログラムを終えた7チームがピッチを行った。
最初に登場したのは、独自技術群「FOREST」で創薬業界にパラダイムシフトを起こそうとしている「xFOREST Therapeutics」代表の樫田俊一氏。近年の新薬開発は難度を増し、開発コストが上昇しているが、その理由のひとつが「創薬目標とされるタンパク質の枯渇にある」と指摘。タンパク質の設計図にあたるRNAを標的とした創薬に期待が集まるが、「RNAを標的とした医薬品は高コストで薬効が低いほか、医薬品開発の効率的な手法が確立されていない」といった課題があるとした。
そこで樫田氏は、RNA構造に特化した技術群「FOREST」でこの創薬の課題を解決すると提唱。「FOREST」は同時並列に最大100万種類のRNA構造の生化学解析を行うシステムと、解析ソフトウェアを統合した技術基盤で構成されるもの。これにより、臓器、生物種、ウイルスを問わず多種多様なRNA構造を網羅的に解析可能となり、特異性の高い結合物質の探索も実現するという。樫田氏は、まず製薬会社との共同研究により解析ビッグデータを構築。その後、創薬データのプラットフォームビジネスを展開し、最終的には「自社でAI創薬ビジネスを展開する、次世代型の創薬プレイヤーを目指す」とした。現在すでに「大手製薬会社との共同研究契約の最終段階にあり、5月1日の創業の後に契約締結、ローンチする予定」と語った。
続いて登場したのは株式会社HERBIOの代表取締役・田中彩諭理氏。HERBIOは世界初の臍部装着型深部体温ウェアラブルデバイス「Picot」を開発している。深部体温は人体の以上を反映するもので、睡眠障害、うつ、感染症、腎がんなどとの関連性が指摘されている。ただ従来のデバイスでは、深部体温を安定的に計測するのが難しく、肛門での測定などでは日常的に測るには違和感があった。同社が開発する「Picot」は、汗腺がない臍部(へそ)に装着するため、安定的で違和感のない計測が可能となる。
田中氏は、「Picot」を使うことで、病気の有無や睡眠状態、体調ケアがより医療に近いデータでセルフケアできるとし、医療とセルフケアの架け橋になることを目指すという。すでに大手製薬会社との共同研究や実験を実施しているほか、行政との連携も推進。現在、資金調達を行っており、2020年7月をめどに特定疾患毎の研究拡充や知財の拡充、PMF(Product Market Fit)を行い、1年後にはクライアント数を現在の7件から20件にまで増やす予定だ。
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bitBiome株式会社の代表取締役社長CEO・藤岡直氏は、医療、農業、コスメなどさまざまな産業の製品開発に結びつくゲノム解析技術「bit-MAP」についてアピールした。腸内フローラや発酵食品、抗生物質など微生物は我々の生活に密接に関わるもので、マーケットは1兆円を超えると言われている。しかし、その研究・応用は運に左右される要素もあり多大な苦労を伴う。
そこで同社が提供しようとしているのが、ゲノム解析技術「bit-MAP」による世界唯一のシングルセルゲノム解析サービスだ。藤岡氏らは、まず産業利用を目指す企業などに微生物のゲノム解析サービスを提供し、そのデータをライブラリ化。最終的にはこのデータベースをバイオインフォマティックスで解析し、「爆発的に知(発見)を生んでいきたい」考えだ。同社は2019年の3.5億円の資金調達後も順調に成長。2022年末のIPOに向け着々と準備を進めているとし、「医療や産業資源の応用を通じた豊かな世界を共に実現していきましょう」と訴えた。
続いて登場したのは、「産地特性のある栽培技術を次世代に残す」をミッションに掲げる株式会社AGRI SMILEの代表取締役・中道貴也氏だ。現在、農林水産省によりロボット技術やICTを活用するスマート農業が推進されているが、農業現場では栽培技術が体系化されておらず、次世代に技術継承できないなど課題がある。そこでAGRI SMILEでは、JA(農業共同組合)および生産者を支援するプロダクト「Code for JA」を開発している。
「Code for JA」は3つの技術で構成される。ひとつが動画などで栽培技術を見られるもの。2つめが栽培・管理データなどのクラウド化。3つめが栽培における重要データ(気象データなど)を数値化し、病害虫の発生ロジックなどと統合し、生産者が効率良く高水準の作物を栽培する支援をする。中道氏は、全国約600のJAに対して必要に応じて3つの機能を実装するため、市場規模は月額9.5億円に上るとし、技術を体系化し海外展開することでさらに膨らむと述べた。事業計画としては、月次収益ベースで2022年4月に5000万円(50産地)を達成できるよう現在PoC(Proof of Concept:概念実証)を進めているという。
心療内科医の視点で、医療AR・VRサービスを開発する株式会社BiPSEE代表取締役CEOの松村雅代氏は、同社が手がけるデジタル治療薬(認知行動療法×VR)について解説した。うつ病患者の考え方のくせを変える認知行動療法は、有効と考えられているが、手間と時間がかかるため一般的な診療所では実施が難しい。また「考えること」が求められ、うつ状態にある患者にとって大きな負担になる。
いくつかあるうつ病のタイプの中で同社がフォーカスするのは、ルミネーション(反すう・ネガティブなぐるぐる思考)といわれるタイプだ。このタイプに対する新しい認知行動療法としてVRを活用したアプローチを提唱。実際に療法で使うVR動画を交えつつ、患者が「自分を知り」「VRで体験」し、「実践し定着させる」という3つのステップで行われるビジュアル型の認知行動療法を提唱した。企業などに向けた「予防領域」と、医師などを対象とする「治療領域」の両方でサービスを提供するとのこと。予防領域では2020年下期に5つの事業所と契約を結び、2024年には1400事業所に拡大。治療領域では「2023年には薬事承認を経て上市を目指す」と述べた。最後に「今最も必要としているのは事業を加速化する資金」だとし、ぜひ「検討をお願いしたい」と結んだ。
PRIMES株式会社取締役CCO・仁田坂淳史氏は、「嚥下(えんげ=飲み込み)計測を当たり前にし、食事で困る人をなくすこと」をミッションに掲げていると切り出した。これまで嚥下を直接観察するにはレントゲン検査が有効だったが、胸部X線の約300倍も被曝量が高い。首に聴診器をあて音で診察する方法もあるが、長い経験が必要で診られる医師が不足している。しかし誤嚥(ごえん)は日本人の死因の3位に入る「誤嚥性肺炎」の要因だ。こうした課題を解決するため同社が開発したのが、正しい嚥下をAI(人工知能)で計測し、誤嚥性肺炎のサインを見逃さないためのウェアラブルデバイス「GOKURI」だ。
「GOKURI」を首に巻いて飲み込んでもらうだけで、経験の浅い医者でも簡単に検診できる。嚥下時のバイタルデータが定量的にわかるほか、解析可能なプラットフォームも提供するため、さまざまな分野に応用できるという。同社が提供するサービスはスクリーニング、食事モニタリング、食事介助・トレーニング支援など。2020年秋にサービスを正式にローンチする予定だが、すでに大規模病院や大学病院との契約も締結済みとのことだ。さらには人のヘルスケアだけではなく、将来的には競走馬の体調管理にも応用も可能だ。仁田坂氏は「嚥下計測を世界にも定着させたい」とし、「アメリカなどの病院、大学、保険会社などを紹介してくれる人がいればぜひお願いしたい」と締めくくった。
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最後に登場したのは、スマートねこトイレ「toletta」を手がける株式会社ハチたま・代表取締役の堀宏治氏。同社が解決するのは、猫の健康問題だ。慢性腎不全や膀胱炎などほとんどの猫が泌尿器疾患にかかるが、体調不良を隠す特性があり早期発見が難しい。「toletta」はIoTや画像認識技術を用いて尿量と体重を計測できるねこトイレ(特許取得済み)となっており、2019年3月のローンチ以来、高い評価を得ているとのことだ。
同社は「toletta」データと猫の病気の関係性についてアルゴリズム化し、獣医師から飼い主にアラートを出すサービスを実施。さらに2020年2月からは、トイレの売り切りからサブスクリプションへとビジネスモデルを変更し、世界初のサブスクリプション型動物病院も設立するなど、新サービスを次々と打ち出している。また世界最大のペット企業MARS Petcareと提携、同社が持つペットのカルテデータとの結合が2020年6月には実現する事も付け加え、その将来性を力強くアピールした。
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応募41社から選ばれ、今回ピッチを行った7社は、技術レベルが高く、すでに販売やPoCを開始しているスタートアップも多く見られた。新型コロナ禍によって、今後のビジネス環境の変化が予想されるが、それに打ち勝つような力強い歩みに期待したい。