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法律的な視点から見たブロックチェーンの課題  Angela Walch氏 インタビュー

松尾真一郎氏(以下、松尾):まず自己紹介をお願いできますでしょうか。

アンジェラ・ウォルチ氏(以下、アンジェラ):私はアンジェラ・ウォルチ、セントメアリー大学で准教授をしています。また、University College Londonのブロックチェーン研究センターでも研究をしています。主に、ブロックチェーン技術に関するガバナンスと、運用におけるリスクの問題について研究をしています。特に技術を取り巻く人間の問題を扱っています。

松尾:元々のバックグラウンドは法律に関するものだと思いますが、ビットコインやブロックチェーンに興味を持ったのはなぜでしょうか?

アンジェラ:私は法律家を長年していて、アカデミアに来ましたが、専門はITに関する契約に関することで技術者とも付き合いがありました。異なるバックグラウンドの人と仕事をしたり、異なる技能を持つ人とコミュニケーションをとったりすることはチャレンジングなことです。ブロックチェーンに関して言えば、私の興味の対象は、お金にまつわることで、法律は資金供給システムを担いますが、ビットコインは新しい形のお金を作り出すもので、そこにまつわるさまざまな問題が目につきました。お金は、社会を支える重要なもので、ブロックチェーンは既存のシステムを置き換えるポテンシャルを持っているし、私にとってとても面白く重要なものでした。

松尾:ブロックチェーンに関わる仕事を始めたのはいつからですか?

アンジェラ:2013年の夏くらいから、もっと勉強したいと思いました。最初に参加したカンファレンスは、ニューヨークで開催されたInside Bitcoin Conferenceで、そこにいる人は非常に初期段階から参加していて、速く発展していて非常に面白かったです。

松尾:2014年から2015年に掛けて、ブロックチェーンというより広い概念が普及しました。ブロックチェーンの方がより広い法律的な課題を抱えていると思います。法的な意味でのビットコインとブロックチェーンの違いはなんでしょうか?

アンジェラ:両方に多くの課題がありますが、ビットコインの場合は取引所やマイナー(マイニング(採掘)を行う人)などが関わっているお金のやりとりに関する規制や、マネーロンダリング対策などが課題となります。おっしゃる通りブロックチェーンはより広い概念で、ビットコインから出て来ましたが、ブロックチェーンはより多くの可能性があって、ブロックチェーンを使うと、投票、他の金融システム、そして資産の記録など、より多くの種類のシステムができます。法律は、さまざまな異なる領域に存在して、それぞれの領域で人間の活動に関連しています。その中でプライバシーをどう扱うか、動作しているシステムのアカウンタビリティをどう扱うか、そのようなシステムの安定性などが課題になると思います。

松尾:たくさんやるべきことがありますね。

アンジェラ:そうですね。

松尾:実際、大学ではどのような仕事をしていらっしゃいますか。研究の例を教えていただけますか。

アンジェラ:ブロックチェーン、とりわけビットコインについて論文をいくつか書いていて、比較のためにいろんなブロックチェーンを分析していますが、最初の論文はビットコインのブロックチェーンの運用上のリスクに関するものです。こうしたリスクが、お金のバックボーンとなるシステムとしての好ましさに、どういった影響を与えるかについて研究しています。運用上のリスクとは、システムのガバナンス、オープンソース開発の分析、コミュニティの発展やそのガバナンス、ブロックサイズの論争などもその対象です。またコア開発者、主要なマイナーなどが、どのような義務を負うのか。特に何をやったかに対するアカウンタビリティは重要になると考えています。世の中には企業のガバナンスなど、様々なガバナンスモデルがありますが、ビットコインのようなオープンなコミュニティでうまくいくか。ソフトウエアの開発者はそこまで考えていないこともあるので、ソフトウエアのコードの社会に対する役割も考えないといけないですね。

また、ブロックチェーンの世界で使われる用語の問題もあります「DLT(Distributed Ledger Technology)」「ブロックチェーン」「暗号通貨」「タンパープルーフ」「耐タンパ」「Immutable」など、似たような単語は次々と出てくるのですが、これが混乱や誤解を呼んでいると思います。これをどう整理するかも課題です。

松尾:そのことに関連して、2月にスタンフォード大学で行われたカンファレンスで非常に興味深い発表を行われましたね。今のビットコインコミュニティの課題はなんでしょうか。また、非中央集権的なエコシステムの中で理想的なガバナンススタイルとはどういうものでしょうか?

アンジェラ:とても難しい質問ですし、私は解決策を持っていないのですが、企業ガバナンスを考えることは助けになると思っています。ビットコインはオープンソースの流儀に従ったガバナンスを採用しています。コードを変える時に、ラフコンセンサスという合意の取り方をします。ここでは、ソフトウエアのコードを変えることがガバナンスと同じ意味になります。コードを書けるコアデベロッパの集団がいる一方で、マイナーのグループもあります。最終的には少人数のグループが仕様を決めているのは少し皮肉で、アカウンタビリティの難しさを考えると、コードを信用するということはその人間を信用するということになります。結局、その両方を信用するということになります。一方で、ラフコンセンサスモデルではシステムを安定的に動かすということに責任を負っている人はいないので、ブロックサイズの論争では、誰でも提案はできるけどその提案を聞かないという状態になります。

もうひとつ、資金調達という点も、システムのガバナンスという意味で、複雑さの原因になっていて、オープンソースではコードの作成に必ずしも十分なお金が払われているわけではないので、ビットコインにおいてはそれが問題になると思います。余暇の時間で作るようなコードではなくて、責任あるコードを書かないといけないのに、ほぼフルタイムで仕事をしているのにもかかわらず、お金が支払われていない状態になります。どのように資金を調達して、どのように開発者に支払うかが問題です。もっと広くパブリックにお金が集まって、開発者に回るような仕組みが望ましいと思っています。この資金調達の問題はシステムの安定性に大きな意味を持っていると思います。

松尾:最後にNCCに来場してくださる皆様にメッセージをお願いします。

New Context Conferenceに参加することができて、非常にワクワクしています。個人的にはアジアに行ったことがないので。他の参加者からの意見も学んで、聴衆の方も一緒に、どのように課題を解決していくのかを考えていきたいですね。大事なことは、異なる専門の人たちが一緒に議論することです。

 

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ジョージタウン大学Department of Computer Scienceの研究教授として、CuberSMART研究センターのDirectorを務める。東京大学生産技術研究所・リサーチフェローとしても活動。2020年3月に設立された、ブロックチェーン技術のグローバルなマルチステークホルダー組織Blockchain Governance Initiative Network (BGIN)暫定共同チェア。 ブロックチェーン専門学術誌LEDGER誌エディタ、IEEE, ACM, W3C, CBT, BPASE等のブロックチェーン学術会議やScaling Bitcoinのプログラム委員を務める。ブロックチェーンの中立な学術研究国際ネットワークBSafe.networkプロジェクト共同設立者。ISO TC307におけるセキュリティに関するTechnical Reportプロジェクトのリーダー・エディタ、またおよびセキュリティ分野の国際リエゾンを務める。内閣官房 Trusted Web推進協議会、金融庁 デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会、デジタル庁Web3.0研究会メンバー。