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サンフランシスコで語られたICO(Initial Coin Offering)の論点

 ブロックチェーンの応用として、ICO(Initial Coin Offering 新規仮想通貨公開)という仕組みが注目されている。企業の株式公開であるIPO(Initial Public Offering 新規株式公開)にちなんで名付けられたもので、ブロックチェーン上でコインを発行することで、資金調達を行う仕組みだ。直近では、Bancorというプロジェクトが数時間で1億ドルを超える金額を調達した。さながらバブルの様相を呈している。筆者の知る限り、2014年にはICOという言葉は存在していたが、実際にICOが盛んになったのはイーサリアム(Etherrum)のプラットフォームが普及した最近のことだと言える。

 一方で、ICOの多くが、従来のIPOと比較した場合に、どのような意味を持ち、どのように運営されるべきなのか、という点について信頼に足る議論はまだまだこれからの状態である。そんな中、2017年6月21日にデジタルガレージのサンフランシスコオフィスであるDG717において「ICOs: The Tech and Legal Angles」と題して、ブロックチェーン関連スタートアップ企業の法務担当者を交えた、ICOのあり方に関する極めて冷静なパネルディスカッションが行われた。このパネルディスカッションにおいて語られたアメリカにおけるICOの論点をいくつか紹介したい。なお、このパネルディスカッションのパネリストは以下のとおりである。

イベントの模様 中央でマイクを持っているのはToni Lane Casserly氏

Arnold Pham – Lunyr 共同創業者, CEO。非中央集権的な知識ベースをイーサリアム上に構築し、ICOによって320万ドルを調達。
Reuben Bramanathan – コインベース社 プロダクト顧問。暗号通貨の規制とブロックチェーンによるトークンを使った証券の法的フレームワークについての書籍を執筆。
Toni Lane Casserly- CoinTelegraph, Bitnation共同創業者。
Matt Corva – ConsenSys 法務担当者。
Erik Syvertsen –  AngelList 顧問。CoinListなどの資金調達プロダクトに携わる。
Arthur Breitman – CTO Tezos CTO

ICOにおいて十分なデューディリジェンスはできるのか

 ICOは、その運用の実態を見るに、IPOのような株式の公開というよりは、クラウドファンディングに近いとも言える。クラウドファンディングについては、小規模のビジネスを始めるにあたり、一定の金額を調達できた場合にそのビジネスを行うことを約束するものであるが、一方でクラウドファンディング案件の中で、約束した製品が完成しないというケースもかなりあり、結果として詐欺同然と言われるような案件も少なくない。

コインベースのReuben Bramanathan氏は、デベロッパーの視点からIPOにおける株式投資と同じような規制を考慮することについて言及し、ビジネスにおける法規制に関連してリスクや情報のバイアスについて考慮できるようにする必要性を述べた。
アーリーステージの投資とハイアリングのための、エンジェル、ベンチャーキャピタリスト、起業家、求職者のSNSであるAngelListのErik Syvertsen氏も、ベンチャーの投資ラウンドと、既存の証券の仕組みを参考に考えるようにすべきと述べている。

ConsensysのMatt Corva氏は、通常のベンチャー投資で行われるようなデューディリジェンスを、ICOにおいても同様に実施することについての議論を行った。その方法は、ICOでコインを購入する一般の投資家にとっては非常に難しい方法であるが、ICOを行う企業のビジネスを実行するソフトウエアのコードを見るほかはないだろうということだった。現在、多くのプロジェクトでは、GitHubなどを通じて開発したコードが公開されていることが多い。実際にICOプロジェクトの良し悪しを判断するならば、GitHubのレポジトリにあるコードまで精査をしないとならない。これは、通常、投資に当たって参照されるプロジェクトのホワイトペーパー(説明資料)だけでは、そのプロジェクトの質を判断できないということを示している。

 これは、現実的には非常に難しい問題である。ブロックチェーンに関連したコードの正しさを判断するのは非常に難しく、さらにその上で動作する分散アプリケーション(DAPPS)やスマートコントラクトのコードが正しく動作し、当初狙ったとおりのビジネスになるかどうかを判断するのは、現時点ではほとんど無理という状況である。現状、そのようなチェックを一般の人にわかりやすくするためのツールは存在せず、どのようにデューディリジェスを行うのかは、今後大きな問題になるだろう。

従来のエンジェルやベンチャーキャピタル投資との対比

 実際、エンジェルやベンチャーキャピタルによる普通のベンチャー投資でも、デューディリジェンスを行うことは難しい。だからこそ、通常のベンチャー投資は、そのベンチャーが失敗する可能性を十分に織り込んで、多くの投資先に分散してポートフォリオを組むのが普通だ。この点について、AnegelListのErik Syvertsen氏は、現状のVC投資のモデルを引いて、リスク回避の方法についての検討を促した。

 現在のベンチャー投資では、投資が入る前の設立者による「ブートストラップ」、初期投資が入った「シードラウンド」、そしてその後の「シリーズA」以降のラウンドに引き続がれていく。それぞれのラウンドで、企業が達成すべき目標についても相場観もあり、目標が個別の企業でもしっかり定められるため、仮に失敗してもラウンド単位でリスクの上限は定まる。しかし、現状のICOでは(またクラウドファンディングでも)、このようなラウンドによるリスク限定の仕組みは存在しない。また、現在のICOは、事実上IPOにおけるシードラウンド投資のタイミングで公開された資金調達が始まるが、シリコンバレーを中心とした最近の資金調達においてこのラウンドでは、コンバーティブルノートという方法がとられており、お金を貸した形にした上で、後のラウンドで企業価値が定まった時に株式に転換されている。このことにより、投資家のリスクも軽減されながら、調達者も株式比率を毀損せずにビジネスを進めることができる。このような、投資ラウンドや投資方法が持つ意味を、ICOにおいても考慮する必要があるとErik Syvertsen氏は問題提起をした。そして、VC投資では、このようなラウンドの考え方が標準化されているが、ICOではそのような標準的な考え方が存在しない。そのために標準を作ることの重要性を強く主張した。

ICOにおけるコイン(トークン)とはどういう意味を持つのか

イベントの模様 中央でマイクを持っているのはToni Lane Casserly氏

 そして、根本の問題はICOにおけるコインとは、実際にはどういう意味なのか、という本質的な議論だ。

 暗号通貨をベースとした国家を作るという壮大な目標を持ったBitNationの創業者Toni Lane Casserly氏はICOが果たす役割について「これまではシリコンバレーのように、腕があって経験があり、コードに落とせる集団でないと資金調達ができなった。しかし、アイディアはあるけどCapitalにアクセスできなった人が、この仕組みを作ってCapitalにアクセスし資金調達できるようになる。その意味では、これまでそういう権利を持たなかった人のための仕組だ。ブロックチェーンによりさまざまな可能性が広がるし、BitNationでは、難民などもその一貫として恩恵を受けている」と述べた。つまり、ICOもビジネスやプロジェクトを始める際の資本調達であるという位置付けである。

 さて次にICOにおいて資金を投じ、コインを買った人は、そのコインはどのような価値を持つものだと考えればいいのだろうか。

 IPOにおける株は、その株に対して配当がなされ、一定の条件をしていれば、会社経営に対する議決権の一部を得ることができる。さらに、株価の値上がり益(キャピタルゲイン)も期待できるが、これは会社の人気(価値)の変動に依存した二次的な利益だ。

 CoinBaseのReuben Bramanathan氏は、「(ICOは)コードやチームへの投資だけでなく、背後にあるエコシステムへの投資である」と示唆的な発言をしている。通常のベンチャー投資では、コードやチームが企業価値になるが、ICOにおけるコインは、株とは少し違う。ここで、ビットコインを少し思い出すと、ビットコインにおけるコインは、ビットコインネットワークを安全に維持するための「マイニング」という努力に対しての報酬として与えられるのが基本である。つまり、基本はビットコインエコシステムの維持のために、コインが発行されてきた。

 Reuben Bramanathan氏のコメントで印象的だったのは、「重要なのはトークンの裏にある暗号通貨エコノミーモデル(Crypto-economic model)であり、このエコシステムを使い続けるインセンティブを考えること」という言葉だ。これは、ここ最近イーサリアムのデベロッパーであるVlad Zamfir氏が、同じくCrypto-ecocnomisという言葉を強調することにも一致する。

 ConsensysのMatt Corva氏は「コインには2つの意味がある、それはプロジェクトへの投資に対する証券、もう1つはエコシステムを利用し続けられるようにするための費用」だとした。ビットコインの場合には、マイニングという形で継続的にコインが生成されて報酬が与えられるが、ICOの場合はそれが、事業やプロジェクトが開始される前に一活して支払われる。そのため、コインがどのような価値や意義を持つのか、この点を明確にしておいた上で、理解することが、今後ICOが有力な手段になるために必要なことだろう。

 このパネルディスカッションは、正しいあり方の合意をすることが目的ではなく、どちらかといえば、現在ICOに関わって問題になっている点を浮き彫りにするという色合いが強いものだった。その意味では、今後このような論点が検討され、議論されていくことが必要である。すでにICOは予想以上の規模で走り始めているが、このような議論を踏まえて、より健全な発展が行われることを期待したい。

なお、このイベントについては、以下のURLからビデオで見ることができる。

https://www.youtube.com/watch?v=bUYANmIxDJU&feature=youtu.be

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ジョージタウン大学Department of Computer Scienceの研究教授として、CuberSMART研究センターのDirectorを務める。東京大学生産技術研究所・リサーチフェローとしても活動。2020年3月に設立された、ブロックチェーン技術のグローバルなマルチステークホルダー組織Blockchain Governance Initiative Network (BGIN)暫定共同チェア。 ブロックチェーン専門学術誌LEDGER誌エディタ、IEEE, ACM, W3C, CBT, BPASE等のブロックチェーン学術会議やScaling Bitcoinのプログラム委員を務める。ブロックチェーンの中立な学術研究国際ネットワークBSafe.networkプロジェクト共同設立者。ISO TC307におけるセキュリティに関するTechnical Reportプロジェクトのリーダー・エディタ、またおよびセキュリティ分野の国際リエゾンを務める。内閣官房 Trusted Web推進協議会、金融庁 デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会、デジタル庁Web3.0研究会メンバー。