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「脳科学×AI」で動画視聴者の無意識の知覚まで“見える化”する

 広告業界とくにテレビCMを中心とした動画広告の世界では、広告効果の検証が大きな課題だ。莫大な費用をかけてコマーシャルフィルムを制作し、視聴者に向けて発信する。しかし、その広告がどう受け止められたのか、意図したメッセージはきちんと伝わったのか、広告主(クライアント)が検証したいのは当然である。

「クラウドサービスでの提供を」と語るNTTデータ 社会基盤ソリューション事業本部部長 矢野亮氏

「クラウドサービスでの提供を」と語るNTTデータ 社会基盤ソリューション事業本部部長 矢野亮氏

 たとえばクライアントが、「爽やかさ」というメッセージを強く消費者に届けたいとする。広告の仮編集版をクライアントや広告のプロが試写室で見て、「もっと『爽やかさ』を強調して欲しい」など定性的、感覚的な要望を制作陣に伝える。そうして出来上がった動画広告がオンエアされる。しかし、一般の視聴者は「爽やかさ」のメッセージを感じたのか、感じたとしたら動画のどの部分なのか?といったことを分析する方法は、アンケート調査ぐらいでしかない。

 しかし、アンケート調査による検証は時間もコストもかかる上、正確に一般の視聴者の気持ちを反映しているか疑問が残る。一般視聴者は動画広告を見て、無意識に感じる知覚もあるはずだが、そこまでアンケートで取得することは困難だろう。

 もし、「動画のどの部分で『爽やかさ』を感じたのか」が定量データとして、しかも時系列に判明すれば、次回に動画広告を作成するとき、より具体的な制作方針の指示ができ、ある程度効果予測もできるようになるはずだ。

動画広告を見た視聴者の反応を表示

広告クリエイティブ効果予測ソリューション「NORCS」 出典:NTTデータプレスリリースより

広告クリエイティブ効果予測ソリューション「NORCS」 出典:NTTデータプレスリリースより

 2018年7月19日、NTTデータ、NTTデータ経営研究所、リクルートコミュニケーションズは、脳科学とAI(人工知能)技術を組み合わせることで、一般視聴者の動画広告への反応を予測する「NORCS(ノークス)」を共同開発したと発表した

 NTTデータでは、2015年3月より実際に脳活動を計測してヒトの知覚内容を解読する「脳情報解読技術」を利用した動画広告の評価・改善技術に着手し、2016年からは広告評価サービスを開始するなど、脳情報通信技術の分野において研究開発ならびにビジネス開発を進めてきた。

 その技術を企業のマーケティング分野で活用することを見据え、参加各社はコミュニケーションデータ、マーケティングノウハウを持ち寄り、広告クリエイティブ効果予測ソリューションを共同開発した。今後実際のTVCMなどで検証を続けるという。

 NORCSの特徴について、NTTデータ社会基盤ソリューション事業本部矢野亮部長は「動画広告を見た一般視聴者の反応が時系列で、しかも定量データとして取れることになります。しかも広告制作側の意図が伝達されているかが把握できます」と述べる。また、「好意や内容理解など従来用いられている指標の予測も獲得できる上、企画段階、また動画の仮編集段階で、動画視聴者の知覚をシミュレーションでき、より効果的な動画広告が制作できるようになります」と続ける。

「脳情報解読技術」のスライドを説明するNTTデータ経営研究所 ニューロイノベーションユニットシニアマネージャー 茨木拓也氏

「脳情報解読技術」のスライドを説明するNTTデータ経営研究所 ニューロイノベーションユニットシニアマネージャー 茨木拓也氏

 さらにNTTデータ経営研究所ニューロイノベーションユニットシニアマネージャー 茨木拓也氏により、NORCSのデモが会見で披露される。動画広告を流すと同時に、その動画を視聴者がとのように知覚しているのかを瞬時にテキストで表示することができる。

 その記録は定量データとして、時系列で「デジタル」「楽しい」など広告制作者の意図した単語ごとに「動画のどの部分で(時間で)その単語はどれぐらい知覚されたか」などをグラフで確認できる。これが可能になれば、定性的、感覚的にしか評価できなかった広告のクリエイティブ分野の評価を、定量化、“見える化”できる。評価レポートなどの作成も大幅に省力化されるかもしれない。

脳情報解読技術の知見を生かす

 今回の共同開発のベースになったNTTデータ、NTTデータ経営研究所が研究してきた「脳情報解読技術」では、医療で使われるMRI(脳などの診断に使用する画像診断装置)のように、動画を見る視聴者の脳の動きを毎秒スライス撮影して脳活動データを読み取る。本人が発言する言葉に頼るのではなく、視聴者の知覚を直接センシングしてデータ化していく。そして、その膨大なデータをもとに、「仮想脳」を構築する取り組みだ。

 視聴者が動画を見て感じた知覚を集積したNORCSという「仮想脳」が、動画広告を見てその気持ちを代弁してくれるということだ。「仮想脳」が備えている「言葉」の数は2万語で、そのほとんどは名詞だということだ。

 矢野氏は今回の取り組みを「脳科学とAIの組み合わせによるマスマーケティング広告の効果予測モデル」だとまとめた。さらに、ビジネス活用しやすいようにクラウドサービスでの提供を予定していると述べる。

 動画広告によって購買行動を促進できることか、という質問が出る。「購買に至るまでにいろんな要素があるので、今のところはそこまでではない。ただし、クリックするとかの行動に結びつけられないか考えている」ということだ。

 「買いたくなかったのに買わされてしまうような動画広告の作成も可能ではないか。少し怖いのでは」という質問も出た。それは会見場にいる多くの記者が感じたことだろう。「脳科学の世界では平行して倫理の問題が同時に議論されています。倫理と規制の問題を見ながらやっていかなくてはならない」。

 矢野氏によるとGDPR(EU個人データ保護規則)でも、脳情報は個人情報にあたるのではないかという指摘があるという。

 広告関係者、とくに出稿に多大な費用をかけるクライアント側にとっては、興味深いソリューションと感じるが、会見の質問にも出たように、頭の中身が他人に読み取られるようで、ある種の恐ろしさも感じたというのが正直な感想だ。

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ライター、著者。有限会社ガーデンシティ・プランニング代表取締役。ICT関連から起業、中小企業支援、地方創生などをテーマに執筆活動を展開。著書に「マンガでわかる人工知能 (インプレス)」など。